【氷結の魔女】の星夜
空月ユリウ
週明けの二度寝
チチチチチ…
木々の木漏れ日から響き渡る小鳥の囀りと、微かなそよ風。秋らしい涼やかな空気と暖かい朝陽が木の枝に寝そべって舟を漕ぐボクの肌を滑っていく。そんな環境は、つまり、ボクに二度寝を推奨している!
しょっぱなから何言ってんだこいつと思われているなら心外過ぎる。これは正当論。よく考えてほしいなぁ。
眠くて怠い週明け、学院に行かなければならないとかいう理不尽により、ボクは睡魔と戦うという苦境に立たされているのだから。そんな責め苦を受けているなかで、この環境。オルゴールも風も日光も完備。どう考えても二度寝の選択肢しかない。だからこれは当然。学院に行けなくても仕方がない。
ほら、正当論でしょ?思ったことある出勤前の社会人、絶対にいるはず。まあ、というわけなので、ちゃっちゃと寝ることにす、
「おーい、ステラ?おはよ〜」
………ちっ、邪魔が入った。寝たいんだけどボク。寝たいんだけど、あーあーあー‼︎
「ちょっとステラ、起きてるよね?学院遅刻しちゃうんだけど?」
…………はああぁぁぁぁ。
「……なんでいるの。」
せめてもの抵抗として、下でボクを呼ぶ少年をジト目で見やった。木の根元に立つ、美がつく少年。
ふわふわとした亜麻色の髪を風に揺らし、黄緑色の瞳をボクに向けている。学院の制服の上に濃紺のケープを羽織った、柔らかな響きの声を持つ穏やかな口調の持ち主。
ボクの同級生で幼馴染のシセラ。渾名はセラ。
「何でってそりゃ、ステラは週明け二度寝していっつも遅刻してくるから。木の上で寝るなんて気持ちよさそうだねー」
「……ボクの平穏が奪われていく、なんと悲しいことか。」
「馬鹿なこと言ってないでさっさと降りて来てくれない?僕まで遅れちゃうんだけど」
こいつ、黒い、腹黒っ。
……やだなぁ。
自分の蒼白金の長髪をくるくると人差し指に絡めてぶうたれる。だってさぁ。
長めの前髪から見える少し暗い視界にセラをはめて、深い蒼の瞳で猛抗議する。行きたくない。寝てたい。人類はもう少し怠惰に生きるべきだと思う。
「早く降りて来ないと朝っぱらからクロ先生のしごきを受けることになるけど?」
…二度寝できない挙句学院に遅刻するのは流石にいやだしな…行くかぁ。渋々枝から身を起こして飛び降り、木に立て掛けてあった長杖を手に取る。
…なにその目線。呆れた視線をボクに向けてくるセラをジト目で見る。
「いや、何で遅刻するかなぁ、って」
「二度寝してたらちょっと遅れるだけだよ。失礼なこと言わないでくれる?」
「それを遅刻って言うんだよ」
黙らっしゃい腹黒。無視して長杖に魔力を流す。地面と平行に浮かんだ長杖に腰をかけ、とんっと足先のブーツで地面を蹴った。
長杖の高度を上げ、森が一望できる高さにまで動かし、前進、長杖を滑らせる。
一直線に進み出した長杖に風が当たって気持ちいい。風に髪を靡かせていると、セラが横に並んだ。
セラは、姓こそないものの珍しい光属性の使い手で、魔法士階位も上から二番目の準一位。ボクの、二人いる幼馴染のうちの一人だ。そして基本は真面目で優しい性格。基本は。
そんなボクたちが通うのは、魔法士育成機関【月夜】。このキルゥア帝国北部に二つしかない、魔法を使う"素質"と扱う"才能"がある者だけが通うことができる特別な学び舎。三年生制度で、現在院生徒は二十二人。学校に比べたら桁からして少ないけど、"素質"と"才能"の両方を持つ人は結構少ないからね。"才能"はないけど"素質"はある、みたいな人が多いし。
分類上は高等学院に入るため、生徒の年齢は基本十五歳から十八歳。ちなみにボクは二年生の十六歳。二年生はボクを含めて四人しかおらず、三年生に至ってはゼロ。一年生が十八人で、過半数を占めているのが実態。
「もうちょっとだね。よかった、遅刻しないですみそうだよ」
安心したようなセラの声に、ボクは視線を前方に移した。深い森のなかに佇む、大きな古い校舎。
月夜学院に向けて、ボクとセラは長杖をはしらせた。
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