第29話 彼女のひとりごと

 その夜。宿泊のホテルにて。



 俺は部屋を抜けて、ホテルのロビーで飲み物を飲んでいた。もちろんガラナである。これは道内であれば、どこの自販機にもある。



 香取と多々良への、夜景を言い訳にした告白はなくなった。香取としては平穏を取り戻すことができたのではないか。そして香取はそれを望んでいたのではなかったか。ならば、結果としては、彼にとっては良かったことになる。まあ、渡良瀬からの相談事は、恋路を叶えてやるという目的はすべて駄目になってしまったが、それは今回の場合やむを得ない。俺は渡良瀬よりも香取を優先したのかといえば、結果的にはそうなってしまったが、別段そういう訳では無い。他人が恋を成就させ、イチャコラとし、そういうのを目の前で、せっかくの夜景の目の前で、そんなものを見たくなかった。それだけである。香取はともかく、多々良の恋路なんてのは、実際叶おうが叶わなかろうが、俺には全然関係ないことである。それこそ、俺なんかがいなくても、うまくやれるやつはやるし、できない者は出来ないのだ。



 渡良瀬からの追求はなかった。なぜ香取と俺が行動していたのか。なぜ多々良が俺の元へと駆けてきたのか。それについて、説明を求めることも、何か言い訳を問いただすこともなかった。ただ、「香取くんからなにかお願いされた?」と聞かれたので、「そうかもしれない」と答えると、「そっか」と何故か納得した。



 それと、俺はそれに次いで、この間の恋瀬川のチェーンメールのことも考えていた。



 あれは恋瀬川と香取とが付き合っていると言いたかったのではないだろうか。夏休みの遠足にいた男子では、香取がダントツに知名度を誇る。恋瀬川と香取とが付き合っている、と噂になれば相手はあの恋瀬川だとこちらもダントツの知名度によってライバルたちが手を出さなくなり、夜景のときに彼を、香取を独り占めできる。そう考えたのではないか。俺はそう思っていた。水面下で、表面化で事は進行していた。女子だって馬鹿じゃない。むしろかしくて、さかしくて、とても策略的だ。実に策士である。夜景のときの失敗があろうと、これからは自分でチャンスを作って行くに違いない。つまり、香取の悩みは尽きないのだ。残念だったな。

 


「あら、九郎九坂くんこんばんは。夜景以来、奇遇ね」



 恋瀬川、か。



 彼女も何やら一人で部屋を抜け出してきたようだった。



「就寝時間は過ぎてるわよ、孤独なクマのようなクマを目の下につけては、不健康だと思われるわよ」


「俺はいつも一人で寝ているんだ。だからなんか合わなくて抜け出してきたんだ。中学生なら、当たり前だろう。小学生の妹でさえ一人で寝てる。だから、誰ともしれない奴と一緒に寝るなんて、油断ならないんだよ。それより、恋瀬川も誰かと寝れなくて出てきたのか?」


「私は、誰とでも眠れる適応力があるから。あなたとは違うわ。でも、ちょっと、その」


「なんだよ」


「恋バナ? というのかしら。こういう夜の定番だからって言ってクラスメイトが盛り上がっちゃって。標的が私になる前にトイレに行くと言って抜けてきたわ」



 あー、恋瀬川恋バナとか苦手そうだものな。ちょっと前に噂が流れるくらいだ。不特定多数が、普段完璧な振る舞いをしているお前の浮ついた話に、興味津々なんだろうよ。



「苦労するな」


「ええ、まあね。私可愛くて、美人だから。仕方ないかもね」



 それを自分で言うのか。



「……でも。か弱い女の子でもあるのよ」



 最後にボソリと、小さな声で何かを言った。



 それから手を振っておやすみなさい、と。彼女は部屋に戻っていった。







 ※ ※ ※









 二日目。



 金○赤レンガ倉庫でお土産タイム、自由時間となったので、俺はクッキーの箱をまたいくつか抱えていた。今度は有名な修道院のやつである。妹にひとつ、母親にひとつ、自分用にひとつ。その他予備としていくつか。



 帰りは昼過ぎの鉄道であった。昼食は弁当が車内で配られた。ほっき貝の弁当である。ふと通路を挟んだ向こう側を見たときに、渡良瀬が荻野に何やらひとり力説していたので、今回のアフターフォローてもしてくれているのかと、そう思った。まあ、そんなことは俺は頼んでいないし、実際そうでも、そうでなくても、それは俺には全然関係ない。そう、貝を食べながら思った。



 夏休みの時より短い、宿泊研修が終わった。



 

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