スライム転生-ただ穏やかに生きたかった男のスライム譚-

俗悪

スライム転生-1

 俺、出倉健一でぐら けんいちは今自殺を試みようとしていた。

 大学を卒業してから無難に就職活動をしていたのだが、不運なことに就いた先がブラック企業だったのだ。

 サービス残業など当たり前、始発で出勤し、終発で帰ることなどいつものこと。

 会社に寝泊まりすることすらざらにある。

 しかも休日などあってないようなもので、平気で休日出勤を強要される始末。

 疲れていた。

 疲れ果てていた。

 入社して一年で黒々としていた髪は真っ白になり、ところどころ抜け落ち、見事に剥げ散らかしている。

 若々しかった肌は老人のように皺が刻まれ、張りもなくなっていた。

 もう無理だと思った俺は自殺を試みる事にした。

 今日も会社に寝泊まりしているので自殺場所は会社で良いだろう。

 トイレに行く振りをして(部長に嫌味を言われたが)会社が借りている備品管理室に俺は忍び込んだ。

 そして目についた、百均で売っている紙でできている縄のようなもの(思考力が落ちているので名前が思い出せない)を脚立を使って天井の梁にかけ、輪を作った。

 後は輪の中に首を入れて足下の脚立を倒すだけである。


「来世が穏やかな生活でありますように」


 脚立が倒れる音が室内に響いた。


 ◇◇◇


 気が付くと俺は真っ暗闇の中にいた。


(死後の世界というのはこんな感じなんだな)


 明かりを消した部屋の中みたいな真っ暗闇の中で俺はそんなことを思った。

 しばらくはそんな闇の世界をただぼうっと何をするでもなく佇んでいた俺だったが、不意に何かに体をつつかれている感覚を覚えた。

 それはクッション越しに触られているような鈍い感覚だったが、こうまで何もないところにいるとそんな些細な感覚でも鋭敏に感じ取れるものである。

 最初は無視しようかと思ったが何度も何度もやられると次第に鬱陶しくなってくる。


(いい加減やめてくれないかな)


 俺は耐えかねて突いている存在を振り払う為に手を動かそうとした。

 だが、手は動かなかった。


(あれ?)


 不思議に思いもう一度腕を動かそうとした。

 結果は失敗。

 ならばと今度は体全体を動かそうとした。

 結果、体は動いた。

 体全体が波立つように。


(!?)


(何だ!?)


(どういうことだ!?)


 俺は訳が分からず混乱した。

 その間も俺を突く感覚は続いていた。

 しかも今度は鋭くした木の枝の先端で突かれているかのような感覚なうえ、先端部分が体にめり込んでいる感覚もあった。


(とりあえず今は体がどうなっているかよりも逃げることが先だ)


 手足を動かすのは諦め、体を波立たせながらゆっくりと、しかし確実に前進しながら俺はその場から逃げ出した。

 懸命に逃げていたので気が付くのが遅れたが、いつの間にか突かれる感覚はなくなっていた。

 理由は全くわからないが突いてきた存在は追いかけては来なかったようだ。


(何だったんだろう、あれは)


 安全が確認できた(おそらく)後、俺は今の状況をもう一度考え直すことにした。

 現状わかっていることは


 ・真っ暗闇の中にいる(自分視点)


 ・危害を加えることができる存在がいる(少なくとも棒のようなものを使う知能がある)


 ・体がおかしくなっている(手足が動かない、体全体を波打つように動かせる)


 ・全体的に感覚が鈍い(主観)


 の4つである。


(どういう状況なんだこれ)


 わかっていることを羅列してもさっぱり意味がわからない。

 しいて言えば、自分の体が完全に異常をきたしていることだけは確信できる。

 でもそれだけ。

 解決策どころか改善策すら見いだせない。


(どうすれば良いんだ)


 俺は打ちひしがれるしかなかった。

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