第162話
◆
幸いわたしのマンションもみゆきの職場の関係で神奈川に近い方なので、帰りに寄るには悪くない場所になる。
「お久しぶりです、二之宮さん」
「仕事帰りにご足労いただきありがとうございます。
玄関で話すのも難ですので上がってください」
「お言葉に甘えてお邪魔させていただきますね」
中へ通されると、外見から想像していた通り狭い部屋で、鷺ノ宮君の家が元は裕福だったという話を思い出し事件の顛末で大変な思いをしたのかを察した。
「初めまして、鷺ノ宮
今は
「本日はお邪魔させていただき申し訳ございません。
「いえいえ、もう学校と関係がなくなっている凪沙さんの希望に応じていただいて感謝いたします」
「わたしも二之宮さんのことが気になっており渡りに船でしたので、むしろ会いたいと思ってもらえて嬉しく思います」
二之宮さんと那奈さんとの話は最初に二之宮さんの懺悔とも言える謝罪の気持ちとその事に気付かせてくれた那奈さんへの感謝・・・その話の時の那奈さんは耳が赤くなるほど恥ずかしがっていた・・・に、那奈さんによると二之宮さんがそうなってしまった背景と思われる家庭事情の話で、それらを聞いてある意味で納得がいった。
家庭の影響で性格が捻じ曲がってしまって、頭が良く行動力もある二之宮さんが暴走してしまったのだろうという背景が透けて見えてきた。
そして、那奈さんが聖人君子なのではないかと思えるくらいにの懐の広さを垣間見せている。弟の隆史君のみならず、那奈さん自身やご両親も人生を大きく狂わされたであろうに、その元凶とも言える二之宮さんの保護を買って出るなんてわたしには真似ができないと思う。
隆史君は期間工として地方の工場にて住み込みで働きつつ高卒認定試験を受けて大学への進学を目指しているそうで、知らない生徒ではないので大学や受験の資料集めなど手伝ってあげられることがあるなら協力すると請け負った。
二之宮さんも今は迷っているみたいだけど、彼女も頭が良いしちゃんと取り組んで目指せば良い大学へ入れると思うので、彼女へ対しても求めてくれるなら協力をすると約束した。
また、那奈さんは隆史君と一緒に問題を起こした生徒たちについてもある程度把握していて、それぞれの近況を聞くとみな一様に悲惨なものだった。特に3年生は今から卒業は難しい上に高卒認定試験も終わっているので最低でも留年はするし、当然
話が落ち着いたところでお暇をさせてもらうと言ったら、二之宮さんが駅まで送ってくれると言うので断ろうと思ったけど、那奈さんに聞かれたくない話があるかと思い、近くまでで良いと告げてアパートを後にした。
二之宮さんは少し話し
その上隆史君の不法行為の請求などでお金がかかってしまうことから那奈さんは性風俗のお店で働いていたとのことで、それはその後お父さんが海外赴任の仕事をする様になったことで解消したので一応辞めたらしいけど、今後の状況次第では再入店するかもしれない余地があるということだ。
事故とは言え二之宮さんが那奈さんを怪我させてしまったこともあったそうで、後悔を顔に滲ませて語ってくれた。
物心付いた頃からピアノ一筋で他の人との関わりもあまりなかったわたしには二之宮さんにかけてあげられる言葉などないように思えたけど、何も言わないわけにもいかないと思い口を開いた。
「申し訳ないのですけど、わたしは家族とも良好な関係で好きなピアノをずっとやらせてもらっていて、それを仕事にさせてもらえているくらいに幸せなので、本当の意味で二之宮さんのことを理解することはできないと思います。
でも、わたしにとって二之宮さんも大事な教え子のひとりですから心配はしますし、できることはしてあげたいと思うのは偽らざる気持ちです。
なので、愚痴を聞いて欲しいとか那奈さんにはしづらい相談がしたいとか、その
ドラマに出てくる先生みたいに瞬く間に問題を解決するなんて格好良いことはできませんけど、ちゃんと二之宮さんと一緒に考えて良い方向へ進めるようには協力します。ですから、その時は遠慮なく連絡をしてくださいね」
そう言って意識的に微笑んで二之宮さんの顔を見つめたら、二之宮さんが抱き着きわたしの胸に顔を
実際にはそれほど経ってはいないけど長く感じた時間が終わり、二之宮さんが恥ずかしそうにわたしから離れて微笑んでくれた。
「ありがとうございます。その時は先生に相談させてもらいます」
◆
高梨先生が早々と帰り支度をして職員室を出ていこうとしたのを見て気になってしまい、僕も慌てて片付けをして高梨先生の後を追うことにした。
もちろんこの様に後ろから気付かれないように着いていく行為はストーカー規制法に抵触しかねないことは理解しているが、条文を読む限り被害者に知られなければ該当しないとも解釈できるし、そもそも1回位ついていったところで知られることはないだろう。
電車に乗り、以前聞いていた住所とは真逆の方へ向かっていき、とうとう東京都から神奈川県へ入りようやく下車した。
駅からは地図アプリを見ているようで、スマホを見ながら移動しているので恐らくほとんど来たことがない場所なのだろう。進む内に商店が見えなくなり住宅街の中をスマホを確認しながら進んでいくので、目的地は個人宅なのかもしれない。
駅から10分以上歩いて目的地と思われる場所に着いたようで、スマホを確認してから目の前の古いアパートへ入っていった。
高梨先生が一室へ入っていったのを確認してから気付かれないようにその部屋の前まで進み表札を見ると『鷺ノ宮』と書かれていた。問題を起こし退学したあの鷺ノ宮の現在の住まいなのだろうか?
それとも同じ苗字なだけで関係のない別人なのだろうか?
わからないものの、ここへ居ても何もわからないと判断し、アパートの出入り口が見える場所へ移動し様子を伺っていた。
待っている間に警察官に声を掛けられ、不審人物が立ち止まっているという通報がされたという。幸い職員の身分証を見せ、目的のアパートに退学した生徒が住んでいるので会いに来たのだけど、今は在宅していないみたいで帰ってくるのを待っていると説明をしたら納得してくれた。
更に待っていると、高梨先生が二之宮さんと一緒に建物から出てきた。
なぜ鷺ノ宮の表札があるアパートに二之宮さんが居たのかはわからないけど、こうなるとあの元教え子の鷺ノ宮が住んでいるというのは恐らく間違いではないだろうと思う。
ともかく、ふたりで何かを話しながら駅の方へ向かって歩いているので追いかけていくことにした。
ふたりは途中で立ち止まり二之宮さんが高梨先生へ抱き着いて声を殺しながら泣きはじめ、高梨先生はあやす様に頭を撫で始めて数分後に落ち着いて移動を再開し駅へ向かって歩き始め、商店が多い通りまで戻ったところで高梨先生と二之宮さんが別れ、二之宮さんは元の道を戻っていき、高梨先生は駅へ向かって歩き出したので高梨先生を追おうとしたところで学校から電話がかかってきた。
『もしもし、
ついさっき川崎の警察署から電話があって塚田先生を職務質問したけど、本当に本校の塚田先生ですかという問い合わせがあったのですよ。
今、川崎にいらっしゃるんですか?』
「あ、はい。例の二之宮さんが今こちらに暮らしているみたいで気になったので訪問してました」
『そうですか。でも、ただでさえ評判が落ちているんですから不用意な行動で更に評判を落とすようなことはしないでくださいね』
「はい、それはもちろん」
学年主任の田中先生からの電話に気を取られていたら高梨先生も二之宮さんも見失ったので、そのまま帰宅することにした。
◆二之宮凪沙 視点◆
先日連絡が取れた高梨先生が来てくれた。先日連絡を取り合ってからすぐのことなのに時間を作ってくれたことは嬉しく思う。
言い訳ができないほど残酷で多くの人に迷惑をかけたというのに、嫌味ひとつ言うことなく心から私を心配してくれている様子は那奈さんに通じるものがあり、今になって良い先生なのだと気付いた。
その高梨先生に那奈さんには聞かれたくない話をするために駅まで送ると一緒にアパートを出て歩きながら話を聞いてもらい、思わず泣き出してしまって慰めてもらった。
すごく気恥ずかしいけれども悪い気持ちは全然なかった。
これ以上迷惑をかけたくない気持ちもあるけれど、お言葉に甘えて何かあった時には相談に乗ってもらおうと思う。
そんな高梨先生と別れてアパートへ戻りかけたところで、元の担任である塚田先生が電話をしていた。
偶然なのか、隆史か私に会いに来たのか・・・それとも高梨先生を尾行して来たのか・・・不審に思って、塚田先生の様子を見ていたら電話が終わってきょろきょろ見渡して、何かを見失ったかのような
恐らく高梨先生を尾行してきて、運悪く電話がかかってきて応対している間に見失ってしまって諦めて引き返したのだろう。
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