第6話 恩返し
「よくわからない青年さね」
ついオーラは独り言が零れてしまう。
今は自室、これから買い出しを含め王都の中心広場に向かう予定。そんなにおしゃれに気を使う歳でもなくなったので化粧は最低限だ。昔の友人からすれば何歳になっても気を遣えというが、まあ、別にいいかという感じだった。
リファとギルは別室で今日の予定の計画を練っていることだろう。なかなか女二人だと力仕事がままならなかったが、ギルがいてくれればある程度は進んでくれると思う。
「昔はそうじゃなかったんだけど……」
着替えをしながらつい独り言が落ちる。
オーラの部屋はとても簡素なものだ。生活に必要最低限のものが置かれているだけで娯楽関係の物はない。そんな中、クローゼットの中にある引き出しを少し開ける。その中には数枚の衣類がたたんで入っていた。静かに置かれる世に一枚の写真がある。
「これも時代の流れさね」
十人の子供の写真だ。
少し色あせてしまいセピア色に染まった写真を見て目頭が熱くなる。もう戻れないあの日が烈日のごとく脳裏を焼く。
ふと、手を伸ばしたくなる。
取り戻せるなら取り返したい。
でも、できるはずもない。
十年近く前に撮った写真で一番の年長者―それでも五歳―がリファだ。今と変わらない可愛い容姿をしていてクリクリの目は今よりも愛嬌があるかもしれない。
お姉さんをしていたリファに手を繋がれた赤子、オーラが抱っこしおんぶし、他の子も楽しそうにしている。
「仕方ないさ」
いなくなってしまった。
別に事故とか事件とか危ないことに巻き込まれたなんてことはない。純粋に養子に行っただけのこと。ここは孤児院、それが当たり前だ。ずっと面倒を見ることはない。唯一、リファだけが難癖をつけて養子に行こうとしなかった。本人は条件がよくないとか義父母が好きになれないとか言っていたけど、オーラを一人にしたくなかった子供なりの考えだったんだろう。
すっかり時代は変わり上がる税金に対応できず孤児院は孤児の受け入れをすることができなくなった。
オーラも若くない。後の余生は適当にのんびり過ごしてもいいのだが、気がかりが残る。
「リファをどうするかね」
準備しながらそのことだけが頭をよぎる。今でこそ、受け入れはしていないが名目上は孤児院を運営していることになっているので国から補助金が出ている。しかし、三年に一回の査定がある。そこで事実上孤児院として運営されていないと判断されれば補助金が打ち切り、そうなれば完全閉鎖をしなければならない。立ち退きは免れない。
「リファを進路だけを決めるのが私の最後の使命さね」
難しいことじゃない。
リファは親の自分から見ても美人の部類に入る。この国は不景気に悩まされているけど、まるで宝石の原石みたいな存在だ。磨けばいくらだって光ることができる。
最後の子供が快く旅立てるようにするだけ。
※
「ふう……」
流れる汗が額を伝い目に入る。
目に染みる前に袖で拭う。
今日は天気がいい。快晴とは言わないけど雨が降ることはまずないだろう。このファーガルニ王国において雨はけして珍しい天気じゃない。雨季と呼ばれている時期は数か月前に終わっているから降らないはず。
「腰痛て……」
俺は今、孤児院の庭で必死に草むしりをしている最中だ。久しぶりにやっているけど、これがまた腰に来るんだ。昔から家の手伝いでやっていたけど子供のころは特に何も感じず、腰も当然痛かったけど全然我慢できた。
まだ二十歳くらいのはずだけど痛いわ。
気温も暑いというわけじゃないけど、上着は脱いで黒いインナーシャツになって作業をする。正直、虫がうっとうしいけど無視しておこう。
「ギル、進んでいますか?」
「おう、問題ない」
「暑いですからね。休憩しながら進めましょう」
「そうだな」
少し離れた場所でリファも同じように草むしりの作業を進めている。俺は世間に疎いからよくわからんけど、若い女の子はこの手の作業を嫌う傾向が強いと思っていたけど、リファは自前の作業つなぎを着て長い髪を後ろに一つにまとめて汗を流し働いている。
なんというか、俺が同じことをすれば暑苦しくて汗臭いといわれそうだけど、リファがやるだけで絵になる。
元がかなりの美人だからどんなことをしても似合ってしまう。
手袋についた土が頬についているけど、そんなこと気にする素振りなく作業を行う。
「そういえばさ、リファ以外の子はいないのか」
「みんな、養子になりましたよ」
「リファは」
「私は行きませんよ。お義母さんが寂しくなってしまいます。それに、今は不景気で孤児院を運営することができなくて受け入れもしていません。でも、いつかこの時代を乗り越えて私がお義母さんの跡を継いで孤児院を運営するんです」
「なれるといいな」
「はい、だから、こうして施設の維持は必要なんです」
「なら俺もさぼるわけにはいかないな」
「そうです。さぼらないでください。と言いつつも無理はしないでくださいね」
「そうさせてもらうよ」
そう言って俺はまた作業に戻る。
草むしりがひと段落したら大きくなりすぎた木の剪定に入る。高所作業になるのでリファには危なくてさせられない。どうにもこれまでもしたかったけどオーラもリファもできなかったとのことで無造作に枝が伸びている。
「よっとっと」
俺は木に登って内側から枝を切っていく。草むしりをしながらリファが心配そうに見ているけど安心してくれ。
子供のころから木なんてその辺の山を登る気分で上っているんだ。
こんなこんなである程度進んだところでいったん休憩になった。
「あ~疲れた。いい運動になったよ」
「私も疲れました。でも、気分がいいです」
孤児院の西側にある部屋の窓を全開にしてその淵に俺は腰を掛ける。一応ここから見える範囲の庭については終わった。随分体が訛っていて筋肉痛がやってくる気配がすごいけど、リファと同じでどこか満足感があった。
「お茶でいいですか」
「おう」
「どうぞ」
奥からリファが冷えたお茶を持ってきてくれた。
コップを掴むとすでに冷たくて指先から伝わる冷気がむんむんと湯気が立ち込めている頭に伝わりそれだけで冷えた気がする。
そのまま一口飲んで冷水がのどを通って胃に落ちていく。
「ふはぁああ! 生き返る!」
「くぅうう! そうですね」
俺はいいとしてリファも豪快にお茶を飲み切ってしまう。女の子なのだから慎みが、とか言いたくなる人もいるけど、俺としては美人であっても人間味があっていいと思う。
「ギルはさ、次どこに行くんですか?」
「さあね、風が吹くままに進んでいくさ」
「いつまでここにいるんですか?」
「さあね、リファがもう満足っていうまでかな」
「ならまだまだ頑張ってもらわないと」
「お、なんだ使えると思ったら急にこき使うようになったな」
「にしし、使えるものはどんどん使っていくのが私のスタイルなの」
「いいね、これからの人生、そんな考えかた大事だぞ」
太陽はまだ天辺まで登っていない。
とりあえず今日一日くらいは庭作業かな。
人生に急いでいないからな。しばらくはここを拠点に動いてもいいかもしれない。どうせ、次に行くところなんて決まっていないしいいか。
「そういえばさ、中央広場でなにかあるらしいじゃん」
「そうだった。何かな? 普段からあることじゃないから。私もよくわからないの?」
「へ~」
なぜだろうか。
よくない予感しかしないよ。根拠はない。だけど、いつだって俺がいることに安寧が訪れることはない。常に動乱を招いてしまうらしい。
姉曰く、俺はそんな星のもとに生まれているらしい。
どう転ぶか、楽しみだ。
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