悪食暴食のデリバリーEats

ちびまるフォイ

お腹に入ればわからない。

「腹減った……」


最近、食べ物が高い。

節約のために1日1食にしたものの、健康な男子がそんな食生活で我慢できるわけがない。


「ただでご飯食べれる方法ないかな……」


そんなウマい話があったので、世界は広いなと思った。

すぐにネットで見つけた『デリバリーEats』のクルーに応募した。


面接もなく会社から「Eats All!」と書かれたキャップが送られると、

自分のスマホに配達先の住所が送られてきた。


ボロボロの自転車をこぎ散らかして、住宅街の一軒家にたどり着いた。


「こんにちは。デリバリーEatsです」


「ああ、待ってたのよ。さあ上がって」


リビングに通されると半分ほど食べたピザが残っていた。


「子供の誕生日でピザを頼んだのよ。

 でも食べきれなくて残っちゃって……食べてくれるかしら?」


「もちろん。それが仕事です!」


お腹も減っているので食べ残しなんか気にならない。

ピザをぺろりとたいあげると、依頼者も嬉しそうだった。


「ありがとう! ピザって後で食べると味が落ちるから困ってたのよ。はい報酬」


「ありがとうございます!」


報酬を受け取り次の現場へと向かった。

ご飯も食べられるし、お金ももらえるなんて最高だ。

それに食品ロスも抑えられるんだから人助けしている気分にもなれる。


「天職みつけちゃったーー!」


気分良く自転車を飛ばした。

次の場所ではバイキングで調子乗って盛りすぎた家族が待っていた。


「このお店、食べきらないとダメなのよ。持ち帰りもできなくて……」


「おまかせください!」


かじった後があろうが気にしない。

お腹に入れば見えやしないのだから。


「ありがとう! 助かったわ!」


「また食べきれずに困ったらいつでも呼んでください!」



それから1ヶ月。


あんなに楽しかったはずの仕事はしだいに苦痛になっていった。


「げぷ……お腹いっぱいだ……」


食品ロスの意識の高まりもあってデリバリーEatsの出動も増えた。

食事時になると何度もスマホが鳴り、満腹だろうがなんだろうが食べきるために向かう。


「どうも……デリバリーEatsです」


「待ってたよ。このラーメン辛すぎて食べられないんだ」


「え゛っ……」


丼を見ると、赤黒くマグマのようなラーメンだった。

見ているだけで目が痛くなってくる。


「……なんでこんなの頼んだんですか」


「どれだけ辛いか試してみたくって」


「そんなおもしろ半分で……」


「それに食べれなかったら、デリバリーEats使えばいいし」


「いや、そういう使い方は……」


「なに? 文句でもあるの?

 あんただって、金を受け取りたいからここまで来たんだろう?」


「……いただきます」


辛いのは得意ではないが、飲み込むようにラーメンを食べきった。

香辛料で体の内側からおかしくなりそう。


報酬を受け取るや次の現場へと呼び出された。


「こ、こんにちは……デリバリーEatsです……うぷ」


「うぇーーい! ほら、本当に来ただろ?」


「え? え?」


「さあ、これを食べきってくれよ。できるだろ?」


次の配達先には大学生の集団が笑いながらまっていた。

テーブルにはバカでかいカツが山のように詰まれている。


店内を見渡すと"食べ切りチャレンジ!"と書かれたポスターと同じものが今目の前にある。


「この配達員は食えるかな?」

「動画ボタン押した?」

「押してるって。早く食えよ」

「ウケる。こいつ涙目じゃね?」


「い、いただきます……」


大学生たちのおもちゃにされようとも、食べ物に罪はない。

食べきったときには動けなくなった。


「あはははは! すげぇ! こいつマジで食いやがった!!」

「配達員に大食いチャレンジさせてみたがバズってる!」

「トレンド入り! トレンド入り! ぎゃはははは!」


「うう……うえええ……」


「きったね!! 吐きやがった!!」


店には何度も謝り、しっかり後片付けをしなんとかその日を終えた。

帰り道に自転車を押しながら歩いていると涙が出た。


「なにやってんだろ……俺……。仕事……やめようかな……」


けれどスマホは自分を待たせてはくれない。

次の依頼が入ってきた。


これを最後の仕事にしようと決めて向かった。

待っていたのはなんと一流の料亭だった。


「ほ、本当に場所はここだよな……?」


何度も地図を確かめたが場所はあっていた。


「こ、こんにちは……デリバリーEatsです」


「こっちだ。きたまえ」


「あ、は、はい……」


ひと目で高いスーツだとわかる人が手招きしていた。

テーブルにはバカ高そうな舟盛りが待っていた。


「これを食べてくれ」


「いやいやいや、こんなに高そうなものいいんですか!? ごほうび!?」


「ちがう。私の仕事では会食が多くなる。

 だが、毎回しっかり食べるわけにもいかんのだよ」


「家庭訪問の先生みたいな悩みですね……」


「食べきれるかね?」


「もちろんです! 皿まで食べますよ!」


ほとんど手つかずの一級料理を口に運ぶと天にも昇る心地だった。

あまりの美味しさに食べている時間の記憶がほとんどない。


気が付いたときにはテーブルはすっからかんだった。


「いい食べっぷりだね、気に入ったよ」


「この仕事をはじめてから、なんかもう何も気にならなくなりました」


「ほう、それはいい。君、好き嫌いは?」


「無いですね。場所によっては、フライドチキンの骨まで食わされました」


「ははは。いいねぇ。食べたこと無いものに抵抗は?」


「全くないです。昆虫食も食わされたことあります」


「最高だよ、君のような人を探していた。どうかね、私の専属にならないか?」


「専属……?」


「前にも言ったように、私は会食が多い。そこで交渉することもある。

 会食の頻度は多いほうがいいが、食事は食べきれないと困る」


「つまり……俺はつきっきりで、あなたの残飯を食べるってことですか?」


「どうかな? 君がお腹いっぱいになっても稼げない金額を

 私のそばにいるだけで払ってあげようじゃないか」


「ぜひやらせてください!!」


デリバリーEatsのクルーから、お金持ちの側近へとジョブチェンジ。

表向きはボディーガードとしてそばにいるが、実際には会食の処理役だった。


立場が変わったからか、世界各国の知らない食事を食べる機会も増えた。

いちいち「これが何なのか」を調べることもなくなるほど。


「ボス、次の会食は?」


「次はうちのライバル店の社長だ。覚悟しろ」


「覚悟……? 会食ですよね?」


「行けばわかる。うっとおしい奴さ。これで最後にするがね」


会場につくと、テーブルを挟んだ向こう側にかっぷくのいい男がまっていた。

ニカっと笑うと金歯がギラつく。


「おお、まいど! 〇〇ちゃん! 待ってたでぇ!」


「△△さんもお元気そうで、なによりです」


「ささっ、はよう食ってや。飯はあったかいうちが一番!」


ボスは目配せをした。仕事の合図だった。

相手が席を立ったタイミングで食事を進める。


「△△のやつ、嫌がらせに私の苦手なものばかりを並べたんだよ。まったく……」


ボスは不機嫌そうだった。


「会食に誘ったので、てっきり仲がいいものかと……」


「ビジネスじゃ嫌いな相手でも会食にいくケースはある。もうこれっきりだがね」


「今回でビジネスを辞めるって話すんですか?」

「そんなものだ」


その後、はた目には会食は楽しげな雰囲気で進んでいるように見えた。

ボスは結局最後までやりとりの打ち切りを話さずに会食が終わった。


タイミング的に言えなかったのか、などと立ち入って聞くのも失礼かなと思って何も言わなかった。



それからしばらく仕事はなかった。

てっきりボスに嫌われたのか、仕事を干されたたのかと思った。


なので、スマホが鳴って仕事が来たときは本当に安心した。


「この住所にきてくれたまえ。誰にも見られないようにね」


「は、はあ……」


指定された場所に向かうと、レンタルの家だった。

テーブルには豪華な食事が並べられている。


「ボス、これは……? 食べ残しには見えませんが」


「いやいや、君のためにシェフが腕をふるった料理だよ」


「え? どうして? 俺の誕生日じゃないですよ」


「ははは。誕生日じゃなくても感謝したい日はあるよ。

 君はこれまでたくさん私に尽くしてくれただろう。その恩返しさ」


「ボス……!」


「いつも誰かの食事を肩代わりしている君に、

 今日は君だけの料理を作って用意したんだよ。食べてくれるかな?」


「もちろんです!」


こうしてねぎらってもらえるのは初めてなので本当にうれしかった。


「苦手なもの、なかったよね?」


「はい! もうなんでも食べれます!」


「それはよかった」


肉料理中心だったが、骨もしっかり煮込まれていて食べれてしまう。

濃いめの味付けがちょうどいい。


「ボスありがとうございます! 美味しかったです!」


「君には感謝している、これからも頼むよ」


ボスへの感謝も込めてすべての食事を食べきった。

一流の料理ということもあって、食べたことない味ばかりだった。



その翌日、部屋を掃除しているとテレビのニュースで見知った顔が目に入った。


「あ、こいつ……いつかの嫌がらせデブじゃん」


ニュースでは前に嫌がらせにボスの苦手な食べ物を用意した、ライバル店の社長が映っていた。

あのわざとらしい関西弁が脳内再生される。


『××ホールディングスの社長、△△さんは昨日から行方不明となり

 警察はなにか事件に巻き込まれたものと見て調査を進めています』


ニュースは深刻だったが、俺はちょっと笑ってしまった。


「ははは。ボスに嫌がらせするからだ。天罰だよ」


掃除を続けようと、口を閉じたとき奥歯で「ガリッ」と音がした。


「痛って。なんだ? ぺっ」


奥歯に挟まった何かを舌で押し出すと、床にコロンと金の塊が落ちてきた。



「金歯……? なんで俺の口に……?」



テレビでは満面の笑みで金歯を輝かせた社長のニュースが繰り返し流れ続けていた。

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