第5話 新しい朝
目の前で人が倒れていく。
さっきまで生きていたはずなのにすでに事切れた。きっと、昨日までは明日もずっと穏やかに過ごしていけると信じて疑わなかったはずだ。
周りを見ればいたるところで戦火が立ち込めている。
世界最強を誇っているこの国でも不意を突かれた侵攻に対応しきれない。それは王国側にも言えることだが、同時に一般民衆にも言えた。
作戦を聞いたとき、そうなる可能性について否定されず意見を認められた。
俺としてはどうでもよかった。
ただどうでもよかったんだ。早く、この胸を疼く感情をばら撒いてしまいたかった。一部は反対をしていたが、長男の判断を覆すことはできない。
あの日、親父は差し出してくれた手で俺は人を殺した。
言い逃れなんてできるはずがない。それが真実で、それだけが唯一の真実。
だから、俺は業を背負って生きていく。亡くなった命のため、かけがえのない命を奪ったものとして生きていく。
な~んてな。
んなもん、どうでもいい。
ただ、俺は――
『お母さ~ん』
気づけば足元で子供が泣いていた。この侵攻で親とはぐれてしまったんだろう。足を止めて泣く子に向けてしゃがむ。小さな手を必死に空に向けて伸ばす。
生きたい。
単純にして強い思いが感じられる。
近くまで戦火が近づいている。
このままだといずれここも炎に巻かれる。
子供だってこのままじゃ死ぬ。
泣く子供の手を俺は――
※
「知らない天井だ」
なんか、昨日もこんなことがあった気がするな。
あ~、頭が重い。
なんか、夢を見ていた気がするけど何だったかな。まあいいか、覚えていないということはどうでもいいということだ。
にしても頭は重いけど、体は随分軽いな。
そう思って俺は体を起こす。ぐにゃ、と柔らかい感触が腰部分を刺激する。
「おっと」
恥ずかしい。
なんとも情けない声が漏れてしまう。
ああ、そうか。
いつも固い芝の上で転寝をしていることが多かったから、こうしてベッドの上で眠るなんていつぶりだろうか。
昨日、オーラに案内された部屋にあったベッドは何というか普通のベッドだった。豪華とも言えずだからと言って簡素すぎるとも言えない。
ごく普通のベッド。
どこかオーラは申し訳なさそうに「こんな部屋しか用意できなくて」なんて言っていたが、十分すぎる贅沢だ。子供のころだって部屋で寝ていたはずなのによくわからないまま野外で起きたことがよくあった。
――寝相が悪いわけじゃないぞ。
っていうか、知らない天井で目が覚めるなんていつぶりだ。青空天井も悪くないけど、やっぱり人たる生活を送るにあたって天井は必要だな。
コンコン。
「ギル、起きましたか?」
「リファか、起きてるぞ」
「は~い、入ってもいいですか」
「ああ」
部屋の外からリファの声がして、一応の控えめのノックの後入ってきた。昨日のワンピースと違って袖のないシャツに短めのパンツスタイル。
「選択していたギルの服です。もう少しかかると思っていたんですけど、夜にいい風が吹いたおかげで乾きました」
「悪いな。昨日から何から何まで」
「それは言わないで」
「でもな……」
こういっちゃなんだけど、俺の神経はかなり図太い自信がある。子供のころから大の大人との交渉だって一歩も引かずにやってきたんだから。そんな俺でもここまで至れり尽くせずでやってくれれば、少しは申し訳なさを感じてしまう。
「このままじゃ俺の気が収まらない。とりあえず何か手伝うよ」
「いいんですよ。ギルはお客さんなのに」
「言っただろ。気が収まらない。よく親父が言ってたぜ、タダより高い物はないって。俺もその通りだと思う。してもらってばかりじゃ後のししっぺ返しが怖いじゃんか」
「ん~、本当に気にしなくていいんですけど。わかりました。とりあえず着替えたら昨日の部屋に来てください。そこでお義母さんと相談しましょう。ついでに朝ごはんもできていますよ」
それだけ言い残すとリファは足早に部屋を後にしていく。一人残された俺はそそくさと自前の一張羅に着替える。
うん、こっちの服のほうが落ち着くな。
高くもない、運動性能もよくない厚手のロングコートだけど、体にフィットしてくれる。
軽くジャンプして肩を動かしてkらだの様子をチェックする。
特に問題なさそうだな。
すると、ポケットの中からリングが落ちた。
「おっとっと」
昨日、リファが預かってくれたやつ。
リファの奴、結局ポケットに入れたまま忘れて選択したな。ま、それをどうこう言える立場にないし、こんな子供がつけるような安物あればいいさ。
ぱっと見は貴金属に見えるけど、そんな加工がしてあるだけの安物のただの鉄。それこそ子供の小遣いで買えるくらいの。
でも、この指輪こそが兄弟を繋ぐ唯一の物。
※
食堂に行くとすでにオーラがいた。
恰幅のいい体格に豪快な口調に似合わない繊細な指先で朝食の支度をしていた。
よくわからんギャップがあるな。
「おや、おはよう、ギル。昨日はよく眠れたかい?」
「ああ、おかげさまでね。何から何まで感謝する」
「ははは、構わないさ。ここは孤児院だ。子供の面倒を見るのが仕事さ」
「生憎、俺は子供というにはでかすぎる」
「生意気言ってんじゃないよ。あたしあよりも年下はみんな子供さ。胸張って甘えていいんだぜ」
「それはちょっとな」
俺はつくづくオーラという人の側面が見えないと思う。普通はこれだけ良くすれば見返りだって求めて当然だ。むしろ、義務と言える。なのに、笑って流す。
「不思議な人だ。あなたは」
「おかしなことを言うね、あたしはね、お節介おばさん、それ以外の何者でもないよ」
オーラと会話をしていると途中からリファも交じって朝食の準備を一気に進めていく。
献立はパンとスープ、ミルク、オムレツにサラダ。
香ばしく焼き上げられたパンはいつも食べていた固い黒パンよりは柔らかそうだ。オニオンを主体としてコンソメで味付けをされたスープ、ふわふわのオムレツ、彩り豊かなサラダ。
「豪華だな」
「当り前さ。人間、食べなきゃ生きていけないんだ。加えて、一生で食べることができる回数も決まっている。なら、思いっきり食べなきゃ損になる。服とか髪とか、おばさんにはあまり興味がないさね。なら、その分食べることに集中したいのさ」
「それには同感だな」
俺も服はこれしか持っていないし、荷物だって必要な時に現地調達が基本だ。ポケットにはリングとちょっとの路銀だけが入っている。良くも悪くも世界政府がほとんどの国に介入している影響で世界経済は統一が図られている。
世界通貨は基本的に同じになっていて、一部の集落、非加盟国は独自の通貨を使用している場合もあるけど、そこはそこで稼げばいいので問題ない。
「うまい」
昨日のご飯の時も思ったけど安心できる味だな。
個人的には一口でおいしいと思える味、一回食べれば当分は食べなくてもいいかなって思える時よりも何度でも、毎日でも食べたくなる味のほうが好きだから、その点オーラの料理はマジで最高。
「さて、今日の予定だけどね」
食べている最中にオーラが切り出す。俺も結構、食べる速度が速いと思うけどすでにお^らは食べきっている。
「あたしは広がのほうに行ってくるよ。買い出しがあるっていうのもそうだし、正午あたりから大事な放送があるっていうから見に行かないとね」
「私は院の掃除かな。最近さぼっていたし」
「そうだね」
「俺も何か手伝うよ。リファには客だからと言われたけど、ここで何もせずにゴロゴロしたり、すぐに出立したらさすがに恩知らずもいい。なんでもいい、手伝えることはあるか? こう見えて力はあるぞ。体力仕事なら任せてほしい」
「そうだね」
少し悩むようにオーラは自分の顎に手を置く。
「それじゃギルには庭の手入れでもしてもらおうかね。リファも手伝ってくれ。女二人だとなかなか作業が進まなかったけど、力自慢のギルがいればすぐだろう」
「任せてくれ」
「は~い」
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