夢の中の夢の中の夢
夜須香夜(やすかや)
第1話
「私はミミズクですよ?」
カラフルな羽角を持つフクロウに見つめられていた。オレンジ色の体毛に、茶色の羽、焦点の合わない目をしている。
「フクロウ?」
「ミ・ミ・ズ・ク」
「は、はあ……」
何が違うんだろうか。ミミズクというのに誇りがあるらしい。
周りを見渡すと、たくさんの本が本棚に並べてあり、白いテーブルと椅子があった。たくさんの撮影機材のようなものもある。
「ここはどこですか?」
私は、その喋るミミズクに疑問を投げかけた。
「ゆーつべの中ですよ? 知らないんですかー?」
人を小馬鹿にしたような声だ。
「ゆーつべって、あのゆーつべ?」
有名な動画サイト、ゆーつべ。私はそこでよく「有隣堂しか知らない世界」というチャンネルの動画を見ている。
「あ……」
思い出した! このミミズクは、有隣堂しか知らない世界に出ているミミズク……R.B.ブッコローではないか!
「ブッコロー!」
私は、ブッコローに抱きつこうとしたが、すんでの所で避けられてしまった。意外に俊敏だ。
「あれ? そういえば、中の人は?」
「中の人? 何を言ってるんですかぁ?」
そういえば、中の人もいないし、ブッコローを動かしている人も見当たらない。ブッコローは一人……一羽で自立して、床に立っている。
「まあ、いいか」
気にしないことにした。これは、夢な気がするからだ。
「ブッコロー! 会いたかったー!」
「わ!」
また、抱きつこうとしたが、再び避けられてしまう。
「もう、なんで避けるの?」
「突然、知らない女性に飛びつかれたら、ビックリするからじゃないですか」
「私はブッコローを愛しているのに」
その言葉にブッコローはぽかんと口を開けた。
可愛いなあ。
「は、はあ……愛してるですかぁ。それは、また……さすがブッコローはミミズク回のモテ男……モテミミズクですからねぇ」
ブッコローは嬉しそうに鼻を鳴らした。鼻がどこにあるかは、わからないが。
「夢なら愛してるって答えてよ! ブッコロー!」
「夢? あなたは何を言ってるんですか?」
「夢じゃないの?」
「ここは現実ですよ」
ブッコローの表情は変わらないのに、なぜか、にやりと笑みを浮かべているように見えた。
寒気がする。
「でも、私、有隣堂書店に行ける距離に住んでない」
「あなた、何も覚えていないんですね」
ブッコローはニヤニヤとしているように見える。
「うーん?」
私は、ここに来る前のことを思い出そうと必死になった。でも、まるで頭にモヤがかかったかのように、思い出せない。朝ご飯を食べたのか、家を出たのかでさえ、わからなかった。
昨日は何をしていたっけ?
「わからないんですねぇ。ははっ」
そのあざけ笑うような声が耳に響く。
私は、てっきり夢の中で、ブッコローとのラブストーリーが始まるのかと思っていたが、違うのかもしれない。今、私の身にはとんでもない事が起こっているのかも……。
ブッコローと出会ってから、一時間は経っただろうか。ドアを開けようとしても、全く開かない。
閉じ込められている?
ブッコローに、そのことを聞いても、さあ何ででしょうねと、しか返ってこない。
ブッコローに色々な質問をするが、企業秘密だと言って答えてもくれないし、最初はブッコローと一緒にいられて楽しかったのに、今ではつまらなくなってしまった。
そういえば、窓が開くかは確認していなかった。
私は窓際に向かう。
「ぎゃっ!」
窓に、血まみれの人間が映っていた。頭は割れているのか、脳みそが見える。
腕は折れているのか、あらぬ方向に曲がっていて、足からは骨が見えている。
「な、なに!」
「今更、気づいたんですか。鈍い方ですね」
窓に映った人物をよく見ると、自分だった。
「ようこそ。あの世へ」
「はっ!」
私は飛び起きた。
気絶していたのか、床の上に寝ていたようだ。
「起きましたか?」
ブッコローが私の隣に立っていた。
「ブッコロー……。私、死んじゃったの?」
「何を言っているんですか?」
「だって、さっき私に、ようこそ、あの世へって言ったじゃない」
「何のことですか?」
「え……」
ブッコローは何を言っているんだという顔で私を見ている。
さっきのは、夢?
私はゆっくりと立ち上がり、窓に向かった。
窓には、ミミズクが映っていた。ブッコローにそっくりだが、羽角に赤いリボンが付いている。
私が口を開くと、そのミミズクも口を開く。
「え! えええ! 私、ミミズクになってる!」
「はあ?」
ブッコローは訳がわからなそうに、私の声に驚いていた。
「ブッコロー! 私、ミミズクになってるよ! 何で?」
「何でと言われましても、あなたはここに来た時から、ミミズクでしたよ。さあ、変なことを言っていないで、撮影の準備に参りましょう」
ブッコローはしれっと言い退けて、机に向かう。
「撮影?」
「有隣堂しか知らない世界の撮影ですよ? いつも、やっていたじゃないですか」
「いつも?」
「いつもですよ」
ブッコローは、笑えないはずの姿で、にやりとした。
寒気がするような笑顔だ。
私の身には恐ろしいことが起こっている。さっきの大怪我をした姿や、ミミズクの姿。
夢にしては、恐ろしい。でも、夢とは、こういうものなのだろうと、割り切ったほうがいいのか。
「ブッコロー。私、夢を見ているのかな」
「さあて」
くつくつと、ブッコローは笑う。
「さあ、今日は星空の流星ガラスペンの日! 夜空には満天のガラスペンが降り注ぎますよ」
窓を見ると、ガラスペンが槍のように降っている。青と黒のインクをこぼした夜空に、きらりと光るガラスペン。
外にいる人たちに当たらないのだろうか。
「でも、綺麗」
「ガラスペンの美しさを伝えるために、早速撮影です」
撮影を終えて、私はブッコローとお茶をすることにした。
このぬいぐるみのような体で、お茶をすすってもいいのだろうかと疑問だったが、飲むと意外と何ともなかった。
「この夢はいつ終わるのかしら」
「また、変なことを……これは現実ですよ」
「現実的ではあまりないような気がするけど」
ブッコローはふうとため息をついた。
やれやれと言わんばかりに、首を振る。体ごと。
「周りには、ブッコローと私しかいないし、機材は勝手に動くし」
「いつものことじゃないですか」
「ゲストもいないし」
「今日は、そういう日ですよ。明日には来ます」
「誰が来るの?」
ブッコローは、にっこりと笑ったように見えた。
「……死神ですよ」
「は! はあはあ」
すぐさま、周りを見渡した。
いつもの自分の部屋にいる。
「よかった。やっぱり、夢だったんだ」
ブッコローに会えたのは嬉しいけれど、あんな意味のわからない夢は当分見たくはない。
「あ! 昨日、アップされた有隣堂しか知らない世界を見てなかったわ!」
私は、早速、ゆーつべを開いてみた。
――あの世
と、書かれたタイトルの有隣堂しか知らない世界の動画があった。
「え……?」
「あ、ここにいたんですかー。ダメですよ。逃げたら」
さっきまで聞き慣れたミミズクの声が後ろから聞こえた。
夢の中の夢の中の夢 夜須香夜(やすかや) @subamiso
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