嵐の正体(シセラ視点)

【天帝】。赤子であろうと知らない者はいない、大陸一の帝国の絶対的君主。歴史書にはないものの、小さい頃読むおとぎ話のなかには、遥か昔に、今は滅んだ国からやってきた皇帝がセーベル帝国を建国したと綴られていた。


昔々の歴代【天帝】様は積極的に表舞台に出ていたらしいけれど、今では滅多に姿を見ない。


それでも時々、『季巡祭』などで【天帝】様を拝見した者はみんな、口を揃えて言うんだとか。僕も幼少期に何度か【天帝】様と皇太子にお会いしたことがある。


“綺麗な夕焼け色の髪をされた、新緑の瞳を持つ御方”


「あっははは、いい反応!ふっふっふ、そうだよねぇ驚くよね~♪」


だけど、目の前で腹を抱えて笑い転げる存在はどうだろうか。


男性にしては少し長い、紫がかった銀髪。

比較的色々な人種が在籍している月夜学院でも見たこともない、何故か恐怖を、覚える、赤紫の瞳。

大人になる手前の、少女のようにも少年のようにも見える中性的な顔立ち。

身に纏うゆったりとした白と紫基調の服装。


知らない。僕が知る、記憶にある皇族の方々とは、全く違う。


「【天帝】様の、騙り…?」


あっ、本物だったらこれ首飛ぶ。思わず言った後に固まる僕。


けれど当の本人は面白げに肩を揺らした。


「正真正銘我は【天帝】ぞ。ここ千年ぐらいはずっとクルケ家に影武者させてるから元祖の色素を知らなくたって仕方がないのかもしれないけどね。お前、『建国記』読んだことないのかい?」

「あ、ありますよ。僕、帝国生まれですし」


セーベル帝国を代表する民話である『建国記』は絵本として幼少期より一般的な知識として子供にも普及している伝承だ。帝国生まれならば誰でも当然知っている。


「じゃあ原本は?複製版でもいい。」

「原本はもう現存してません。複製版なら、ボロボロなやつですけど、それなら」

「かまわないよ。元々原本自体がボロボロだからね。」


……『建国記』の絵本は小説がもとになっていて、どちらの原本も千年以上前のものであり、当に物体としての寿命を尽かしているはず。保存魔法だって最近の魔法だしやはり現存しているわけがない。


【天帝】を名乗る人物の言い方に引っかかりを覚えるも、そんなことを熟考している暇などなく新たな問いが投げられる。


「それの五頁から登場する『皇太子さま』の髪色はどうだった?」


五ページは確か、『皇太子さま』と『皇女さま』が登場する場面で、その二人の髪色は———


「……………白くて、ところどころ…薄紫の髪、だった」

「じゃ、もう分かるよね。」


紫がかかった銀髪を絵本で着色して表すのならそれは、今僕が言ったような、


「………………………ほ、ほんものっ?」

「だからそう言ってるじゃないかぁ。」


サヤが掠れた悲鳴のような声をあげ、【天帝】様は飄々。


「………………おいステラ、マジで?」

「………………がちで本当なのステラ」


ステラを僕が手で腕をはたき、カイが肘で小突く。


左右から衝撃を受けたステラは不服そうにしながら渋々といった様子で頷いた。


「………本当だよ。極一部の人しか知らない。臣下の公爵家の血脈でも知っているのは当主と跡継ぎ、副公爵家当主ぐらいじゃないかな。」

「顔を合わすのもそれが幼少期の頃と、跡継ぎを天閣に連れてくるとき、代替わりで隠居するときの三回ぐらいだ。」

「ボクはまぁ、事情があって何回か会ったことがあるだけだよ。」


いやいやいやいやいやいや


「サヤは知らなかったのっ?!」

「わわわわ私は公爵家じゃなかったもん知ってるはずないよっ!!!」

「オレこれ首ちょんぱじゃない?大丈夫?嫌よ??」


サヤとカイと三人でヒソヒソと言葉を交わす。


なんでそんな秘匿されている御方がクロ先生の不在時にいらっしゃるわけ?!!


どう考えても一端の学生が知ってていいことじゃない。


「そんなに怯えなくても大丈夫さ。我はそんなつまらないことで民草を処刑したりしないからね。」


不敬罪をつまらないって仰った今!?


ステラが蒼白金髪を揺らして気まずそうに咳払い。


「コホン、まぁ、これはこの国の最権力者なんだ。本人も周りも細かいことは気にしないんだけど、面子を慮ってあげてほしい、かな。」

「なななななんでそんなに上から目線なのステラっ!!」

「これはダメでしょ!?」

「いやお前こそバチバチに不敬じゃないかよ!?」


僕らから一斉に叫ばれて視線を逸らすステラ。しばらく固まっていたのちに、


「てへっ☆」


力技で乗り切ろうとした。


「…【天帝】サマは何しに来たんすか?盗賊崩れなんて面倒なもんを結界に通したのも【天帝】サマっすよね?」

「我が月夜学院に来たのは所用。盗賊は来る途中で見つけてね、面白そうだったからあげるよ。」

「面白そうって……いや、その御用は何なんすか。うちの教師は留守っすけど」

「別にクロムウェルに用はないよ。というか用事は済ませたし我は帰る。」


え済ませたの?ミカとの接触が目的だったの??


しかもクロ先生の名前を知っているらしい【天帝】様。

クロ先生って【天帝】様とお知り合いだったんだ…本当に何者なんだろ。


内心慄いている僕の隣で、ぴくりと反応してステラが顔をあげる。


「済ませたなんて言ってもボクは従わないからね。もう家臣じゃないから好きにしろと言ったのはそっちだ。」

「あれは命令でも頼みでもないよ。運命の予告だ。」

「アンタが運命なんて崇奇なものを理解してるとは思えないけど。」

「それは否定できない。なら言い換えよう。未来の風の声がそう言っている。」

「……ボク以外にも適任はいる。」

「さぁ、どうだろうね。知ってるだろうけど、我は耳がいい、とだけ言っておこうか。」


再び険悪とも違う、張り詰めた空気が降りていく。僕らはそれを息を止めて見守るしかできない。


ふと赤紫の瞳がこっちを見た。


……逃げなきゃ、逃げれない、って赤紫の瞳に囚われた何かが叫んでいる気がする。


「じゃあね、愛し子たち。お前たちにとってはこの世界は優しくないだろうけれど、汚いわけでもない。楽しむといいよ、心から。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る