聖女さまのサブウエポンは、パイルバンカー。

touhu・kinugosi

聖なる扇、ハーリ・セーン


 オーラリア聖王国は、過去に人族が魔族領に侵攻し、占領した土地に作られた国である。


 この王国の貴族学園にある大ホール。


 大ホールの正面の壁には荷袋をかたどった、”ポーター王家”の紋様の描かれた旗がかけられている。

 天井は高く魔法で光る豪華なシャンデリアが、ホールをピカピカと白い光で照らしていた。


 今日は、貴族学園の卒業パーティーである。

 オーラリア聖王国の貴族は、十三歳から十六歳まで貴族学園で学び、卒業することで成人とみなされる。

 卒業パーティーは成人式も兼ねるのだ。

 午前中は卒業式が行われ、夕方から夜間に卒業パーティーが開かれる。

 ここで学生たちの飲酒も解禁となる。

 同じように成人した暁に、未成年のため仮であった婚約者が本当の婚約者としてはじめて参加する重要な式でもあった。

 男性の婚約者は女性をエスコートし、自分たちが正式に婚約したことを周りに報せるのである。

 たとえそれが政略結婚であってもだ。

 

 聖女であるアマリアは一人で会場に来た。

 彼女の婚約者は、別の女性と先にパーティーに来ていたのである。 

 

 ポーター王家は聖女を妃にするという伝統がある。

 荷物持ちだった初代ポーター王が勇者のパーティーを追放され、聖女に拾われた後本当の力を覚醒、この国を作ったということにちなんでであった。

 

 パーティーは立食式だ。

 壁の周りにはテーブルが並べられ、その上に食事やデザートが乗せられた皿が並んでいた。

 壁際には各家のメイドたちが並び、入口には重厚な魔動甲冑を着こんだ護衛の騎士たちが立っている。


 アメリアは、つまらなさそうに皿に盛ったサラダをフォークでつついていた。


 まだ夕方である。

 もう少し日が陰り夜に近づくと、卒業生の保護者たちがパーティーに参加してくるだろう。 

 初めてのお酒で赤い顔をしている卒業生もいる。

 ざわざわと楽しそうな話声や控えめな笑い声がホールに響いていた。 


 アメリアは、パーティー会場の中央付近から聞き慣れた声を聴いた。


「偽聖女、アマリア・アーマメイデン、あなたとの婚約を破棄、スル」

 アメリアはサラダの皿を持ちながら声のした方に移動する。

 ほぼホールの中央に声を出した男性がいた。


「アルフレッド・ポーター第一王子……」

 アメリアは思わず彼の名前を呼んだ。


「そして、こちらの、シン、の聖女、”サティー・デルビッシュ”男爵令嬢と婚約スル」

 彼の片腕には、ぴったりと体をくっつけたピンクブロンドの女性。

 ピンクブロンドの髪は緩やかにウエーブしていた。

 妖艶な肢体を王子にもたれかけている。

 彼女は、三カ月前に貴族学園の編入してきた。

 その間に、第一王子とその側近、他にも男子生徒数名に言いより周りに、はべらせるようになっている。


「そうだそうだ、治癒の魔術も使えない偽物め」

「彼女に熱い紅茶をかけたんだろう」

 紅茶から白い煙が出ていたらしい。

「彼女の聖書をバラバラにしたんだろ」

「机に落書きをしたとも聞いている」

 側近たちが口々にアメリアを責める。 


「階段から突き落とそうとしたんダロウ」

 アルフレッドが言った。


「いじめられてたんですう」

「罪を認めて下さあい」

 サティーが上目つかいに甘えたような声を出した。

 アルフレッドの腕にさらにしがみつく。


 ビクリッ


 アルフレッドの体に一瞬、痙攣けいれんが走った。


 ニヤリとサティーが笑う。


「カ、かわいいサティーをいじめたアメリアは、国外追、つい、ツイ」

 アルフレッドが、ガクガクと全身で震え出した。


「よく頑張りました、アルフレッド様」

 アメリアがテーブルまで歩く。

 サラダを乗せた皿をテーブルにコトリと置いた。



「さて……そろそろ茶番はここまでにしようか」

 アメリアが、胸元から鼻眼鏡を取り出しながら言った。


「謝ってくれたら許してあげてもいいんですよお」

「きゃあ、そんな目でにらまないで下さあい」

 サティーが目に涙を貯めながら言った。


「なんて優しいんだ」

「まさに真の聖女だ」

「それに比べて……」

「やはり国外追放だ」

「いや、処刑だあ」

 側近たちがアマリアの周りを囲みながら言った。


「ふう、成人したんだよ私は……」

「成人と同時に、正式に装甲聖女アーマネント・ラピュセルになったんだよ」


 ――アメリアは、装甲聖女アーマネント・ラピュセルの装備が使えるようになったーー


 アマリアが、鼻眼鏡をかけた。

 

 鼻眼鏡の正式名称は、神器、”没落貴族令嬢家庭教師午後ガバナーは見たの秘め事”という。 

 神器の名に恥じない強力な鑑定装置だ。

 正規の聖女かつ教会本部の使用許可がいるものである。


 アルフレッド王子のステータスには、バッドステータス、”傀儡”の文字が。

 側近たちには、”超魅了”の文字が書かれていた。

 アルフレッドと側近たちから黒いもやが出てサティにつながっている。

 

――ふふふっ、”傀儡”か、”魅了”には耐えたんだ

 一瞬、アマリアはアルフレッドを愛おしそうに見つめた。


 そして、サティーのステータスには、種族、”ハイデーモン(分体)“とあった。

 眼鏡越しに、頭にはヤギの角、背中には蝙蝠の羽、お尻からは細長いシッポが生えているのが見えた。


「な、なんですかあ」

 アマリアの全てを見通したかのような鼻眼鏡越しの視線に、サティーが戸惑いの声を出す。


「エマッ、あれを」

 アマリアが壁際に並んだメイドの一人を呼んだ。


「はいっ、お嬢様っ」

 エマと呼ばれた小柄なメイドが、てってってっという感じで走ってきてアメリアにアー《A》・ドライ《3》くらいの大きさの紙を手渡す。

 紙の両面にびっしりと神聖文字と術式陣が書かれていた。

 時々文字に波打つように光が走る。


 ”高位魔族用殲滅符”だ。


 本来なら、建物の床や地面において地雷のように使うものである。


「そ、それわあ」

 サティーの顔が青くなった。


 山折り谷折り。


 アマリアが、それ一枚で貴族の屋敷が買えるくらいの価値のある符を折り始めた。


「きゃああ」

「な、なんてことを」

 符の価値を知っている司祭科や魔道具科の卒業生が悲鳴を上げた。


 茶色いGAMテープを片一方にグルグルに巻き付け扇状に広げた。


「ヒイイイ」

「そ、そんな」


「ふふっ、聖なる扇子、”ハーリ・セーン”の完成だ」

 アマリアは、自分の上半身より大きい扇子で口元をかくした。 


「まずは、”傀儡”と、”魅了”を解くか」

 ”ハーリ・セーン”を、王子と側近に向けた。

 符を”ハーリ・セーン”にすることにより、待ち伏せの要素が強い殲滅符が攻撃用になった。  

 

 スパ―――ン


 一瞬でアルフレッドの目の前に移動し、聖なる扇、”ハーリ・セーン”で顔を横にしばく。

 王子を片腕にしがみついていたサティーから、黒いもやと共に吹き飛ばした。 

 

 スパパパ――ン


 側近たちもまとめて吹き飛ばす。

 王子と側近を、入口を護衛していた騎士が素早く回収していく。



「みんなに暴力をふるうなんてひどいですう」

 ホールの真ん中に一人残ったサティーが、間延びした声を出した。

「やめて下さ……」

「きゃっ」

 

 アマリアがサティーの前に高速移動。

 前傾姿勢になる。

 耐刃、耐化学性能の高いハイパーケプラー製のドレスの胸元がチラリと見えた。

 ドレスは、王子の瞳の色と同じ青色である。


 ブンッ


 アマリアが、”ハーリ・セーン”を、”サティー”に向かって下から上に振り上げる。

 ”ハーリ・セーン”がサティーの伸ばした右腕に当たった。


 ヒュウン


 サティーの右腕が、当たった所から白い煙を出しながらちぎれ飛ぶ。


「きゃ、きゃああああ」

 宙を舞う右腕に会場から悲鳴が上がった。

 しかし、腕は白い煙と共に空中に消え去る。


「あ、あれは」

 

 サティーの右腕はそのまま腕にあった。

 しかし、黒い爪が生え青い肌の色をしている。


「あ、悪魔だあ」

 会場の生徒たちが悲鳴を上げると同時に、


 バアン


 会場の扉という扉から、重甲冑の騎士が入ってくる。

 護衛の騎士よりも重甲な魔導装甲。

 胸には、教会のシンボルである、”聖なるベル”のマークが描かれていた。


 聖教会麾下の聖騎士隊である。

 

「会場に高位悪魔が出現」

「聖騎士は会場の生徒を避難誘導せよ」 

 アマリアが指示を出した。


「イエスッ、マイ・ラピュセル」 


 装甲聖女アーマネント・ラピュセルの指示の元、聖騎士が生徒たちをかばうように避難誘導し始めた。


「あらあ……いつから私が魔族だって気がついていたのお」

 サティーが、薄ら笑いを浮かべながら言う。


「最初からだ」

 アマリアが答えた。

「まあ、聖水入りの紅茶をかけたり、聖書を触らせたりしたがな」

 いじめと言われたものだ。

 サティーが悪魔であるのを確認するために行われた。


「で、もう王子も側近たちも周りにはいないぞ」

 城の騎士が会場の端に保護していた。 

 サティーの周りを聖騎士と騎士が取り囲む。


「ふふんっ、あいつらは、”いと貴き御方”が封印されておられる場所がわかれば用済みよおう」

 サティーが言いながら、自分にかけていた幻覚の魔術を解いた。

 ピンクブロンドの髪はそのままに、肌の色は青。

 瞳は、蛇のような瞳孔になり、白目が黒く染まる。

 頭にヤギの角。

 背中に、蝙蝠の翼、と悪魔の尻尾。


 サティーが正体を現した。


「学園の地下に封印されているグレーターデーモンのことか」

 

「そうよお、流石に(ハイデーモンの)私に封印は解けなかったけどお」

「お力は借りられるようになったわあ」


 サティーが、両腕を下にふるいながら呪文の詠唱を始めた。


[カステ・ライチ・バン・デン・ワワニ・バン]


「くっ、古代悪魔語」


[パア・アルナ・アアス]


 サティーの頭の上に黒い球体が現れた。

 大きさはお化けカボチャくらいである。


「うふふ、闇の魔力のかたまり、”ダークスフィア”よお」


「あれは、魔力のかたまりか」

「くっ、なんて魔力だ」

 聖騎士たちは大きな盾を構える。


「これでほぼ無尽蔵に魔法がうてるわよう」


[クエッ・クエッ・クエッー]

[チョ・コボール]

 

「なんて凶悪そうな呪文なんだあっ」

「まるでカラスの鳴き声の様だあ」

 聖騎士だ。

 

 黒い球体の一部が千切れて飛んだ。

 小さな玉状になる。


「させませんっ」

 アマリアが、ハーリ・セーンで飛んでくる玉を打ち返す。

 黒い玉が天井に飛んだ。


 ズドオオオン


 天井に黒い玉が当たると大爆発を起こした。

 

「まだまだ撃てるわよう」

 サティーは、アマリアに向かって黒い球を連続で撃ちだした。

 

「くっ」

 アマリアが、聖なる扇子、”ハーリ・セーン”を連続で振るう。

 黒い玉を打ち返すたびに、”ハーリ・セーン”が闇の魔力に侵されてボロボロになっていく。

 ついに、”ハーリ・セーン”が茶色いGAMテープの根本近くまで短くなった。


「もう後がないわよう」

 サティーが笑いながら言った。


 そのとき、アマリアの胸元から白い光があふれ出た。


「エマッ、第一級神器、”ロンギヌスの槍”の使用許可が出たわっ」

アマリアが、胸元からきれいな白銀の鍵を取り出した。


「はいですっ、お嬢様っ」

 小柄なメイドが、うんしょうんしょと彼女の身長と同じくらいの長さの金属製のコンテナを運んでくる。

 表面には、”Seald《封印》”の文字。

  

 ゴトン


 コンテナが、アマリアの足元に置かれた。

 アマリアが、取っ手の部分にある鍵穴にカギを差し込み回す。


 ブシュウウ


 四方にあったネジ式の封印が、白い煙を上げ、回りながら解けた。


「それわあ、まさかあ」 

 ――聖者を貼りつけにしたという


「そうよ、巨大杭打機パイルバンカー型神器、”ロンギヌスの槍”よ」


 アマリアが、白く染め上げられた巨大杭打機《パイルバンカー>を両腕で腰だめに構えた。

 

 ガキンッ


 聖なる力の祝福を受けた、杭の撃ち出し用の薬包を薬室に送り込む。 


「あ、ああ、ああああ」

 ”いと貴き御方”ですら滅ぼすことが可能だ。

 サティーが慌てて、黒い玉を連続して撃ち出した。


 ”ロンギヌスの槍”のセレクタースイッチのまわりには、”ア・タ・レ・エ”とカタカナで書かれている。


 アマリアが、”ロンギヌスの槍”のセレクタースイッチを、”ア”ンゼンから、”タ”ンパツに変える。


 ズドオオオン


 アマリアは、迫りくる黒い玉に向かってパイルバンク。

 杭の先端付近の空気がイオン化して紫色に染まる。

 

 パリパリパリ


 オゾン臭とともに小さな稲妻が杭の周りに走った。


「か、かき消されたあ……」

 黒い玉は一発も残っていない。


 ガキン

 ピ――ン

 コロコロ


 アマリアが、”ロンギヌスの槍”をチャージング。

 拝莢された空薬莢が乾いた音を立てた。


 ダアン


 地面に大きな音を出しながらアマリアが前進。

 アダマンタイトで底打ちされたピンヒールが、会場の床に蜘蛛の巣状のへこみをつける。

 巨大杭打機パイルバンカーのセレクターをすかさず、”レ”ンパツへ。


 ズドンズドンズドンズドン


 ”ロンギヌスの槍”を四連射。


 バラバラバラバラ


 空薬莢が周りに飛び散る。


「きゃああああ」

 巨大杭打機パイルバンカーが、前にかばうように出したサティーの腕と左足を消滅させた。


「もう無理いい」

 サティーが、翼を広げて逃げ出した。

 と同時に、黒い球そのものをアマリアに撃つ。

 爆発するとこの建物が吹き飛ぶくらいの威力があるだろう。


「とどめよっ」


 ”ロンギヌスの槍”のセレクタースイッチを、”エ”ンキョリに。


 シュパアアン


 巨大杭打機(パイルバンカー)から撃ち出された、”ロンギヌスの槍”が黒い球を貫通。

 その後ろにいたサティーの胸部を丸く消滅させた。


「ああああああ」


 サティーが白い煙になって崩れ去った。


「事態終了っっ」


 アマリアが大きな声で言った。



「アマリアアア、婚約破棄なんて嫌だよおお」

 180センチくらいの身長の男性が、150センチくらいの女性の腰に縋りついている。

 女性は、厳つい胸部装甲をしていた。

 胸元には鎖に通されたきれいな白い鍵。

 胸部装甲の下の部分(←下乳)が、腰にすがりついた男性の頭の形に変形していた。


 かかとまでとどかんとする、“金髪縦巻き、ドウ・リー・ル”。


「もおっ、アルフレッド様ったら」

 顔を赤く染めたアマリアが言った。

 頬が緩みそうになるのを必死の止めているようだ。

「そうね、アルフレッド様は、”魅了の術”にかかっていませんでしたもの」


 側近は、”超魅了”。

 少しでも相手(サティー)に好意がないと、”魅了の術”は掛からない。


「当然だようっ」

「僕が好きなのは、アマリアだけさあ」

 アルフレッドが、アマリアの腰に頭をスリスリと擦り付けた。


「まあっ、……私のことを好きですか?」

 アマリアが小さく聞いた。


「大好きだよお」

 アルフレッドが即答する。


「では、土下座です」


「はあい」

 

 アルフレッドが5メートルほど離れた。


「たあっ」


 上空に飛び上がり身体を一回転。

 そのまま体を小さく折り畳むように、アマリアの足元へ正確にダイブ。


 アルフレッドの鮮やかで美しい、”前転跳躍土下座”だ。

 美しいほど謝罪の気持ちが大きいとされる。


「ほおお」

 周りの人たちから感嘆のため息が漏れた。


「操られてても、婚約破棄なんて二度と言っては嫌ですよ」


 ポッ


 アマリアは赤く頬を染めながら、アルフレッドの頭をアダマンタイトで裏打ちされたピンヒールで踏んだ。

 ここに神聖なる謝罪の儀式は成立したのである。


「ああああ💕」

 アルフレッドが悦びの声を上げた。



「魅了された者は側近から外せ」


「はっ」

 王国の文官が返事を返す。


「私も傀儡の術で操られた」

「自分を廃嫡して、第二王子を王太子へ」


「……よろしいのですか」

 文官だ。


「ああ、まだまだ私は未熟だ」

「初代王のように、聖女の荷物持ポーターちから始めるよ」

 アルフレッドは、王家の固有魔法、”空間収納持インベントリちである。


「ふっ」

 アルフレッドが自虐的ニヒルに笑った。

 

 オーラリア聖王国は、過去に人族が魔族領に侵攻し占領した土地に作られた国である。

 周りは魔族領、つねに奪還される危険にさらされているのだ。


「アマリアアアア、僕が荷物持ちになるよお」

「ずっと一緒さああ」


「まあっ、……うれしいですわっ」


 装甲聖女、アマリア・アーマメイデン。

 魔族の侵攻を防ぐため王国中を転戦する。

 その傍らにはいつも、彼女に忠実な荷物持ちの姿があったという。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

聖女さまのサブウエポンは、パイルバンカー。 touhu・kinugosi @touhukinugosi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ