第238話

赤堀あかほりみゆき 視点◆


「赤堀さん、どうされたのですか?」


百合恵ゆりえが元旦那である春日かすがと電話し、しかも良い雰囲気だったのを側で見ていて言葉にしようのない感情が私の中に起こっていたために寝付けず、気を紛らわせようと思って遅く寝静まった時間にひとりリビングでお酒を飲んでいたところを、姿を表した那奈ななさんに問われた。


「百合恵がね、元旦那と電話をしていて楽しそうだったのよ」


「元の旦那さんですか・・・楽しそうだったのなら、それで良いのではないですか?」


「その通りね。那奈さんの言う通りよ。

 理性では私だってその方が良いと理解できるし、実際縒りを戻してもう一度結婚するならそれでも良いと思っているけど、離婚に至るまでの経緯を考えるとどうしても単純に『良かったわね』と言えない気持ちもあるし、複雑なのよね」


「たしかに離婚されたことについて『どうして』とか『何があって』などの内容は伺っていませんけど、実際に離婚までしているなら相応の何かがあったのは察せられますし、それをご存知の赤堀さんが複雑な心境になるのも理解できます」


「ありがとう。

 とは言えね、まだだからどうするとか何も進んでいないうちから反対だの言うのも違うと思うし、逆に百合恵が元旦那と復縁したほうが良いと思ったとして、私とのルームシェアが足枷になったら嫌だと思ったから、百合恵には私のことを気にしないでって言ったの」


「そうですか・・・今もおふたりでルームシェアを続けるつもりで部屋探しをされているのですよね。

 高梨たかなし先生が旦那さんと縒りを戻すなら、その前提が崩れてしまうのはたしかですよね」


「うん・・・それに少なくとも那奈さんの弟さんがこちらへ戻ってくる前にはここを出ていないかといけないでしょ。

 でも、それで百合恵に変なプレッシャーを与えるのも嫌なのよね」


「たしかに隆史たかしが戻ってきて赤堀さん達が同居するのは申し訳ないと思いますけど、ありがたいことに部屋には余裕がありますし、無理に時間を区切らなくても大丈夫ですよ」


「那奈さんの好意はありがたいけど、やっぱりその気持ちに甘えちゃダメなのよ。

 今だって本当ならすぐにでも部屋の契約をしてすぐに出ていかないといけないのに、那奈さんの好意に甘えて本来ならするべき妥協をしないで部屋探しを続けているし、これ以上はダメなの・・・」


「赤堀さんには赤堀さんのお考えがあってのことだと思いますけど、私は赤堀さんも高梨先生も素敵な方でご一緒させていただくのは嬉しいですから、変に遠慮をして思い詰めないで欲しいです」


まだ短い付き合いとは言え、どこまでもひとの良い那奈さんに改めて感心させられる。


「まったく、あなたって人は・・・本当にどこまで性格ひとがいいのかしら・・・」


「そんなことはありませんよ。私も高梨先生には隆史と凪沙なぎさがお世話になっていますし、恩返しができると思えばありがたいことです」


「私なんか百合恵のおまけなのに、そんなほとんど縁がなかった相手にもそれだけ寛容なのは普通ないわよ・・・もちろん私は感謝しかないけど」


「たしかに赤堀さんとは火事の一件で初めてお会いしたわけですけど、私は好ましい方だと思っていますよ」


それからも私が那奈さんの良いところを褒め、那奈さんは謙遜の否定や私や百合恵を褒め返すことを繰り返し、きりがないと話題を強引に変えることにした。


「もうきりがないし、話題を変えましょ」


「ふふ、そうですね。たしかに、さっきから同じ様な話ばかりで話が進んでいませんでしたね」


「百合恵はともかく、那奈さんは結婚を考えていないのかしら?」


言ってからまずかったとすぐに察した。那奈さんの雰囲気が重くなったのを感じる。


「元々は婚約をしていて、もう結婚してる予定だったのですけど、隆史の一件で色々あって婚約を解消してもらったのです」


「ごめんなさい!

 知らなかったとはいえ言いにくい事を言わせてしまって」


「いえ、いいのですよ。

 赤堀さんは知らなかったのですし、第一、高梨先生の結婚から話を広げたら自然な広がり方ですよ」


那奈さんは私を気遣うフォローを入れ雰囲気が軽くなった。


「それでも・・・」


「もう過ぎたことですし、良いんですって。

 それより、赤堀さんこそどうなのですか?

 私よりもお姉さんじゃないですか」


「私はね、結婚の『け』の字もないわね。

 そもそも、つい最近まで自分が百合恵を愛してる同性愛者レズビアンだと思っていて、結婚する気なんかまったくなかったのだから」


「え!?

 私こそすみません、そんな言いにくい事を言わせてしまって」


「いいのいいの。それに今も言ったけど『つい最近まで』で誤解だったって今はわかっているから。

 要はいつまでも精神が子どもだったのよね。

 出会った時からずっと百合恵にベッタリで百合恵への気持ちが愛だと錯覚してて、それを疑いもしなかったのよ」


「そうだったのですね・・・やはり、赤堀さんと高梨先生はピアノが縁で出会ったのですか?」


「ええ、初めて会った時はね・・・」


百合恵のことを話せるのが嬉しくてつい長々と話ししてしまったけれど、那奈さんは嫌な顔ひとつせず最後まで笑みを絶やさず聞いてくれた。

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