鬼神の守る山

やざき わかば

鬼神の守る山

俺はとある研究施設で働く研究員だ。


今日はフィールドワーク。この山はいろいろ不思議な噂が囁かれている。曰く、山を守っているのが鬼神とか。こういう話が大好物な俺は、嬉々として山を駆け回っていた。


歩いている途中、自然物か人工物かわからない、石の積み上がったケルンのようなものを蹴倒してしまった。すぐに積み直して念のため謝っておいたので大丈夫だろう。俺はフィールドワークを終わらせて早々に切り上げた。


次の日から、何やら見られている気配がする。それどころか一人で自室にいるときなど、ひんやりと冷たい空気が流れてくるようになった。病院に行っても、悪いところは全くない。だが身体に異常はなくても、身辺には確実に異常をきたしている。


研究室でも寒がっているのは俺だけだ。厚着をしても効果がなく、相変わらず見られている気配は続いている。それどころか、日に日にそれが強くなってきた。俺はたまらず、そういった方面に強い知人に相談をした。


「本物」であると名高い霊能者の先生を紹介してもらった。藁をも掴む思いで相談に行く。


「祟られていますね」


開口一番、先生はこう言った。


「とても強い祟りです。幽霊や悪霊などというレベルではありません。鬼神と呼んでも差し支えないほど強い力を感じます。いったい貴方は何をしでかしたんですか」


俺は数日前、山で蹴倒してしまったケルンの話をした。心当たりがそれしかなかったからだ。


「おそらく原因はそれでしょう。今、祟りは貴方の様子を伺っている状態ですが、いつ危害を及ぼしてくるかわかりません。身を守る拠点が必要です。貴方のお宅へ行きましょう」


先生とともに、住んでいる二階建ての実家に向かった。両親はともに他界しているため、一人暮らしには少し広い。


「貴方は数日分の食料と飲料水を準備してください。その間に私はこの家に結界を張ります。これにより霊力による攻撃を防ぎ、祟りを疲弊させ撃退します。その間は外に出ないようにしてください」


俺と先生は祟りに対抗するため、準備を行った。


「これで祟りは貴方に影響を与えられないはずです。神ですら手出しの出来ないほど、強力な結界を張りました。念のため私も数日間、ここに留まります。ご安心を。霊力には私も自信があります」


俺はありがたい気持ちと、依頼料いくらになるのだろうと心配を覚えながらも、久々にほっとした気分になれた。


そしてその日の夜、「それ」はやってきた。

扉、窓、壁を強い力で叩かれている音がするが、中には入ってこれないようだ。


「これが数日間続くと思われます。しばらくの辛抱です」


先生は警戒しつつ、俺を励ましてくれている。

こういうとき、一番の拠り所は自分の強い心なのだそうだ。

その日はそれで収まった。


次の日の夜も壁などを叩く強い音が響いたが、すぐに収まった。


今日は短いなと思っていると、突然玄関が強い音を立てながら開かれた。

そこには武者鎧姿の人間が立っていた。いや、正確には「人間のようなもの」だった。足がうっすらぼやけている。そいつが俺を見た途端、大股開きで近寄ってきた。


そう、鬼神は霊力による祟りが効かないと考え、「物理」による攻撃に変えてきたのだ。これには先生も驚いたようだった。


「こんなの、単なる押し込み強盗じゃないか。鬼神とはいえ神がこんなことするか」


文句を言っている間にも、ヤツは家具などを壊しながら俺に近付いてくる。


「仕方ない、私が直接攻撃をします。その間に貴方は安全な場所へ」


先生は錫杖を構え、鬼神に向かって呪文を唱えた。

鬼神はそんな先生をあっけなくボコボコにした。ちょっと可哀想だった。

物理の攻撃に、霊力は無力だった。


先生も俺も、もはや家の中を逃げ回るしか手がなかった。

もはやこれまでか、と諦めかけたが、先生は言った。


「こうなれば最後の手段です。これだけは使いたくなかったが、もはや仕方ありません」


警察を呼んだ。


鬼神は暴行罪、不法侵入罪、公務執行妨害罪で逮捕されていった。


「辛い戦いでした…」


先生は清々しい顔をしていたが、おそらく俺は微妙な表情をしていたに違いない。


それからは謎の体調不良も、見られている気配もなくなり、平和な日々が戻ってきた。先生はそれから身体を鍛え、武術を習い出したらしい。魔法戦士のようなものか。


穏やかな日々の中、ローカルニュースでは逮捕された「犯人」の供述が流れていた。


「むしゃくしゃしてやった。今は反省している」

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鬼神の守る山 やざき わかば @wakaba_fight

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