彼女に告って世界も救う
山芋ご飯
第1話
俺はどこにでもいる高校生の一ノ瀬春斗
両親もごく普通のサラリーマンと、パートの兼業主婦、それから小学生の妹。きわめて家族の仲も良好
高校もちょっと偏差値高めの私立高校、どこの県にも存在する自称進学校
今までの人生も波なく静かなもので、流れに乗るまま高校までやってきた。
「やっぱり君には消えてもらうしかないかもな」
だからこそ俺は目の前のちょっと非現実的な光景に目を何回か瞬きさせた。
うちの高校の制服を身にまとい、何故か上からは白衣を着た少女が立っている。
普段は美人で理的な彼女だが、何故か今は混乱したように目が泳いでしまっている。
そして何か決まったのか、こちらに近づいてくる。
「……なんて?」
「君には死んでもらおうかと思う」
「は?」
「申し訳ない。君は禁忌に触れてしまったんだ」
椅子に座った俺に彼女は馬乗りになる。
「ちょっ、止めて……」
彼女の綺麗な顔が近づいてくる。髪が俺の首をくすぐっていい匂いがする。
身体も密着した状態になり、彼女の鼓動まで分かる。同じくドキドキしてはいるのだが、多分理由は別なことが悲しい。俺一人だけ嬉しいのはもっと悲しい。
そして綺麗な瞳が恐ろしく目を泳がせながら血迷ったことを言いだした。
「悪いね」
「いやいや! なんでだよ!」
「お前が聞いてしまったからだ!」
「ほぼ自分で言ってただろうが!」
「っ~……」
当然の言葉を俺は言う。頼むからそれを聞いて顔を真っ赤にした挙句、さらに混乱しないでくれ
俺はただ話を聞いて、俺への頼みを聞いて、それでそれを承諾するかを迷っただけだ。さすがに理不尽過ぎる。
「つべこべ言うな。私だって愚かなことは分かっている」
その間にも彼女はどんどん迫ってくる。もう全然嬉しくない。
恐ろしい状況に逃げ出したいのは山々だったが、俺の身体は椅子に固定されている。何度も縄を解こうとするがびくともしない。
「安心しろ。お前を殺して私も死ぬ」
恋人かよ
彼女とまともに会話したのは数時間前が初めてだ。ドラマの中でしかないような素敵な関係はない。
俺の首に手がかかる。細くてひんやりした手は熱くなった身体には少し気持ちが良かった。
動脈がドクドクと動きを早める。
「や……やめ……」
「君なら分かってくれるかもと思ったんだが」
こんな理不尽なことあってたまるか。そもそもこれは俺が何かしたわけでもない。
数日前に遡った。
授業が終わったばかりの教室は騒がしい。
どこの学校もそうなんだろうが、校則に厳しい部分があるこの学校では特にその気がある。
そしてそんな俺も例に漏れず友人たちとの会話に華を咲かせていた。
「春斗! 今日の放課後遊びに行かない?」
いつもの放課後、別に誰かの誕生日でもないのに友人たちのテンションは高い。何人かは鬱陶しそうにスマホを眺めているが。
「どこに?」
顔を思いっきり近づけてウキウキで彼女は迫ってくる。
「スタバだって。柚子が新作飲みたいんだって」
「違う! 勉強のついでに飲みに行くの!」
弄られ役の柚子が今日も騒ぐ。
「ってことにしておくやつね」
全員が笑う。これもいつもの雰囲気。
「それで春斗は行く?」
「えぇ……あんまり金ないんだけど」
だが柚子は俺の肩に手を置くと、首を横に振る。
「最近バイト増やしたの知ってるよ」
「なんで知ってるんだよ」
お前らにバレたくないから遠くまで行ってるのに、損した気分になる。
「頑張っているか確認する義務がありますから」
たまに感じていた視線の正体はそれか。
「いつも試食がメインだろ」
周りに連なって俺まで笑ってしまう。
「違うよ! あそこの総菜めっちゃ美味しいんだよ?」
「試食してるから詳しいのね」
「それは……そうです」
「図星もどうなんだよ」
笑いが起こる。これもいつもの
でも不思議と俺だけの笑いが止まってしまう。
たまにこういう日常を平凡過ぎると思ってしまうことがある。
別に友人たちが嫌いになったわけではない。
人としても素敵な彼らを人格者として好きになれることは誇りだし、そんなことを抜きにしても一緒にいて楽しい。
多分恵まれすぎな悩みだ。
「春斗どうした?」
一人が心配して声を掛けてくれる。
「いや、何でもない。お前も行くのか?」
「俺、今日は部活」
「俺も監督に呼ばれている」
「私はモデルのバイト~」
大変そうだが、そんな彼らもどこか顔は晴れやかに見える。
自分が平凡だと思うのは、こういう部分だったと思い出す。
「じゃあ春斗、二人で行く?」
「おっ、柚子と春斗でデート?」
お互いに目を見合わせる。
「「いやいや」」
仲いいとは思うが、そんな感情を感じたことはない。
「んじゃ親友として付いてこい」
柚子は男らしく誘ってくる。なお奢らされるのは俺が多い。
「返事聞く前に俺のカバンを持つな」
「学年トップ目指すよ~!」
「学年トップ取りたいなら授業中に寝るな」
「睡眠学習だって」
「じゃあその成果を示すために今日は俺の勉強見てよ」
「それは……やれたらやる」
やらないやつだ。
「でも実際、二人で勉強になるのか?」
そう言われて「あー」と言う声が漏れてしまう。
確かに俺も成績は決して良い方ではない。とても目の前の赤点少女に教えられる自信はない。
「柚子は知らないけど、少なくとも勉強するなら効率よくやりたい」
「わ、私もだよ!」
「誰か賢い奴連れてったら?」
「それが良いかもな。誰か居る?」
全員で当てはまりそうな人を出してみる。
「委員長は?」
「あの子はテニス部だよ。大会近いんだって」
「次藤くんは……監督から呼び出されたって言ってたね」
「今日は無理だな」
数秒の遅延が生まれる。
「宮下さんは?」
そこで誰かが口を開いた。
「うちのクラスで一番賢いの彼女でしょ」
「「確かに」」
全員が頷く。
「いつも学年順位で掲示板張り出されてるよね」
「たまに横目で小テスト見ると、いつも満点だよ」
全員が頷く。それくらいの共通認識だった。
ただ一言、また誰かが付け足す。
「あんまり人と話してるところ見たことないよね」
「「あー……」」
「てかなんか変わり者? たまに白衣羽織ってない?」
「それ見たことある!」
「科学室一人で入ってくとこ見たな」
「もうそれ科学者じゃん!」
「美人で大人っぽいし、もしかしたら本当に科学者だったりして」
話していくとどんどん彼女の不思議な生態が判明していく。
でも実際、クラスメイトでも正体が分からないミステリアスな人物が宮下 雪緒という人物なのだ。
「でもそもそもあんまり教室来ないよね」
「うん、途中から来たり消えたりするから学校には居ると思うんだけどね」
それに加えて何となくみんなの共通認識は『孤高の美少女』で統一されている。
みんな興味はあるけど、会話するタイミングがうかがえないと思っていたようだ。
「え~絶対に頭いいじゃん!」
だが一人、柚子だけは彼女のそんな話に興味が沸いたらしい。
「探してきていい?」
すぐにでも跳んでいきそうな目をしている。
「私、友達なりたい!」
早速、柚子は宮下さんが居るという科学室に向かおうとする。
「待て待て」
俺は慌てて柚子の肩を掴む。
「なんで?」
「なんて言うかな……そうだな……」
彼女の純粋な視線が刺さる。
「……もしかしてちょっと苦手?」
俺は言葉に詰まる。
「……かもしれない」
具体的な説明は出来ない。けどどこか不思議な雰囲気に魅力がある反面、どこか内面を知りたくない怖さもあった。
「そっか」
俺が自信なさげに発した一言に、案外すぐに引き下がる。
「なら二人だね。ビシビシ行くよ!」
「おい! ならせめて教科書持ってけ!」
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