首
羽衣麻琴
1
首が落ちているな、と思う。
「どうしたの?」
美咲が首を傾げる。さらさらした黒髪が揺れて、やっぱり好みだな、などと馬鹿げたことを考える。自分でも辟易するほど浮かれているが、結婚してまだ日が浅いので仕方がない。
美咲のきれいな黒髪が揺れる。その視界の端に、首が落ちている。
「……なんでもないよ。なんだっけ、『夕飯なんだけど』?」
「うんそう、夕飯なんだけど、カップ麺でもいい? ちょっと疲れちゃって、作る気力なくて」
「全然いいよ、お疲れ様。大変だったね」
ていうか俺が作ろうか、と続けると、美咲の表情はぱっと明るくなる。
「いいの?」
「うん。メニューは限られるけど。オムライスかチャーハンか、それ以外ならアプリの難易度2以下のやつ」
「じゃあオムライス! 卵はあるし、鶏肉も冷凍したのがあったと思う。あと玉ねぎも、たぶんひと玉残ってた」
「完璧じゃん。よっしゃ作るか」
「淳のオムライスってライスが美味しいから、鶏肉とか常備することにしてるんだ」と言って笑った美咲の髪を、そっと撫でてから立ち上がる。
「じゃー待ってて。動画でも観てて」
「ありがとー! あ、ねえ、ゲーム実況の続き観てもいい?」
「えーだめ、それは俺も見たいやつ。できてから一緒に観よ」
「んふ、しょうがないなあ。じゃあ別のにするね」
美咲はいつもよりも甘い声を出しながら、スマホを操作し出した。二人で観る時はテレビに映すのが常だったが、今はそのまま観るつもりらしい。俺がキッチンに入るとすぐに、リビングから「こんばんわー」という男の声が小さく聞こえてきた。聞き覚えのある音声だ。美咲が最近ハマっているという、飼い猫の成長記録を公開しているチャンネルだろう。
俺はキッチンに立って、時折リビングでくつろぐ美咲を視線をやりながらオムライスを作る。さっきはリビングに落ちていた首が、今度はキッチンと廊下の間に落ちていて、時折視界に入ってくる。首は長い髪を床に散らして、無造作に転がっている。
首の顔は見えない。あれはいつも、後ろを向いている。
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