第188話

二之宮凪沙にのみやなぎさ 視点◆


美波みなみさんから直接話をしたいことがあるとメッセージをもらい、私も話をしたい気持ちがあったのですぐに了解の旨を返信したら、待ちきれなかったのかメッセージを送信した直後に通話着信がきた。



『もしもし、急にごめんね?大丈夫だった?』



「ええ、勉強をしていただけですから大丈夫ですよ。

 高卒認定試験の結果が届きましたか?」



『うん、今日届いてたし、全部合格してた』



「私もです。あとは大学受験に向けて勉強していくだけですね。

 お互いに頑張りましょう」



『うん、お互い無事に合格してて良かったよね。

 でも、今日話したかったのは別のことなんだ』



てっきり高卒認定試験の合否の話で今後のことについて相談したかったのかと思ったのですが違ったようです。



「そうだったのですか。では学校で何かトラブルでもありましたか?」



『トラブルはあったし、嫌な思いをしたりもしたけど話したいのは別のことなんだ』



「そうなのですか。先読みして横槍を入れるような事を言ってすみませんでした」



『気にしないで、わたしの話し方が良くなかったのだと思うし。

 それで、凪沙さんに話したかったことなんだけど、うちのお姉ちゃんが妊娠したんだ』



「それは・・・『おめでとうございます』と申し上げても良いのでしょうか?」



『うん、お姉ちゃんは『想定よりものすごく早かったけど嬉しい』って言っていたし・・・』



「という事はお相手は冬樹ふゆきさんですね?」



『うん・・・そう、冬樹が相手で、昨日うちに来て婚約をして、冬樹が18歳になったら正式に入籍するって言われた』



美波さんの声音こわねは硬く、無理に明るく振る舞おうとしているけどうまく誤魔化せていない様に感じられる。逆に私はスッキリとした気持ちになっている・・・少し前までものすごく執着していたのに、かけた迷惑が少しは赦された様な感覚にもなっている・・・もちろん何も赦されてはいないけれど、冬樹には幸せになって欲しいと思えているのは不思議でもあり嬉しくもある。


そう思える様になったのも那奈ななさんが些細なことでも気に掛けて無償の愛を与えてくれているからだと思うので、この点でも那奈さんには感謝しかない。



「私にとっては残念なことですが、良かったと思います。今は素直に祝福する気持ちですね」



をしたのにずいぶんしおらしいことを言うんだね』



美波さんにしては珍しく私へ怒気を込めた言い方をしてきた。



「そうですね。本当にをした私が言えた義理ではないですけど、那奈さんの事を思うと悪い感情を持つことが申し訳なくなってしまうのです」



『ごめん、今の言い方は悪かったね。聞き流してもらえるとありがたいかな』



「大丈夫ですよ。そもそも美波さんは冬樹さんとお付き合いできたかもしれなかったですし、それを身勝手な行動で捻じ曲げた張本人が綺麗事を口にしたら毒突きたくなるのも理解できます。

 むしろ、今になってもこの件で美波さんから罵られたって已む無しだと思います。そもそも美波さんを意に染まない状況へ追いやった私に対して、こうやって友好的でいてくれるのは美波さんの性格の良さだと思いますよ」



『ううん、たしかに凪沙さんが発端だったのだと思うけど、その後の選択はわたしがした事でその責任はわたしが取らないといけないんだよ。

 わたしはバカだから冬樹の言い分をちゃんと聞こうとしなかったし、鷺ノ宮さぎのみや君に誘われた時だって彼のことを良いなと思っていたり、そもそもに興味があって初めてを捧げたのだし・・・その後のことは完全に想定外だったけど、振り返って考えてみればあの時の鷺ノ宮君はおかしかったし、そんな事にも気付けなかったのだから・・・』



「これも私が言えた義理ではないですけど、あんな事は普通想像できないと思います。あまり思い詰めないでください」



『うん・・・そうだね。過去のことばかり見ててもしょうがないよね・・・難しいかもしれないけど、将来のことを考えるようにするよ』



「すみません・・・本当に・・・

 あと、いただいた電話で申し訳ないのですけど・・・これは夏菜かなさんと春華はるかさんへは言わないの欲しいのですが、一昨日の絵画モデルの仕事が終わって駅へ向かっている途中に参加された方に声を掛けられて、例の動画を知っていた様でその事を黙っていて欲しかったらどうのと言う事を言われました。

 私の方が圧倒的に多いですから杞憂かもしれませんが、美波さんも気を付けてください」



『気遣ってくれてありがとう。それと、そう言った事があって愚痴を言いたかったらわたしに言ってくれていいからね。いくら将来のことを考えようって言っても、嫌なことがあった時は口に出して発散しないと溜め込んで精神的に良くないからね。

 それと夏菜お姉ちゃん達に・・・というか誰にも言わないよ。特に夏菜お姉ちゃんは紹介したっていうのもあるし責任感もあるから気に病むだろうし・・・』



「こちらこそ気遣いありがとうございます。美波さんのおっしゃるように紹介してくれた夏菜さんには申し訳ないですから知られないようにしてください。

 それと、那奈さんへの誕生日プレゼント選びに付き合って欲しいのですけどお願いできますか?」



『もちろん良いよ!』




重要な話が終わり、後は雑談をしばらくしてから通話を終え、改めて噛みしめる・・・美波さんは基本的に前向きで良い性格だと思う。容姿も学力も冬樹と釣り合いだって取れていたし、生まれてからずっと築いていた関係だって良好だったのに、それを壊した私に対して恨み言を言ってこないどころか友人だと言ってくれる。さすがに美晴みはるさんとの関係を引き裂いてまで冬樹と恋人同士になる様には協力できないけど、できるだけ良い未来を拓ける様には手助けしたいし、この関係をもっと良いものにしていきたい。


それにしても、美波さんは冬樹が目指すからと一緒にお姉さんと同じ日本一難関の国立大学への進学を目指すと言うのは驚きました。冬樹が目指すからと言って愚直に同じ大学を目指すのは微笑ましくもあり、羨ましくもあり・・・私もそれを第一目標にこれからの1年ちょっとを頑張ってみよう。




◆鷺ノ宮那奈 視点◆


凪沙ちゃんが通話をしていた。話を盗み聞く気はないのだけど安普請で壁が薄いアパートなので声が漏れて聞こえてきてしまうし、特に声が張った瞬間だったり、カクテルパーティー効果で馴染みのある単語が含まれていると聞き取れてしまうところもあった。


相手は今唯一凪沙ちゃんと懇意にしている岸元きしもと美波さんで、凪沙ちゃんの保護者的な立場としては本当にありがたい存在だ。凪沙ちゃんのせいでひどい目にあったにも関わらず過去のこととして赦しているし、負い目を感じさせないように対等の立場を意識して対しているのが感じられる。色々と聡い凪沙ちゃんでも人間関係は不得手な様でその気遣いには気付けていないようだけど、まだ心の傷が癒えきれていないかさぶたの様な状況の今はそれが良いと思う。



それにしても、先日の絵画モデルの件は嬉しかった。親権者同意書にサインした時は夏菜さんから引き合いがあったと言っていたけど、本当は私へのプレゼントを買うために自分でお金を稼ぎたかったから紹介してもらっていたというのはいじらしくて思わず抱きしめに行きたい衝動に駆られた。さすがに私へ秘密にしようとしている気持ちを台無しにしたくないので知らないふりをするつもりだけど、隠しきれるか不安になるくらい嬉しくて鏡を見て練習をしてしまったくらいだ。



ご両親がちゃんと愛情をそそいであげていたら良かったのに、それが残念でならないけど、それを埋められるように私が愛情をそそいで導いてあげられたらと思う。

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