ドタバタ

「っていうかクロ先生いつ帰ってくるの?」

「最悪帰ってこなさそうだけどね。北方魔法士育成機関総括として呼ばれたっていうよりは、宮廷魔法士として呼ばれてるでしょ。多分。」

「クロ先生って探し物に便利だもんなー。だからって国宝の魔力情報をくれるかは知らんけど」

「くれるんじゃない?クロセンセーに情報を渡すよりも、『月虚影』が見つからなかった方が一大事もん」

「護衛官まで動いてるしさ」

「しかも二席っつーな。三席より上は天帝サマの側から離れないんじゃなかったのかよ。…いや、一席はぴょんぴょんしてるか」

「わりと我が強くて自由だよ、あそこの人たちは。」


とりあえず身近な信頼できる大人に全部預けようとして、いないことに気付くボク達。


視界の隅で、青髪の少女が大きく姿勢を崩すのが見えた。そう長いことハルリを抑えられるはずもないか。


「アルトがそろそろ限界そう。消音魔法消すよ。」


パチンッと指を鳴らして小尾温魔法を解除。同時にハルリが保護者<アルト>の腕から勢いよく抜け出す。


「急に何をするのじゃ?!わらわにとって視覚と聴覚は何よりの命綱で——」

「ハルリがお転婆だからだよ」

「なにおうっ?」

「ほら、髪が崩れてるから結びなおそう」

「これはアルトがわらわをいじめるからでぇ」

「わたしがハルリをいじめたことなんて一度もないよ」

「それこそ嘘じゃ!?」


ボクに指示されてハルリの視界を塞いだことも本人には内緒にしてくれるアルトに感謝。あの子は察しが良すぎるから助かるよ。今度、アルトが苦戦してた水魔法の練習に付き合おうかな。


「まっ、帰ってくるこないどっちにしろ、クロ先生から指示はあるだろ。それまでは子守してよーぜ」

「クロ先生帰ってこないんですか?」

「てことはみんなでお泊りですか?」


頭の後ろで組んだカイの腕を、背後から伸びた二つの小さな手がむんずと容赦なく掴む。やべ失言、と呟くカイ。


「まだ分からないけどね、そうなるかもしれないかな」


青ざめる親友い気付いているだろうに、綺麗な微笑みを浮かべてノアとノンに言葉を返す腹黒。巻き込まれたくないので、サヤと顔を見合わせて、やれやれ。


「いやーわからねーけどもしそうなってもオレはお前らの部屋には行かんからな!!セラも適当なこと言うんじゃ、」

「ええーなんでですかー」

「いいじゃないですかー」

「挟むなオレをっ、オレを引っ張るなオレで遊ぶなッ!!」


抵抗虚しく賑やかな双子に連行されゆくカイ。体力馬鹿なノアとノンの遊び相手は大変だろう、頑張れ。


「ステラ先輩、防衛結界は大丈夫でしたか?」

「あれ、ティナ。ユイの相手はしなくていいの?」


少し大きい三角帽子を頭に被せ、紫の魔石が埋め込まれた木製長杖を肌身離さず握っている少女が声をかけてきた。


…紺色の瞳が、少し陰っているような?明らかにいつもよりハリのない声に、しょんぼりと伏せがちの視線。


「ファルマとリーゼが相手をしてくれていますので。だいぶ落ち着いたようですし、問題ありません」

「それは何より。あそこは落ち着いてるしね。防衛結界は大丈夫だよ、異常なし。」

「そうなんですね。よかった。」


同世代だけど、師弟の関係にあるティナとユイ。自分も混乱しただろうに弟子を気にかけているのはしっかり者のティナらしい。


「どうしたの?」


やっぱり声に覇気がない。


声をかけると、ティナが淡く失笑。


「ステラ先輩には何でもバレちゃいますね」


おやや、何か隠し事?でも隠し通したいなら声はかけてないだろうし。


申し訳なさそうというか、後ろめたそうというか、暗い魔女っこに首を傾げる。


「……ステラ先輩にもらった長杖、魔石の装飾部分が壊れてしまったんです。…転移の際に、下敷きにしてしまって、ごめんなさい」

「え、」


ティナの懺悔に目を見開く。


この少女にとって長杖は心の拠り所でさえある大事なものだと知っているのに、ボクが壊したも同然だ。


「それは急に説明もなしに転移させたボクが悪いよ。ティナが謝る必要なんてない。ほら、貸してごらん。」


ボクが壊したも同義なのに自分のせいだと落ち込むとは、ティナもユイに似てるのかな。


おずおずと差し出された長杖を両手で受け取って、魔石の装飾部分を確認する。ティナが大切にしているのが分かる、よく手入れされた杖。


別に、ボクがあげたっていっても、それがもともとティナのものだったから渡しただけなんだけどな。ティナが言っていた金属部分には細いヒビ。


懐中時計を確認。まだ間に合う。


「ほんとだ。でもよかった、これぐらいならボクでも直せるよ。」


基本的に使わないようにしている魔法だから、念入りに魔法式を組み立ててゆっくりと発動させた。


傷の入った長杖が、ボクの手ごと水球に包まれる。しゅわしゅわと水球の中で光の粒子が舞う。


その様子を見守っていたティナが唖然とポツリ。


「……水属性上級修復魔法〈複理水球〉?」

「そうだよ、よく勉強してるね。」


あんまり有名な魔法じゃないし、水はティナの得意属性じゃないからまず知らないと思っていた。


修復魔法は水属性治癒魔法と混同されがちだしね。


軽く頷くだけのボクに対し、ティナは水球を凝視。


「…使い手がすごく限られる魔法じゃないですか?物の修復は扱いが難しいと図書室の魔法書読みました。魔法の有効時間も、物が壊れてから数分とか数秒とかって」

「ボクもあんまり上手じゃないよ。修復可能時間は、物にもよるけど一時間ぐらいかな。あとよく知らない物は直せないし。」

「十分長すぎると思いますっ」

「専門の人は数日らしいよ?」

「ステラ先輩は専門にしてないじゃないですか。使えるだけでとってもすごいですっ!」


だんだんといつものように弾んだ声になっていくティナ。魔法のことになると饒舌になるのは師弟共通みたいだ。


水球がぽんと弾けて消え、ヒビがなくなった杖が手に収まる。水に包まれていたというのに湿ってすらいない長杖をティナに手渡す。


「大事なものなのに壊しちゃってごめんよ。どうぞ。」

「いえっ、私こそ直してくださってありがとうございますっ!………よかったぁ…」


長杖のヒビがなくなっていることを確認して嬉しそうに顔をほころばせる少女にボクも笑みがこぼれる。こんなに大事にしてもらっているのだから、あの人も嬉しいだろうな。


ユイのもとへ戻っていったティナを見送っていると、窓枠に寄りかかっていたセラが手招き。


セラの隣へ行くと、何かを手渡される。折り畳まれた紙?


なになに…


‘‘朝話した件に参加することになりました。月夜学院にはしばらく戻れないから、二年生の四人で一年生達のことをよろしく頼むよ。寮は、私の部屋以外は好きに使ってくれてかまわないからね。自宅組もできれば寮に泊ってほしいけど、各自に任せるよ。代理の先生も頼んであるから、明日の朝には到着されると思う。明日からは学院の旧寮で過ごしておくれ。じゃあ気をつけて。センカ・クロムウェル’’


………えぇ。

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