第235話

神坂夏菜かみさかかな 視点◆


大学受験対応で授業時間が全部自習になる期間に入り、出席が任意となっていることで生徒もまばらになっている教室にも慣れてきた1月の下旬の今日、先日の共通テストの結果に満足しながらも『勝って兜の緒を締めよ』の気持ちで最後の追い込みに励むべく教科を問わず理解が足りていなそうなところをそれぞれの教科担当の先生に質問をして回っていた。



「あっ、神坂さん。久し振り!」



「ああ、仲村なかむらさん。久し振りだな。元気にしていたか?」



質問のために行っていた職員室から教室へ戻る途中の廊下で仲村さんから声を掛けられた。



「お陰様でね。大学も推薦で第一志望に合格できたよ。

 今日はその報告で来てたんだけど、会えて良かったよ。

 やっぱり学校が特別教室の対応をしてくれたり、先生方が電話でフォローの質問に対応してくれたお陰で安心して勉強ができたね。

 結果は推薦でペーパーの試験はなかったけど、最後の追い上げがしっかりできたから面接で精神的に余裕を持って臨めたのが大きかったと思う」



「そうか。それは良かった。私が何をしたというわけではないけど、仲村さんが無事志望校へ合格できたのなら良かったと思うよ」



「神坂さん、謙遜は良くないよ。私は本当にボロボロだったんだ。それを受験に間に合うように立て直せたのは神坂さんが色々フォローしてくれたお陰だと思っているし、その恩人について悪く言わないで欲しいな」



「それを言われると確かに良くなかったかもな。仲村さんの気持ちを受け取らせてもらうよ」



「わかってくれてありがとう。ところで、神坂さんはまだ?」



「ああ、私は国立が第一志望なのでね。本番はこれからだよ。滑り止めも併願だからこれからだし気を引き締めねばと思っているところさ」



「国立・・・なるほどね。神坂さんなら合格できると信じてるよ」



「ありがとう。しっかり整えて頑張るよ」



今まで受験に影響しては良くないと思って仲村さんから避けていた話題があったのだけど、せっかく顔を合わせたのだし振ってみることにした。



「ところで、話題を変えるのだけど良いかな?」



「もちろん。神坂さんがそんな改まっていう話ってなんだろ?」



鷺ノ宮隆史さぎのみやたかしについてなんだが・・・」



「・・・もしかして、隆史が今どうなっているか知ってるの?

 それなら教えて欲しい」



「知っているし、むしろ話しておかねばならないと思っていたこともある。

 さすがに受験に影響しては良くないと思ってこの話をするのは受験が終わってからだと思っていたけど、第一志望に合格したなら良いだろう。

 時間があるなら少し落ち着いて話せる場所へ移動して話させてもらいたいのだが・・・」




授業は自習状態で戻らずとも問題はないので、仲村さんと人気ひとけがない空き教室へ移動して腰を落ち着けた。



「それで鷺ノ宮隆史の現状なんだが・・・」



「うん・・・」



仲村さんが鷺ノ宮隆史へ対して何を思っているのかがわからず表情を窺っているけど、単純に負の感情を持っているだけには読み取れず困惑するし、だからこそ伝え方も考えてしまう。



「まず、話しやすいところから言えば、一旦は更生施設へ入っていたのだが二之宮凪沙にのみやなぎさの自供で情状酌量の余地があると判断されて保護観察処分に緩和された。

 そして、そのあと九州の寮付きの工場へ行き期間契約で勤めている」



「そうなんだ・・・」



仲村さんの表情は話し始める前に比べて少し穏やかな安堵を感じせるものになっている。



「それは3月までで契約が終わったらこちらへ戻ってくるそうだ」



「でも、家は?

 前の家からは引っ越してるよね?」



「その通り引っ越してしまっていて、今は鷺ノ宮の姉が借りているマンションがあり、そこへ戻る事になるそうだ」



「そうなんだ。でもお姉さんだけ?ご両親は?」



「少し複雑な状況になるのだけど、お父上は昨年の夏に会社を辞めざるを得ない状況になって辞めてから、伝手で海外の日本法人の現地職員として働きに出ていて、お母上は騒動で心を病んでしまわれご実家で過ごされているということらしい」



「お姉さんは一緒に暮らさないの?」



「その姉が親からの虐待に遭っていた二之宮凪沙を引き取って一緒に暮らしているので、お母上とは一緒に暮らしていないそうだ」



「ええ?

 お姉さん、隆史を陥れた原因の女を保護してるの?」



「そういうことになる」



「じゃあ、隆史が戻ってきたら二之宮さんと同居するってこと?」



「恐らくはそうなると思う・・・仲村さんっ!?」



仲村さんの表情がすごく怖いものになっていて思わず驚きの声を上げてしまった。



「え?なに?」



「いや、表情が強張っていたので大丈夫かと思って・・・」



「驚かせてしまってごめんなさい。

 でも、隆史は結局二之宮さんのせいでメチャクチャになったのにその二之宮さんと同居するのっておかしくないかしら?」



「その点は同意するしかないと思う。

 ただ、鷺ノ宮姉がかなりの人格者のようでそれとこれは別のこととして、大人として未成年者を守るべきという姿勢で二之宮凪沙の保護を買って出ている。

 また、これは妹分から聞いている話になるけど、二之宮凪沙も鷺ノ宮隆史も深く反省していて人として付き合っても良いと思える状況ということらしい」



「神坂さんの妹分ということは岸元きしもとさんのことよね。

 岸元さんは隆史や二之宮さんに会っているの?」



「その質問の答えはイエスになる。

 そして、ここが言いづらかった部分になるのだが、岸元・・・美波みなみは二之宮凪沙と友人関係になっていて、鷺ノ宮隆史とは男女交際を始めている」



「なんですって!」



「ど、どうした!?

 仲村さん?」



仲村さんが急に激昂して怒鳴るような声を上げた。



「隆史が男女交際なんて・・・

 私があの頃どんな思いで過ごしていたか・・・いくらなんでもそれは許せない」



「ちょっと待ってくれ。交際を申し出たのは美波だ。

 もしかすると、美波から申し込まれて断れなかったかもしれない」



「それにしたって!

 ・・・ごめん、神坂さんに当たるなんてダメだよね・・・ねぇ、私も隆史と、あと岸元さんと話をしたいのだけど繋いでもらえないかしら?」

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