第137話

高梨百合恵たかなしゆりえ 視点◆


週末だと言うのに今日はお義姉ねえさんがうちに来ることになっていて気が重くなっている。


取り立てて悪い人というわけではないけど、わたしからすると昭和の感覚で女は子を産み育てるものと言う価値観を持っていて更に押しが強いため苦手な人なので会わないで良いなら会いたくない。


そんな事を考えながら家の掃除をしていたらインターホンが鳴ったので遠隔通話端末を見るとそこにはお義姉ねえさんがいらっしゃった。



「悠一さん、お義姉ねえさんがお越しになったからお迎えしてください」



「え?もう?約束したのはまだ2時間以上後だよね?」



「ええ、でもいらっしゃっているから早く出てください」



「あ、ああ」




悠一さんが玄関へ行きお義姉ねえさんを迎い入れると口喧嘩が始まっていて、それがだんだん大きくなってくる。



「百合恵さん、ごめんなさいね。思ってたより早く着いちゃった」



「い、いえ。お義姉ねえさんの家からここまでは遠いですし、余裕を持っていたら早くなってしまいますよ」



「とは言っても、限度がありすぎるだろ。今から家を出ても約束の時間には到着できるぞ」



「まぁ、いいじゃない、ふたりとも家に居たんだから。それとも、何か用事でもあった?」



「ないけどさ、洗濯も掃除も終わってないからそれは承知してくれよ」



「良いわよ。家族なんだし、そんなことをいちいち気にしないわよ」



「はぁ、わかったよ。じゃあ、ちょっとだけ待っててくれよ」




掃除を切り上げ、お茶を用意してリビングのテーブルに相対して着席し話を始めた。



「それで姉貴、わざわざ出てきて何の用事なんだよ?」



「いやね、ふたりの状況がどうかと思ってね」



「状況って?」



「別れると言ってたじゃない、その話がどこまで進んでいるのかなって」



「姉貴!別れる予定はないと言ったはずだぞ!」



「ほんとう?百合恵さん?」



「そうですね。結局あれから話は進んでいませんね」



「進んでいないだけで、進める気持ちはあるってことかしら?」



「おい姉貴!怒るぞ!」



「悠一は黙ってて。それで百合恵さんどうなのかしら?」



「いずれ考える時が来るかとは思っていますけど、急いで結論を出すほどではないと思っています」



「そうなのね。でもね、急いで欲しい人もいるのよ」



「それはどういうことなのでしょうか?」



「先週の日曜にこの子は出掛けてたでしょ?」



「はい。ですがそれが関係あるのですか?」



「先月ね、私の高校の後輩を再婚相手に良いかなと思って紹介したのよ。

 それでね、日曜に会ってたみたいで、その時にホテルに行ったんですって」



「姉貴ッ!」



「悠一は少し黙ってて。

 それで、私の後輩だけあってもうアラフォーと言っていい年齢としなのよ。

 そんなだから子供を産むなら少しでも早い方が良いじゃない。

 それで百合恵さんが別れてくれるなら、早くしてもらうと良いかなと思って相談に来たわけよ」



「お義姉ねえさんの仰ることはわかりました。

 悠一さん、ホテルに行ったのは本当なのですか?」



「いやっ、話を聞いてくれ!」



「お話はお伺いしますが、その前に質問に答えていただけませんか?

 そのお義姉ねえさんの後輩さんと、ホテルへ行ったのですね?」



「・・・ああ、行った・・・」



「わかりました。その方を待たせるのは悪いですし、今すぐ離婚しましょう。

 悠一さんの浮気ですけど、今ここで届けを書いてくださるなら慰謝料は請求しません」



「やっぱり、百合恵さんは話が理解ってくれると思っていたわ。

 じゃあ、今から区役所へ行きましょうか」



「お義姉ねえさん、それには及びません。

 少し待っていてくださいますか」



そう告げて既に自分の分が記入済みの離婚届を取りに自分の部屋へ向かった。


後ろから悠一さんが悲鳴のように言い訳と思われることを言っている。わたしが拒んでいて欲求不満が溜まっていたから、誘われてつい魔が差したとのことらしい・・・こんなことになるとは驚いたけど、悠一さんは子供を欲しがっていたし今はわたしに未練があるにしても、きっとその女性と新しい生活を送る方が悠一さんにとって良いと思うし、新しい生活が始まればわたしのことなんか過去になって風化するはず・・・寂しい気もするけど、わたしも不満があったわけだし前向きな話だと思う。




「すみません、お待たせしました。

 既に私が書くべきところは記入してありますので、悠一さんのところを書いてください」



「やっぱり百合恵さんは別れるつもりだったのね」



「そこまではっきり別れるつもりでいたわけではないですけど、気持ちを整理するために書いてみたものを捨てずにおいた感じです」



「でも、捨てずにおいたって事は別れたい気持ちがあったのよ。

 悠一もせっかく百合恵さんが慰謝料なしで別れてくれるというのだから、早く別れて悦子えつこちゃんと再婚しなさい」



「おい姉貴!

 いくらなんでも横暴だろ!」



「強引なのはわかっているけど、そうでもしないと時間が残ってない悦子ちゃんが可哀想でしょ。

 それに、身体の相性は良かったみたいじゃない」



「だから変なこと言うなよ!」



「悠一さん・・・わたしは悠一さんにとって良い妻ではありません。

 せっかく良い方と出会えたのですから、その方とやり直した方が良いと思います」



「お、おい、百合恵・・・」



「ほら悠一、百合恵さんもこう言ってくれているのだから、ちゃんと考えなさい」




結局ふたりで説得を続け、更にはお義姉ねえさんが再婚相手候補の悦子さんと電話して悠一さんはわたしと離婚し、悦子さんと再婚する事になった。


いくらお義姉ねえさんが間にいるとは言え、プロポーズらしいやりとりもなく結婚を決めて先々不安もある様に感じたけれど、それでもわたしと結婚生活を続けるよりは良いだろうなと思った。




赤堀あかほりみゆき 視点◆


レッスンの間の休憩時間にスマホを見ると、百合恵から役所へ離婚届を提出したとあった。


今まで燻ってはいたけど話し合いをするとかいう話がなかったから急に思え、さすがに何かあったのだろうと思い状況を確認する意味も込めて仕事終わりに会いに行くと返信したら、すぐに百合恵が私の職場の最寄り駅に来るから終わる時間を教えて欲しいという内容のメッセージが来たのですぐに時間だけ返信して次のレッスンへ向かった。



思っていたより動揺していたようで普段より注意力が落ちていた自覚がある・・・私の事情は生徒には関係ないから影響が出ないようにと気を付けてはいたけど、情けないことだ。




自分の不甲斐なさを感じながらも最後のレッスンを終えると急いで支度をして職場を出て百合恵が待つカフェへ向かった。



「急に離婚したって連絡をもらってびっくりしたわよ」



「ごめんなさい。実は今日・・・」




飲み物を注文する間もなく話を聞くと、春日かすがの姉がやってきて自分の後輩と春日を再婚させるように推してきたらしい。


しかも、その後輩と性的関係を持っていたとのことで百合恵は自分が拒んでいて自分も悪いから気にしないと言ったけど私は憤りを覚えた。


一通り百合恵の話が終わったところで自分の飲み物を買いに行くと席を立ち、その間に一旦冷静に考えをまとめることにした。


百合恵は自分も悪かったと思っていることと、春日のことを考えて身を引いたという様な言い方をしている・・・つまり、未練がある様に捉えることができる。


ここ最近の百合恵は春日と別れたがっていた様にも感じていたけど、いざその離婚を突きつけられた時に春日を想っている気持ちを再認識して別れたくないという気持ちが芽生えたということかも知れない。


百合恵は周囲へ気遣いをしている様で割りとめんどくさい性格なので、それはありそうと考え未練があることを前提に今後の話をしようと思う。





「お待たせ。それで、百合恵はこれからどうするつもりなの?」



「そうね、これからのことよね。

 ねぇみゆき、わたし達ルームシェアしない?」

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