僕たちの未来

酒と猿。

BEYOND THOSE DAYS

2022年1月15日

新宿ロックハウス

新宿 新宿ロックハウス


「迅、このライブにはなんの意味があるんだ?」


「ん?ヤマトに負担かけすぎちまったからな。俺らだけでもやって、バンドの存在感を忘れられないように。俺ら個々がレベルアップして、ヤマトの負担を減らしてやらねぇといけねぇから……」


「そっか。あいつはどうしてる?」


「一応、執行猶予がついたからな。少しのんびりさせてる。」


「そうか。」


「まあ、一太あたりが連絡取ってるんじゃねえか?あいつは優しいから。」


「そうか。」


「修斗……お前らは、BTTDはどうなんだよ。」


「俺らはなぁ。まあ、少しずつだよ。あいつら個性が強いからな。ヒロキの負担がだいぶ大きいわ。」


「そうか。海斗をのびのびやらせてやれよ。アイツはちょっとヤマトに似てるところがある気がする。背負い込むとヤマトと同じようになっちまう気がするから。」


「海斗な……あいつはどうだろうな。回りが支えてやらなきゃならねぇのは間違いないわな。」


「ま、ちゃっと3人で久々にやってくるわ。なんならお前も出るか?RBを復活させるか?」


「今さら。あそこに俺の居場所はねぇよ。」


「ふっ。お互い頑張ろうぜ。」


迅と修斗は一時の確執を超えていた。


そして迅、一太、幸四郎の三人は、本来ボーカルのヤマトが活動休止の間に、各々のレベルアップを目標として、ライブを敢行する。the Charismaticsザ・カリズマティックスとして、ボーカルは迅が代理を務める。


ヤマトは、アンダーグラウンドシーンでの目覚ましい活躍により、メジャーデビューを待たずして、"時代の寵児"、"若者の代弁者"という立場に囃し立てられた。


そのプレッシャーに呑み込まれたヤマトは、薬物に手を出し、薬物に溺れ逮捕。


彼らにスポンサーはいない。誰かに配慮をする気もない。但し、再起を図るためには精神を安定させる時間が必要との判断で、ヤマトを活動休止にした。その判断は、迅が下した。



***


(オレは何やってんだろう。迅さん、オレは必要ですか。オレはthe Charismaticsに必要なんですか……)


ヤマトはフラフラと新宿ロックハウスに来ていた。


新宿ロックハウス=ここは約2000人を収容可能な大型のライブハウス。5階建ての商業ビルの一階と地下一階を占める、メジャーバンドも使う有名なハコだ。



そこに、ヤマトは来ていた。

一太から声をかけられたは訳ではなかった。一太は意図的に声をかけなかった。

声をかけてしまうと、この活動休止の意味がなくなってしまうから。


一太は意図的に今日のライブのことはヤマトに伝えていない。

そして、迅と一太の考えにも違いがあった。

迅は、今日のライブを各々のレベルアップのためと捉えていたが、一太は、ヤマトに来てほしかった。ステージに登って、シャウトをして、復活を果たしてほしいと考えていた。


だからこそ一太は、ヤマトを直接声をかけることなく、SNSでライブの告知をした。


そして、1000人のキャパが満員になる集客を果たし、the Charismticsのライブが始まろうとしていた……



***

BTTDの5人はこのライブに来ていた。友人として。盟友として。客席ではなく、控室側、つまり舞台袖にいた。


「テル、ヤマト出てきてから会ったか?」


「ううん。会ってないよ。」


「そっか。あいつ、今日のライブをどう思うかな。」


「どうだろうね。意外と飛び入りで歌いだしたりしてね。」


「かもな。」



***


「みんな、今日ヤマトはいない。ニュースなりなんなりで知ってると思うけど、あいつはいない。」

「でも、俺たちは止まらない。待って、止まって待ってたら、次に動くのが困難になっちまう。」

「だから走り続ける。みんなもついて来い。」

「ヤマトを待つつもりで一止まってる奴がいたら、ファンでもなんでも置いていく。ヤマトもここにいないだけで絶対に走ってる。」

「だから、ついてこない奴は置いていく。」


「……行くぞー!」


迅のとんでもなく荒々しく、雄々しく、猛々しいギターが鳴り響いた。

幸四郎の地鳴りのようなドラムが、

一太の暴風雨のようなベースが入りライブが始まった。


いつも以上の迫力があった。

しかし、その音はいつも以上の虚無感もまたあった。


その虚無感というもの、これは今までのthe Charismticsにはなかったものだった。


ヤマトが出す歌は、絶望と悲哀、その中に見える一縷の光。このコントラストを究極的に研ぎ澄まされている。


しかし、今、迅が出した音は、虚無感。


the Charismticsの音とは全く違う何かがあった。


***

(迅さんたちが、ここにいる……)


ヤマトは来た。フラフラと弱々しく歩いて来た。


ヤマトは自身が薬物に溺れ、逮捕をされてから勾留期間中も含めて、初めてthe Charismaticsのメンバーに会いに来た。

それは、ただ会いたい。という気持ちもあれば、何かのキッカケが欲しいという気持ちもあったのだろう。

何にせよ、ヤマトは来た。関係者でもなく、一般客として。


元々モデルをしていたヤマトは185cm、手足が長く金髪の風貌。

ただでさえどこにいても目立つ存在だった。


本来であれば受付のスタッフが、いままさにライブをしているバンド本来のボーカリストであり、元モデルのスタイルの男に気付かない訳がなかった。


ただ、受付を通過した男は、覇気もオーラも何もない、ただ少し背の高いだけの美麗な男だった。

受付スタッフはそれがヤマトであることは気づかなかった。それどころか、誰かの受付をしたのかすら定かでは無いほどに、存在感は皆無だった。


ヤマトは入場してから、ライブハウスの端っこで、ただ見ていた。

歌うわけでも、リズムに乗るわけでもなく、ドリンクを飲むでもなく、ただ見ていた。


ステージの上にいる3人は、the Charismticsの楽曲を演奏していた。

しかし、歌っているのは迅。

迅の歌うthe Charismticsの楽曲は、ヤマト自身が歌う本来の曲と全く違うものになっていた。


それは、良い/悪いという話ではなく、ただ"違う"というものだった。

そして、"違う"なりに一つの完成形であった。


その"違う"に関しての受け止め方は皆それぞれだった。

カイトは"やっぱりこの曲はあの人の歌じゃ成り立たない"と感じたし、

ヒロキは"これはRBだ。それはそれでありだわ。"と感じた。


ヤマトは『自分がいないthe Charismtics』を称賛した。

心の中で、感謝と感動と謝罪と後悔が入り乱れた。

そして、徐々に徐々に、自身が再びステージに立ちたいという衝動に駆られ始めた。プレッシャーに呑み込まれ、自分を見失ったヤマトが、一曲、一分、一音ごとに少しずつその衝動を震わせていっていた。



「おいカイト。あれ、ヤマトじゃねえか?」

ヒロキがヤマトの存在に気付いた。


「あ、そうっすね。あんな男前、オーラ消しててもわかりますね。」


「ああ。なんかいい顔してる。安心したわ。」


ヒロキとカイトは一音ずつ覚醒していくヤマトを見て安堵した。


そんなヤマトをみて、ヒロキはステージ上の一太に大きなジェスチャーでヤマトが来ている事をアピールした。


一太はそれに気付き、ヤマトの存在を確認した。

(よかった。これでまたやり直せる……)


一太は演奏のさなか、迅に近付き、演奏で両手が塞がりながらもアゴと視線でヤマトの存在を伝えた。

幸四郎にも同様に……

そして、曲間に一太がマイクを取った。


「みなさん、ここでスペシャルな人が登場します。」


会場は盛り上がった。おそらく会場の半数以上、つまりは500人以上の人間が、その"スペシャル"がヤマトなのではないかと感じた。そして、観客は大いに盛り上がった。



その空気を感じたヤマトは、瞬間的に戦慄した。

期待、注目、共感、共鳴、声援、喚起、信頼、情熱、ありとあらゆる観客、ファン、若者たちの歓声により全てを受け止めた。


いや、これはその通りではなかったのかもしれない。ただ単に、ヤマトの思い込み、背負い込み過ぎてしまっただけなのかもしれない。


それでもヤマトは瞬時に戦慄し、驚愕し衝動的に……走った。

逃げ出した。と言ってもいい。


それに真っ先に気付いたのはカイトとステージ上の迅だった。


カイトは走ってヤマトを追った。とにかく放しては行けないと思い、追った。


迅はヤマトを心配しつつも、ヤマトの帰る場所を壊しては行けないと思い叫んだ

「……修斗ぉぉぉぉ!」


ヒロキは迅の叫びで状況を理解した。

「テル、ヤマトを追え!カイトはもう走ってる!」


「はい!」


修斗は状況がよくつかめないままに、誰のものかもわからない、近くにあったギターを担いだ。

「ヒロ、なにがどうなってる!?」


「ヤマトが消えた!一太が言っちまった以上、誰かが出ていかねぇとアクシデントになっちまうだろ!」


「そうかよ。」


「たまには迅に貸し作ってやれ!」


「わかったよ!」


修斗がステージに上がった。迅が、

「こいつは修斗。元々、俺ら3人とこいつの4人でバンドやってたんだ。」

「反目して、仲悪くなって、こいつが脱退して間もなく解散した。」

「で、こいつはいまback to those daysバック・トゥ・ゾーズ・デイズってバンドでギターやってる。」

「そんな修斗と一夜だけの復活だ!盛り上がってくれ!」


そう叫んで、ステージはヤマトのことを有耶無耶にして、ボルテージを上げた。


そして、カイトはヤマトを探した。

探し回っても全然見つからなかった。


ヤマトがライブハウスを出て数十秒しか遅れていないはず。

そんなに遠くに行っている訳もない。

カイトは諦めてライブハウスに戻ってきた。

そこにはテルもいた。

カイトとテルは息を切らせていた。


「いた?」


「いや、いねえ。」


「どっかのビルに入ったのかな……」


「俺、もう一回探してくる。テルはヒロキさんに報告してきてくれるか?」


「わかった。」


その刹那……

「カァァァイッ!上ぇぇぇ!」


テルが叫んだ。カイトはその瞬間をスローモーションで捉えていた。


空から、ヤマトが降ってきていた。

飛び降りた。

新宿ロックハウスの入るビルの屋上から。


新宿の繁華街にテルの叫びが鳴り響いた。


カイトは何も考えずに、ヤマトの落下地点に入った。



そして、受け止めた。


とてつもない衝撃にカイトの腕、肋骨は折れた。

でも、カイトに痛みはない。

ヤマトは平然としていた。


「あぁ、泥棒か。オレ、もう無理だよ。」

ヤマトは泣くでも叫ぶでもなく、小さく、ボソッと呟いた。


「うるせぇぇぇ!死んだら終わりだろうがぁ!」

「生きてなきゃ何も出来ねぇだろが!ロックなんて死んでまでやるようなもんじゃねぇ!」

「生きてるから、生きてるから意味があるんだろ!?」

「つらいならやめろよ!でも死ぬなよ!」


「でも、オレ……」

「迅さん達に合わせる顔がねぇよ……」


「あの人らはお前を待ってるよ。」


「みんなの前に立つのが怖いんだ。」


「じゃあ辞めろよ。辞めりゃぁいいじゃんか。」


「辞めたってもう、元には戻れないよ。」


「じゃあ、行くとこまで行こうぜ。俺も、俺たちも、迅さんたちも一緒だよ。」

「the Charismticsがお前の家だろ。とりあえず一回帰ってこい。辞めるなら辞めろ。出ていくならいつでも出て行けよ。でも、死ぬなよ。」


「あぁ……ありがとうな、泥棒。」


「俺は泥棒じゃねえ。お前こそ、出会ってからずっとお騒がせ男だな。」


「あぁ。」


この一部始終を僕はずっと目の前で見ていた。その間、僕はカイにも、ヤマトくんにも一言もかけることが出来なかった。


そして、新宿の繁華街のど真ん中での出来事。あたりには人だかりが出来ていた。

SNSには、飛び降りた人気ロックバンドのボーカリストとそれを助けた男。としてたちまち拡散された。


そこから、カイは予期せぬ形で世に知られ、脚光を浴びることになっていった。


翌日には朝の報道番組でも特集と言う形で各局でテレビにも流された。


そこから、僕たちの運命が大きく変わることになっていった。



今日はまだ、僕たちが出会って、一年しか経っていなかった……





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