第9話 世界貴族

 世界政府の視察。

 それは現在国家において最重要行事となっている。

 世界政府に加盟している国ならば無視することができずここで高評価を貰えることが次年度の予算に大きく関係してくる。

 今日も今日とて役員である評議員がここファーガルニ王国にやってくる。正直な話、国民からすればどうでもいいことで、むしろこのために税負担が一気に増えたことによる負荷のほうが気になっていた。

 毎年、この時期は一時的に税金率が上がってしまうが、終わればある程度、元に戻っている。しかし、年々、上がった税率の下がり幅が減っているので将来的にはこのまま固定されると国民は危惧していた。


「にしても集まるね」


「一応、命令さね。嫌でも集まっておかないとさらに持っていかれてしまうさね」


「むむむ、何でもかんでもお金お金って嫌になってくる」


「しょうがないさね」


 リファとオーラは王都の中央広場付近に集まっていた。本来なら王城を中心に放射線状に広がっている大通りは大規模な商店街になっていて大小様々な店舗が軒先で大きな声をかけて客引きを行っている。

 今は閑散として全部の店が閉まっている。

 大声を張っているはずの店主は大通りの左右に分かれ並んで評議員を迎え入れるためおとなしく棒立ちになっていた。


 二人もその背景に一部と化している。

 評議員の視察については王令で国民総出動が義務付けされているため、病気や怪我を除いて集まっていた。しかし、英雄を迎え入れるような盛り上がりはなく、まるでこれから決死隊に向かう隊員を見送る悲壮感だけが流れる。

 王都の外から中心に向かって大きく豪華な装飾を施された馬車が見えた。馬車を曳いている馬も一般国民では絶対に手が出ないような大型の馬で艶やかな鬣に凛々しい瞳にはつい圧巻されてしまう。


 牽引されている馬車も豪華絢爛だ。横幅五メートル、長さ十メートルはあろうかという超巨大な車で施されている装飾も一流の技術者によって仕立て上げられており付けられている宝石も一つで一人の人生を保証してくれる価値があるだろう。

 そして、たった一人の評議員を護衛するために五十人近い王国の騎士が周りを警護している。

加えて、世界政府より派遣されている戦力――通称エージェントが五人ついていた。

過剰すぎるといわれても仕方がない戦力だが、世界政府——特にその運営維持を担っている評議委の扱いについては世界の創始者である大王の十一人に次いで優先度が高いとされている。

 ここにいるエージェントもランクがいくつか分かれていて大王の警護のために存在する十一人のファースト、世界貴族の護衛のセカンド、世界の治安維持のため各地に存在するサードが存在する。

 ファーストは大王関係しか動かないので、ここにいるエージェントはみなセカンドになる。戦闘力で言えばファーストに劣るが、それでも五人集まれば一国の戦力と等しいといえた。


「ま、あたしには関係のないことさね」


「お義母さん、何か言った?」


「何でもないさね」


「そう……」


 小さな声で呟いていたオーラの声はリファには届かない。

 そう、自分たちには関係のないことなのだ。これはただの通過儀礼的なもので自分たちはただの飾りでここを通る評議員の機嫌取りの人形。 

 馬車が向かってくる方向からまるで波が起きるように叫ぶような声が聞こえてくる。これも、王令で決まっていることで沈黙のまま通過すれば評議員の機嫌を損ねるのはわかりきっているので通過の際には盛り上げなければならない。


『わぁああ』

『きゃぁあ』


 絶叫か悲鳴か、どちらとも言えない叫びがあたり一面に木霊する。二人も右に倣って声を出す。手を振って全力の笑顔に振りまく。

それだけでいい、それだけでいいはずだった。

 馬車が通過していく。

 騎士やエージェントの眼光が怪しく光る。その時、遠くで小さな影が一瞬動いた気がした。

 一人の男性が馬車の後ろに飛び出したかと思うと小型の銃を取り出して馬車に向かって一切の躊躇することなく発砲する。

 否、引き金を引こうとした男性の腕はすでになかった。

 音もなく接近していたエージェントの一人が杖に仕込んでいた刀によって切られた腕すら切られた事実に気づく間もなく切断していた。


「かっ――」 


 あまりのスピードと精度によって悲鳴を上げようとした男性だったが、その悲鳴すらも気づいたら喉を切断されていて何もすることができなかった。そして、音がしないように切り落とした部位をキャッチしては地面に置く。男性への配慮ではない。評議員に対して無用な音を排除しただけ。

 男性の服で血を拭うと刀を杖に戻す。

 この間僅か五秒のこと。

 個性豊かなファーストと違ってセカンドは寡黙に確実に任務を遂行する『音のない暗殺者』と呼ばれている。

 遅れて気づいた王国騎士によって男性の遺体は処理される。

 こうした強襲は珍しくない。

 どの国だって世界政府の存在によって裕福になった例は存在しない。正確に言えば王族は裕福になれる。世界貴族番付に入り名前を挙げれば名声と富が手に入るが、一般国民からすればただ税が上がる存在の認識でしかない。

 こうして反発する市民によって強襲されてもエージェントがいる限り評議員は自分が狙われている事実にすら気づかない。そして、表面上、歓迎してくれる雰囲気によって国が豊かになっていると勝手に納得してしまう。 


「バカさね……」


 評議員は気づかなくてもオーラは見ていた。

 子供のころから教え聞くはずだ。

 神と世界政府には逆らうな、と。

 自分はそんな愚かなことはしない。

 ただ、嵐が静かに通り過ぎてくれることを祈るだけ。

 馬車が自分の横を通っていく。その際は手を振って声を出す。曇りガラスの窓の奥にかすかに人の気配を感じるが、それを気にすることはない。

 毎年一回はある強制イベント。

 いつも通り、何事もないように過ぎていく……はずだった。


『ちと止まれ』


 オーラの正面に馬車が通り抜けようとした時だった。なぜか、馬車がその動きを止めてしまう。それは誰にとっても予想ができていないことで馬を扱っている御者でさえ一瞬行動が遅れてしまったほどだ。


 ――どうして。

 

 状況的に見ても自分に用があるから馬車を止めたようにしか見えない。

 なぜ?

 どうして? 

 考えてもわからない。

 冷たい汗が背中を流れる。

 呼吸が荒くなっていく。

 唇を強くかむ。

 双眸に力が入る。

 リファがオーラの腕を強く掴む。そんなリファを抱き寄せた。


「お主はええのう」


 曇りガラスを開けて一人の男性が姿を現す。中年で頭の天辺が禿げている。太っている体格をして風格を出すためなのか似合わない髭を触っている。豪華なスーツはたっぷりの脂肪で見栄えが悪くなりベルトの上には脂肪が乗りベルトが見えない。


「吾輩は世界貴族辺境伯バゲルド・ロエルスン。娘、貴様を気に入った。余の二十七番目の妃になる権利を与える。光栄に思え」


「え……」


 何を言っているのかわからなかった。しかし、ロエルスンと名乗った世界貴族はさも当たり前のような表情をしている。

 オーラは悟った。

 風に聞いた話ではあったが、極稀に世界貴族に目にかかった国民が強制結婚させられるということがあるという。

 まさか、自分の娘が。

 自分の前に止まった気でいたが、実際にはリファが目的だったのだ。確かにリファの顔立ちはとても整っている。親の贔屓目もあるかもしれないが、それでも美しくすらっと伸びた肢体も全体の造形美を美しくさせている。


「どうした笑え。とても名誉なことぞ。もっと喚起し泣き叫ぶものではないのか」


「あの……私……」


「待ってください。この子は――娘はまだ年端もいかない子です。結婚とかそんなのはまだ早いです。それに――」


 その先を言うことはできなかった。

 どこからか現れたエージェントの剣先がオーラの喉先に突き付けられている。触れているわけではないが、エージェントからあふれる殺気によってオーラは微動だにすることができない。


「黙れ、ロエルスン卿のお言葉にこたえるべきは貴様ではない。余計な行動は命をなくすぞ」


「ふぁふぁふぁ、よい。余は今、気分がいい。娘、名を言え」


「え、あの……私はリファ……です。孤児院の……その……」


「ん、よいよい。さすがにここでは人が多く緊張してしまうのう。吾輩も人が多いところは苦手だからのう。明日、リファの孤児院というところに向かおう」


「卿! わざわざ卿が出向くことないでしょう!」


「よいといっておろう。花嫁を迎えに行くのは夫として当然の事」


 一人のエージェントの注意も聞かず上機嫌のまま窓を閉める。そして、そのまま足早に走り去ってしまう。

 周りの人はまるで腫物を扱うように怪訝な視線を向け早々に去っていく。関わり合いになりたくないと無言のまま語っている。


「では、明日またお伺いいたします」


「はい……」


 伝達役に残ったエージェントが簡単なメモを渡し、すぐに馬車を追いかけて

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