第10話 結婚前夜

 その日はまさに激動と言ってよかったと思う。

 孤児院でのんびり過ごしていた俺のもとに二人は顔面蒼白で戻ってきた。呼吸も浅く何もなかったと思うほうが可笑しいと思える。

 二人から出される空気がピリピリしていて、空気読めない俺でも戸惑ってしまうレベルだ。だからと言って何もしないわけにはいかない。


「あの……どしたん?」


 いつもと違って丁寧に機嫌を損ねないように話しかける。絶望しきった顔でリファは口を堅く噤んでしまう。その代わりにオーラが話をしてくれた。


                  ※


 話を終えるとすぐに孤児院の掃除が始まる。普段から綺麗にしているので今からの部分も大きいが、それでも世界貴族を迎え入れるということは小さな埃一つで命が飛ぶ可能性だってゼロじゃない。

 そう考えればやりすぎはないのだ。

 結局、満足することなく気が付けば夜を迎えていた。ようやく今日から解放されるわけでもない。暗くなってしまった以上、掃除を続けるのは難しい。なら今度はリファを着飾る番だ。

 クローゼットからとにかくたくさんの服を引っ張り出して着せては脱がして、着させては脱がしてを繰り返す。当然、俺は庭で夜空を眺めている。手伝いたい気持ちもないわけではないが、さすがに遠慮するよ。

 その辺の分別は持っているつもりだ。

 夜が更けていく。

 なんやかんやあって服が決まり髪を軽めに切って準備が落ち着いたのは日付が変わるころだった。先に休んでもいいといわれていたけど、特にすることもなかったので俺はずっと庭でぼーとしている。

 そんなところにリファがやってきた。

 孤児院に帰ってきたときはかなり憔悴しているように見えたが、今は少し生気を取り戻して顔色もよくなっている。

芝生の上に座っている俺の横に腰を下ろす。


「先に寝ててもよかったんですよ」


「気分だ。ドタバタしている中、爆睡できない」


「ごめんなさい」


「謝ることはないだろう。まったく貴族様っていうのはいつの時代も面倒くさい存在だよな。自分が中心に世界が回っていると思ったやがる。悲しいことはそれを否定できない存在ってことだな」


「……はい」


「歴史の中には世界貴族の服を汚したからっていう理由で王族が全員処刑されたっていう国もあるんだ」


「……はい」


「逆に言えばそれだけでかい存在の内側に入れるチャンスなんだ。うまくいけば億千万の富と人を従える権限を持つことだってできる。まさに一発人生大逆転って感じか」


「……」


「……」


「……嫌か」


「何がです?」


「全部言わなくてもいいだろ。嫌なんだろ」


「わかりません。嘘じゃないです。子供のころは夢見ていたこともありました。国の王子様が私を見つけて豊かな生活をして楽しく暮らしていくんだって」


 その声は震えている。


「叶いました。一国の王子様なんて小さな存在じゃないです。正真正銘、世界の王子様に見つけてもらったんです。百倍単位で夢がかなった気分です。でも、でも、心は曇っています。何かが違うんです。本当は私、豊かな生活に興味ないのかもしれません。あいや、それは言い過ぎです。でも、貧しくても楽しくいたいんです」


 溢れる感情を止めることできず頬を涙が伝う。


「このままじゃ楽しくないです。残されたお義母さんも寂しいでしょうし、私も幸せになれる気がしません」


「ま、貴族だからって幸せとは限らないから」


「仮に絶対に幸せになれるといわれても私は悩んだと思います」


「どうして?」


「嘘をついていました。ここにいた孤児はみんな養子に行ったんじゃなくて、借金のカタに連れていかれました。正確な言い方をすれば支援者の家に連れていかれたってところなので養子出たといっても嘘ではないかもしれません。でも、その先どうなっているのか知りません。その家で幸せに暮らしている可能性もないわけではないですけど、きっと望みは薄いです」


「オーラは知っていて」


「はい、でも、お義母さんは悪くないです。どのみち支援が打ち切られれば全員が路頭に迷います。どっちに転んでも行く末は変わりません」


「なるほどね……」


 俺は一つため息をする。

 この時代、孤児院が生きていくのは難しいとわかっていたけど、まあ、なんというか身売りに近いことをしていたわけだ。けして、それを責めることはできない。話から察するに強制的というわけでもなさそうだ。

 強かなオーラのことだ。絶対に子供たちが不幸にならないように先方と話を付けているに違いない。


「ねえ、ギル。ギルから見てこの国はどう? 滅んだっていうロンドリアと比べてどう?」


「どうって言われても難しいよな。単純な比較はできないけど似てるな。あの頃のロンドリアに王が世界政府のために内政を弄りだした点とかな。多分、今後税金が上がり続けるぞ。でも、絶対に極端に上げすぎないんだよな。殺さないギリギリを責めてくる。生活するので精いっぱいになってくる」


「……怖い」


「それが王国だ。善王が政治を敷けば国は豊かになって、悪王が敷けば国は乱れる」

 まだ、強制労働や人権の売買、国土の譲渡などが始まっていないから、マシと言えるけど、このペースで世界政府に上納金を払い続ければパンクする未来は早々に予想できる。


「ああそうだ。リファ、俺はそろそろここをたとうと思う。どこに行くのかは決めていないけど、今度は海が見える国にしようか。んで、世話になったからな。借りはしっかりと生産しておきたい。要望はあるか?」


「……なら、私を救い出して」


「リファ」


 なんかものすごく物騒なことが聞こえたんだけど、あの優しくて温和なリファが、嘘だよな。俺の聞き間違いかなんかだよな。


「苦しいだけのこの国を壊して」


「あの……リファさん」


「あ――ッ! ごめんなさい。冗談ですからね」


 我に返ったようにリファは目を大きく見開くと自分が言った言葉の意味を反芻して口を固く閉ざす。慌てたように立ち上がると動揺している顔を見られないようにそっぽを向きながら立ち去ろうとする。


「いいぜ。俺でよければ容易い」


「え――ッ!?」


 予想していなかった回答に思わずリファのほうが足を止めて振り返る。

 別におかしなことを言ったつもりはない。

 自身気に俺が立っている。


「ギル……」


「な~んてな、冗談だよ。冗談。リファも物騒なことを言っていないで早く決めてくれよ」


「う、うん、そうだよね。違うよね」


 それだけ言って今度こそリファは孤児院の中に消えていく。

一人残された俺は空を見上げる。

今日は満月だ。と言いたいところだけど少し欠けている。景気よく満月なら格好よかったのに締まらないものだ。

 

                    


 

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