十四 跫音(一)
その日の植月町は、十月末にしてはいやに寒かった。
空はどんよりとくもり、少々冷たい風も吹いている。
「うわっ、寒っ……!勘弁してくれよ……」
外に出た啓一は、余りの冷気に思わず躰をすくませた。
「全く……自然再現の趣旨は分かるが、少し手加減というもんをだな」
先述した通り、この世界の宇宙コロニーは極力気象を地球と同等にすることになっているため、このように急に冷え込むということも普通にある。
「大丈夫?」
「いや、君の方が大丈夫か?耳畳むなり何なりしなよ、何だか寒そうだぞ」
「大丈夫よ、耳はこんなのでも毛皮あるし」
「小刻みに震えてる状態で言われても、説得力ないんだが」
見ている分にはかわいらしい獣耳であるが、人間よりどうしても頭の表面積が増えてしまうため、寒さに弱くなりがちになるといううらみがあった。
ようやくのことで現場に入ると、
「おおい、どっか冷気入ってないか調べろ!反重力場が不安定で仕方ない!!」
反重力発生装置を扱っている業者が怒鳴っていた。
「……あんなやわだったっけ、反重力発生装置って?」
「あー……詳しく見ないと分からないけど、相当古いの使ってるわね。十五年くらい昔のやつじゃないかしら。一応新星でもあのレヴェルのは現役っちゃ現役だけど、四年前に出来たばかりの新参コロニーで使ってるのがあれってのは、ちょっと悪いけどひどいわ」
「しかも市所有ってのがなあ」
眼の前の装置は、どれだけ酷使されたものかあちこち傷がついている。
その中に「緑ヶ丘市建設部」の白文字が薄汚れて張りついているのが、何ともわびしかった。
「貧しいんだよ、ここの市はさ」
横合いから久しぶりに聞く声が響いたのに、二人は振り向く。
「ああ、ごめんね、突然声かけちゃって。どうも僕も見てられなくてさ」
宮子であった。ハッキングで人体改造実験の事実が判明して以降、一緒に行動していなかったため、こうして会うのは恐らく二週間ぶりくらいではないか。
「お久しぶりです。『貧しい』って、そんなに緑ヶ丘市って財政逼迫してるんですか」
「逼迫してるよ。確か全国の市の中で、ぶっちぎりに最悪だったと思う」
その理由は、反社会的勢力への莫大な対策費だと語った。
行政側が手を出せないようにされてしまっているとはいえ、何もしないわけには行かない。
しかしそのため補助金までも吸われてしまって、かつかつの状態なのだとか……。
「多分反社が根絶されない限り、そのうち財政再建団体にでもなりかねないよ。でもそれやる市警自体も予算がなくて、車両の一部とか連邦警察と共用だっていうからなあ」
反社会的勢力との戦いの最前線に立つ警察も、金が乏しければ満足に動けない。
国家予算を使える連邦警察が、本部の力も使って直接援護しているからもっているような部分も否めず、まこと隔靴掻痒の感があった。
「あと民間もひどいよ。桜通があんな状態だから金が変な連中のところにばっか吸い上げられちゃって、まともな業者や商店が商売にならないんだ。一番収入安定してるのが郊外の農家って、別に悪かないけどどうなのさ」
宮子は、心底まいったと言わんばかりに深々とため息をついた。
「それで……あんまり表じゃ言えないけど、あれでしょ?たまったもんじゃないって」
二人は唇を噛んでうなずく。
実は宮子も例の一件については、捜査協力者ということでシェリル経由で知らされていた。
さすがに話だけでは信じてもらうのは無理だということで、実際にヤシロ家へ連れて行かれ本人たちと現物を前に説明を受けたのだとか……。
「実にとんでもないことになったもんですよ。ですがまだはっきりしない、分からないことだらけなのも事実なんですよね。その辺どうなってるのか、ちょっと俺たちも情報が得られてなくて」
「そうなんですよ、私たちは現場から遠ざけられた状態が続いてますからね」
「……てか、こんな話し込んでて大丈夫?僕はいいけど君たちが怒られない?」
「今ならごまかせそうですがね。まあこんなでも仕事中ですから、これくらいにしましょうか」
「じゃ、また会うことがあったら」
宮子はぺこりと頭を下げると、寒そうに耳を畳んでてくてくと出て行った。
「元気にやっててよかった。……しかし何やってんだろう、俺たちさ。まるで出番なしじゃないか」
「気にすることないわよ。あれで出番があったらおかしいわ」
現場の方へ眼を向けると、プールの中にはパネルをはがすために業者が束になって入っており、ごく普通の建設現場と何ら変わりがなくなっている。
確かにこんな状態では、出番があるわけがなかった。
「そんなに立ち会いって大切なのかしらね……」
「もう業者の人たちだけでいいんじゃないかな」
そうひそひそと愚痴り合っていた時だった。
「……は?」
後ろでいきなり素っ頓狂な声が上がる。
「部長、ちょっと待ってくださいよ。こっちはどうするんですか?……え、その辺は取り急ぎあちらと協議で?あ、すみません、失礼」
責任者は受話器から口を離して一つくしゃみをし、
「……ったく、振り回しやがって」
明らかに不満そうにひとりごちた。
「失礼しました。それで出るのは……もう急ぎも急ぎだから部内で決めると。……はい、はい、分かりました、お二人には伝えておきますので……」
後ろで聞こえる電話の声に、二人はもはや黙っていた。
ここで仮にすぐに帰ってくれと言われても、前のことがあるだけに何も驚かない。
「すみません、少々難しい話となりました。連邦警察が、お二人に捜査に協力していただきたいと建設部に要請して来たそうでして……」
とんでもない発言に、二人は椅子からずり落ちそうになった。
「ちょ、ちょっと待ってください!?何で連邦警察からそんな!?」
「それがですね……何でも捜査本部で科学者や技術者のチームを組む予定だそうで、その中に参加してほしいとのことです」
「……え?あそこには普通にお抱えの人がいるはずですよ、わざわざ外部の私たちを招くなんて……そんな話、研究員やっていてこの方初めて聞きました」
「そう言われましても、当方は言われたままを伝えるしかないので……」
サツキがぽかんとして訊くのに、責任者はすっかり弱りきった顔で言う。
「分かりました。とりあえず、今日はこのまま通常通りですか?」
「そうです。帰りまでには結論が出ていると思いますので、またその時に」
そう言って責任者は去って行った。
「……一体どういうこと?何でまた私たちなのかしら?」
「何か、あいつの顔がちらりと浮かぶのは俺だけかね。赤紫髪のちびっ子アンドロイドが」
「奇遇ね、私もよ。ついでにロリ声の幻聴まで聞こえたわ」
二人の人脈から考えると、どう考えてもそっちへ想像が行くのは必然であろう。
ようやく陽が出たのか、少しずつ暖かい空気が体育館へ入り始めていた。
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