落ちこぼれと元出来損ない
箒を両手に握りしめて俯いたままのミカに、ボクはぱちくりと瞬きをする。
確かにミカは魔法が上手なわけではない。
実技の成績は最下位だったろうし、ミカが魔法に対して苦手意識を抱いているのも知っている。他の一年生が初級魔法の習得をとっくに終えて中級魔法の会得も終わりかけているなか、ミカだけは初級魔法の構築で躓いている。
でも、それは今年の一年生の成長速度が異常なのであって、本来はミカが一般的だ。
けれどそれは慰めにならないだろう。
少し考えた後、沈黙に耐えがたいように肩を震わせながら俯いたままのミカの正面に立った。びくりとミカが肩を跳ね上げる。
ミカが過度な不安を抱かないように、落ち着けるためにも膝に手を当てて覗き込むように目線を合わせる。
ミカの水色の瞳にチカチカと先ほどよりも早く魔力光が走っている。
やばい。ここで暴走はさせられない。ミカの魔力暴走は特に洒落にならない。
「大丈夫だよ。ミカ。」
そっと声をかけて抹茶色の髪をゆっくりと撫でる。ミカの荒ぶる魔力が明らかに静まった。水色の光が弱まる。
「ミカ、責めてるわけじゃないから、落ち着いて聞いてね。この相談は、ボクよりも適任者が——クロ先生がいるでしょ?どうしてボクに話してくれるの?」
しばしの無言の末、ミカが捻り出すように呟いた。
「——怖かったんです」
そっか、と穏やかに相槌を打つ。
「クロ先生に心配をかけたり、迷惑になったり、失望されたくなかったんだね。」
こくり、と頷くミカ。
「………あっ、いや、その、ステラ先輩になら迷惑かけてもいいとかそんなことを考えてるわけじゃなくて、ステラ先輩なら、ダメな落ちこぼれのぼくも受け入れてくれるって、おも、って………」
慌ててそう弱々しくも必死に付け加えるミカに笑いながら大丈夫だよと片目を瞑ってみせる。
「クロ先生に話せないことも、ボクなら大丈夫だって思ってくれたんでしょう?むしろ嬉しいよ、話してくれてありがとう。」
ほっとした様子のミカに手招きして、外の階段に腰をかける。おずおずとミカが隣に座ったのを確認してから、ミカを見ずに話し始める。
直視され続けても緊張しちゃうだろうしね。
「ミカが怖がってるのはよくわかるよ。大事な人や尊敬している人に失望なんてされたら耐えられないもんね。」
ミカをちらりと見て、小さく笑った。
「みんなからはボクは何でもできる人になんて思われてるかもしれないけど、ボクも昔は出来損ないだったんだよ。」
懐かしい、自分が『欠陥品』だと泣いた夜を思い出す。
ミカが驚いたように色のそれぞれ違う双眼を向けてくる。今のボクからはそんな風には全然見えないもんね。笑って正面に顔を戻した。
「クロ先生はミカが相談しても迷惑だとは思わないし失望なんてしない。心配は絶対にしてくれるけどね?」
あの人は教師であることに誇りを持ってるからね、と付け加える。
「……ぼくが声をかけさえすれば、絶対、どうしたんだいナルア、ってあの人は話を聞いてくれるんです。——……だからきっと、ぼくがクロ先生を信じ切れていないだけなんです」
「それはどうだろう?」
「———へ?」
面白げに口をはさむと、ミカが素っ頓狂な声を上げた。ぽかん、とした表情がとても可愛い。
「ミカはクロ先生を信頼してるよ。それは絶対。」
尊敬してる人だもんね、と微笑みかけるとミカは顔をくしゃりとさせた。
可愛い綺麗な顔が台無しだぞー?と頭をよしよしと撫でる。
撫でながら目をくるりと回した。ミカは結構、ボクが想像してたよりも思い詰めてる。それをクロ先生が気付いていないわけがない。にもかかわらずクロ先生からミカへの接触は多分ない。どうしてだろ。……もしくは、ミカのこの状況が目的だった、とか?
ならなんのために?生徒が苦しむ様を見て愉しむような性悪教師ならともかく、クロ先生は絶対にそんなことはしない。なんらかの理由があるんだろうし、ボクが下手に出てもいいものかな——………あー、そういうことか。……ぇえ?
クロ先生のしたいことに気付いて固まる。まさか、ねぇ?
穏やかな表情を浮かべる黒がかかった瑠璃色髪の教師の姿を思い浮かべて、………あの人ならやりそうと思い直す。クロ先生だしね。うん。
まぁ、ボクはクロ先生の邪魔にならない程度にできることをしようかな。
ミカの頭をぽんぽんとする。
「?ステラ先輩?」
「いい?確かにキミは魔法を怖がっているし苦手意識も強いと思う。だけど、だからってそれがキミが一生魔法が使えないままなことに直結するなんてことは絶対にない。だから、そうだな。難しいのなら、自分が魔法をうまく使えている姿を思い浮かべて、そうなりたいって、目標を持ってごらん。それだけでも全然違う。って、さすがにこれはボクの師匠からの受け売りなんだけどね。」
ね、とミカに笑いかけた。風がふわりと吹いてボクの蒼白金髪を揺らしていく。
ミカの表情は、いつになくきらきらとしていた。こんなボクの言葉でも、この子には十分届いたかな。
日が落ちそうになっている空を見上げた。
ホントに、月夜は強い子ばかりだなぁ。初めは脆くて、少しでも光に当てただけで崩れてしまいそうなほどだったのに。いつの間にかこんなにも成長してるんだから。
ボクも歳かなー、なんて馬鹿なことを考えながらミカの頭に乗った葉っぱをのける。
よっこいしょと立ち上がってミカに笑いかけた。
「掃除しないとね。行くよ、ミカ。」
久しぶりに見る、年相応の満面の笑顔。
「はいっ!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます