ある英雄の最後
曇虎
第1話
あの時、今は忘れてしまった誰かを護りたくて、でも力が足りなかったから■■■■と契約した。
それから戦って、戦って、戦って……死んだ。
そして■■■■との契約によって生まれ変わって、また戦った。
一度だけではなく、何度も何度も生まれ変わり戦いの中に身を置き、邪教の信者、魔族、龍、亜人、天使、悪魔、神、あらゆるものと戦い、そのどれにも勝って望んでもいない最強の座を証明した。
その繰り返される生と闘争、そして死の中で戦う意志も理由も記憶さえも擦り切れて、ついには終わりへの希望も失い、ただ惰性によって■■■■からの命令で戦う日々。
そんな状態でも不思議とあの朧げな記憶の中にある選択に後悔はないと断言出来る。
そして、俺は今、これまでの戦いで初めて敗北しようとしていた。
満身創痍で剣を杖代わりにして立ち、意識を保っているのがやっとな俺と相対しているのは、獣人の戦士、森人の狩人、土人の重戦士、龍人の剣士、魔族の魔術師、天使の長、悪魔の王、誰もが名の通った英傑であり錚々たる顔ぶれだ。
「……ッ、これ程とはな。我らは各々が主神より加護を恩寵を賜っていたというのに……流石は勇者と言ったところか」
森人の狩人が苦々しい顔をして何かを言っている。
何故、そんなにも苦しそうな顔をしているだろうか?
長年の宿敵を討ち取れるのだから、もっと喜ぶべきだろう。
「■■■■の傀儡、敵ながら哀れなものです」
「■■■■め、これ程の存在を魂が摩耗するまで使い潰すとは……だが、そうなっていなければ我らが負けていたかもしれん。腹立たしいかぎりだがな」
天使の長も悪魔の王も性質は違えど、同じ憐みの視線を俺に向ける。
一体、何を憐れんでいる。
「使われる武器が喜ぶ程の使いでありながら、戦意すらないとは残念じゃ」
「然り、一万年前にかの竜王と激戦を繰り広げた者とは思えん」
口惜しそうにするのは土人の重戦士と龍人の剣士。
何がそんなに口惜しい。
「俺一人でも戦う意志も理由も持ってねぇ奴に負ける訳がねぇって、言いたいところだけどよ。一人なら絶対に負けてたぜ、畜生ッ!」
「我ら魔族の記録によれば二万年前から転生を繰り返し、その度に死線を潜り抜けた化け物だ。悔しいが、文字通り格が違うというヤツなのだろう」
獣人の戦士と魔族の魔術師は悔しそうに顔を歪めている。
何でそんなに悔しそうなんだ。
数千年前なら彼らの気持ちを理解出来たのだろうか。
……それにしても、戦う理由か。昔はあった気がするが、何だったか?
『――、――――!』
長閑な村を一望出来る丘の上、何処か懐かしい少女が俺に向かって笑いかけている。
「――あ…ああ、そう、だったな」
「ッ!?気を付けろ!こいつ、まだ動くぞ!」
蘇ったのは色褪せた、けれど今この目に移る世界よりもずっと鮮やかな昔の記憶。
そうだ。この後ろにはあの子が眠っている。
「……通すわけには、いかない!」
構えた使い慣れているはずの剣がまるで身の丈に合っていないかのように重くて、今にも手から滑り落ちそうだった。
足も鉛のように重い。だが、それでも通すわけにはいかなかった。
あの子の、静かな眠りを妨げる事だけは許さない。
「そんなにも後ろの王都が大事か?今も亀のように閉じ籠ってお前を助ける素振りもしない奴らが……?」
「……王……都…………?」
悪魔の王は何を言ってるんだ?
後ろにあるのは俺の故郷の村だ。あの子が眠っている場所だ。
「記憶が混濁しているのか……まあ、いい。どうあろうとトドメを刺す事に変わりはない」
「行くぞ、皆の衆!哀れなる偉大な戦士に引導を渡す!」
「「「「おう!」」」」
龍人の剣士の掛け声と共に英傑達が動き出す。
魔族の魔術師と天使の長、悪魔の王の魔術を切り裂き、獣人の戦士の蹴りを捌き、森人の狩人が放った矢を躱す。
何度も攻防を繰り返した後だ。
各々の癖と連携のパターンはある程度把握している。ならば、満身創痍なこの身体でも対応出来ない事はない。
土人の重戦士が振り下ろした戦斧を受け止め、押し返――
「その身体で良くぞ、それ程の動きが出来るものだ。だが、流石に首を断たれても動けるなどと言う事はあるまい」
――くるくると視界が宙を舞って回転する。
ああ、首が刎ねられたのかと気付くのに少し時間がかかった。
敗因は単純だ。ボロボロだった身体が、俺が考えた通りの動きが出来なかったというだけの話だ。
何度も体験した死に恐怖はない。
あるのは守れなかった無念と、また訪れるだろう新たな生への諦観だけ。
「安心するがいい。■■■■は必ず討ち取る。もう休め」
……やっとあの子の所に行けるのか、俺は――。
――――――――――――――――
設定
・世界観
人界、亜人界、龍界、天界、魔界と複数の世界が隣り合い干渉し合っており、世界間の小競り合いはよくあるが、特に人界は他の世界から頻繁に侵攻されていた。
・登場人物
■■■■
ド畜生、諸悪の根源
勇者(主人公)
■■■■と契約を結んで手駒として何度も転生し、外敵と戦った。
魂と精神の摩耗により、実力は全盛期よりもかなり劣化している。
獣人の戦士
亜人界出身。戦闘スタイルは格闘。獣人の中で最も強い。
森人の狩人
亜人界出身。戦闘スタイルは弓と精霊魔法。森人一の弓の使い手。
土人の重戦士
亜人界出身。戦闘スタイルは戦斧と大楯。土人の中で最も怪力。
魔族の魔術師
亜人界出身。戦闘スタイルは魔術と杖術。亜人界で右に出る者はいないと言われる魔術師。
龍人の剣士
龍界出身。戦闘スタイルは長剣。龍界において最も優れた剣士
天使の長
天界出身。戦闘スタイルは槍と魔術。天界で天使の纏め役をしている。
悪魔の王
魔界出身。戦闘スタイルは剣と魔術。魔界の王をしている。
・何故、あんな状況になっていたかの経緯
人界の神である■■■■が勇者の強さに調子に乗って、全ての世界に喧嘩を売って荒らしまわった結果、手を組まれた。
・勇者が王都を村と勘違いした理由
■■■■と契約する前の勇者が暮らしていた村、そして――の墓がある場所に時の王が勝手に村を潰して新都を建設し、そこへ遷都したから。
あとがき
神絵師の絵を興奮している時に頭の中に思い浮かんだシーンを、そのテンションのままに書き上げました。
この後の展開とか全然決めてないので、続きを書くかは分かりません。
強いて言うなら、人類がかなり追い込まれている世界に転生させるか、平和の裏で超常バトルが繰り広げられている世界に転生させようかなとか、あやふやな構想があります。
続きに興味がある方は、感想や「この主人公をこんな世界に転生させたい」などの意見を下さい。
続きを書くとしても、別の作品を書いているので亀更新になると思います。
ある英雄の最後 曇虎 @kumoritora
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