喰べるか射るか燃やすかの配布物

自分の教室に戻る前に、一年生の教室に立ち寄った。一年生の分の配布物を渡すためである。カラカラと扉を開けて顔だけひょこりと覗かせる。


「失礼。配布の係いるかな?」


配布係はユイだったはずだけど、いるかな。すぐに、席に座って談笑していた少女がガタンと音を立てて立ち上がる。


「あ、はい!います!」


ありがとうございます、と丁寧にお礼を言いながら配布物を受け取るユイに、ふと気になって声をかける。


「ユイ、雷魔法はどう?ちょっとでも前進した?」


ぱあっと丸眼鏡の奥の瞳を輝かせるユイ。


「はい!そ、その、前は魔法式の構築段階で躓いてたんですけど、今日の実習は、ゆ、ゆっくりですけど、最後まで魔法式を組めるようになりまし、たっ!」

「わ、もう組めるようになったんだね。」


流石にいくらなんでも早くないか?内心唖然としているボクに、ユイがえへへとはにかんだ。


「ティナちゃんにも教えてもらったので。す、すごくためになりました」


あ、なるほど。秒で理解する。あの子が教えたなら当然か。


「それはよかった。これからも頑張ってね、ユイ。」

「は、はい!頑張ります!」


教室を出る間際に、教室の奥に視線を滑らせた。一つの机を囲んで賑わう三人の後輩の姿。……—大丈夫そう。よかった。


階段を上って二階へ。自分の教室に戻る。


「あ、おかえり」「おかえりなさーいっ!」「………よ」

「ただいま。カイ、掃除できてた?」


後ろの棚にもたれかかっているセラと席に座っているサヤ、そして床に転がっているカイが迎えてくれた。返事をしながら配布物を教卓に伏せて置く。


「できてたよ」「ばっちり!」「できてたできてた超できてた」


「それはよかった。これに懲りたら次からはちゃんと掃除するんだね、カイ。セラとサヤもありがとう。」

「反省しておりますリンさん」「どういたしまして」「全然―!面白かったから大丈夫!」


相当二人にしごかれたのか、床に仰向けに転がったまま動かないカイ。対照的に、涼しげな表情をしているセラと満面の笑顔のサヤ。三人で楽しく掃除をして来たようで。


サヤが席を立ち上がってぴょこりとボクの隣に立った。その視線の先は教卓の上にボクが伏せて置いた配布物。


「ねね、なんの書類だった?」

「あ、見ないほうがいいと思うよサヤ。」

「へ?」


素早く察したセラがもたれかかっていた棚から身を起こした。


「サヤ、その書類燃やして」

「燃やすわけないじゃんっ?」


素っ頓狂な声を上げるサヤには目もくれず、セラは紙を教卓ごと射抜こうと光魔法を構築している。十数枚の紙を射貫くのにそこまでの火力は必要ないでしょ絶対。


「こらセラ教室を破壊しようとするんじゃない。」

「でもそれ、あれの予告でしょ?塵も残さずに抹消しないと」

「へ、え、なんの話っ?」

「それは同感だけど。………それをする適任は、もっと他にいると思うんだよ。」

「……あ、確かに」


ボクとセラの顔を交互に見てあわあわと困惑するサヤを尻目に、ボクたちはすっと視線を下げる。


「ねむ………」


仰向けに転がる青年、リネル・カイラを凝視する。適任はこいつ以外にいない。


セラと目配せし合い、そっとカイに近付いた。しゃがみ込んで頭をつつく。


「なんだよ………オレは疲れたんだ……」

「お疲れ様。そんなカイに頼みたいことがあるんだけど。」

「疲れてるオレに頼むことってなんだよおい」

「すぐ終わるよ。しかもこれをしてくれたら、模擬戦を二回から一回に減らしてあげる。」

「えマジで?なに頼みごとって」


醸し出していたやる気皆無の雰囲気を引っ込めて上半身を起こすカイ。よし、いける。セラが教卓から取ってきた十数枚の書類をカイに差し出した。なお、セラの表情は非常ににこやかである。


「これをね、土に喰べさせてあげてほしいんだ。」


ボクの頼みに、カイは訝し気な顔をして首を傾げた。


「はぁ?いらない紙の処理くらいステラなら自分でできるだろ?なんでオレが…」


疑問を連ねて首を傾げる一方で、カイの制服の袖がずわりと動いた。さらさらと袖から出てきた砂がセラが差し出している紙をぐるりと飲み込むように覆う。


きゅ、と砂が圧縮されて紙が分解される、というところでカイが動きをぴたりと止める。


「まてまてまてまてこれ要らない紙じゃなくて配布物かよっ!!?」


あ、バレた。あと少しだったのに。これだから砂に視点を置けるやつは。セラと顔を見合わせる。話についてこれていないサヤはひたすらにあたふた。


ザァッと音を立てて砂がカイの制服の袖に吸い込まれて消え、はらはらと支えを失った書類が空中に舞いながら床に一枚二枚と落ちていく。


「あっぶね書類喰うとこだっ、」


バスンッと光線に射抜かれて大穴が開く、着地寸前だった最後の一枚の書類。見れば、セラが銃の形をさせた右手の人差し指を書類に向けていた。黄緑の瞳には殺意。耐えられなかったらしい。


「………た」


カイが真顔で床に散らばった書類を見ながら呟く。


たまらず手を伸ばしたサヤが、床から一枚の書類を拾い上げた。きょとんとしながらその内容をサヤが読み上げる。が、その読み上げる速度は著しく下がっていった。


「月夜学院と星空学院共同試合【夜空盤】開催の、おし、ら、せ………」


ふるふると震える両手で書類を握りしめて皺をつけながら立ち尽くすサヤ。


サヤの言葉にカイがぎょっと赤目を見開き、セラが嫌悪感丸出しに床に散らばる書類を睨む。ボクはひたすらに無。考えちゃいけない。


ゴウッ、とサヤの手の中の書類が炎に包まれた。書類は文字通り灰も残さずに消え失せる。


サヤがにこやかな笑顔を浮かべて顔を上げた。


「えへへ、ごめん!読み間違えちゃったみたいで!」

「そんなわけないだろう、レン。………ほら、書類を持って席につきなさい」

「「「「あ」」」」


いつの間にか音もなく教卓に立っていたクロ先生が、朝の既視感を強烈に感じさせながら疲れたようにため息をついた。


やべ、と固まる月夜学院二年生一同。

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