第二十四話 『雨模様な休み明け』

 楽しかった遊園地の翌日。昨日の余韻に浸りながら、私はお弁当を作っていた。


「おはよう華凛ちゃん。鼻歌なんて歌って、相当楽しかったのね」

「え? え……私、歌っていましたか?」


 いつのまにか起きてきていた叔母さんが、開口一番にそんなことを言ってきた。

 確かに、気分が良いのは自覚している。だって、ふとしたときに昨日の出来事が頭をかすめるのだ。子供の頃に戻れたような、一日の記憶が頭にあふれてくるのだ。そんな状態で気分がよくならないはずはない。だけど、鼻歌をつい口ずさんでしまうほど高揚してるとは思っていなかった。

 自分の浮かれ具合を自覚すればするほど、顔が熱くなり、身もだえる私。


「華凛ちゃん!? フライパン見て、焦げそう、焦げそうだから」

「へ? あ、あ! ごめんなさい」


 急いで火をとめたおかげで、調理していた卵焼きは下手に黒くならずにすんだ。

 この浮かれ具合では今日どこかでボロを出してしまいそうだと、私は意識的にエリザの役を入れ、気を引き締めてお弁当の準備を進める。

 エリザの演技をいれれば、やっぱり心が落ち着く。お弁当作りはすんなりと終わり、私は学校へ行くための身支度をして、家から出ようと玄関を開けた。

 ザーザーと雫がアスファルトにぶつかる物凄い音。

 傘をさしたとしても、濡れそうなほどの雨だった。その光景に、浮かれた気分がやや下がる。


「この雨だと、演技練習は中止……ですね」


 そう呟いて、私は傘立てからお気に入りを取り出し、通学路を歩き出す。

 

 はぁ、楓さんに会いたかったな……会って昨日のこといっぱい話したかった。

 昨日の余韻に彼と共に浸っていたいのに、こんな天気じゃ無ければなと灰色に染まった空を眺めて、心の中で愚痴る。

 

 学校で話しかけるなんて出来ないし、私達がすごせる屋内なんて……。

 いや、彼の家ならどうだろうか。

 遊園地前の計画をたてる時にもお邪魔させて貰ったし、多分断られないと思う。

 思い着いてしまったから行動するしか無いと私は歩きながら彼へメッセージをうとうとした。が、


「あ……」


 歩きスマホなんて慣れないことをしたせいか、目の前を走ってきた誰かにぶつかってしまった。幸い私は倒れるようなことは無かったが、相手の状況が悪かったのか、尻餅をついていた。

 ごめんなさい。そう謝ろうとしたのだが、口を開く前に、ぶつかった人はバタバタと起き上がって、逃げるように走り去ってしまった。


「あの人……」


 彼には見覚えがあった、自分の記憶が間違っていなければ確か月見月桃を好きだと語りながら私に告白して来た人だ。

 なんで、彼が? いや、それより今は、楓さんにメッセージを送らなきゃ。と手元へ視線を落とすが、そこにさっきまで握られていたスマホは無かった。


「スマホ……どこ?」


 慌てて、私は周囲を見渡す。幸いと言っていいのかすぐそこ、一メートルほどはなれた場所に転がっていた。

 けれどここから見ても分るほどに画面はバキバキに砕け、しかも落ちている場所は水たまりの中だ。

 急いで、水たまりからスマホを拾い上げたが、画面は一人でに動いており、私が触れてみても、操作を受けて受けてくれなかった。

 こういうときは一回電源を消してみれば治るかも、と叔母が言っていたようなきがする。

 彼女を信じて電源を落とし、付け直してみるがロゴが表示されるだけですぐに真っ暗になってしまった。


「あっ――――スーッ?」


 サーッと血の気が引いてゆく。たまたまそうなっただけだと何度かポチポチ電源ボタンを押し込むが結果は同じ。

 これ楓さんの連絡先とか、遊園地の時に撮った写真が全部消えちゃったかもしれない。

 もう一回。いや二、三回……。


 何度試してみてもダメだ……全く反応は変わらない。

 どうしよう。どうすればいいの? 頭の中はそれで埋め尽くされていた。

 雨に濡れていることなんて気にせずに、何度もスマホの電源を触る。

 

 と、とりあえず、叔母に相談よう。私では何もわからない。

 もし、データが戻ってくる可能性があるならと、傘すら拾い直すのを忘れて家前で走った。



 〇〇〇

 


 華凛と出かけた遊園地の思い出に浸りながら、朝の身支度をしていた時だった。

 ピロリン、ピロリンとスマホが着信を告げてきた。この時間から電話なんて何の用だろうかと不思議に思いながら、出てみれば、


『おそーい!』


 と明らかに怒りの感情が交じった声でいきなり美甘に叫ばれた。

 

「うわっ、なんだよ……いきなり、どうした」

『楓何もいわずにまずは私のチャット画面を見なさい!』

「え? え? あ、ああ」


 状況がわからないまま、美甘にせかされ、しかたないかと美甘のチャット画面を開く。やや、読み込みがあった後で数十枚の画像と動画がぽぽぽんと、一気に送信されてきた。


「これ……なんだ?」


 きのう撮影された物だろう。道を間違えた俺の手を掴んで、お化け屋敷へと案内している時の写真や、照れてポカポカとおれの肩を叩いてきた時の写真。そして、ゴンドラ前で華凛がテンパりながら召使い宣言したときの動画。

 

 それ以外の物も含めて写真や動画の選択には明確に華凛への悪意がのっていた。俺からしてみれば思い出のワンシーンだが、他社がみればどうだろうか、俺を叩いたり、引っ張ったり、召使いだと下に見た発言をしたり。完全に俺をいじめているようなそんな構図になっている。

 

『朝起きたらこの画像達が、クラスのグループチャットに貼られてたのよ』

「は? それって……グループチャットに入ってるメンバー全員にこれ、見られてるって?」


 クラスのグループチャットには美甘曰く、クラスメイトなら三人以外全員入っている状態らしい。そのうちの二人は俺と華凛だ。だからいうなれば、クラスメイト全員にしられているといっても過言では無い状態。


『うん、すごい盛り上がってる。……神無月さんが楓のことをパシリにつかってるって言われてる……よ』


 説明する彼女の口調には最初、通話に出たときとは比べものにならない程に怒りの感情がにじみ出ていた。

 華凛の名前は出してはいなかったが、いろいろと相談に乗って貰ったりしているし、遊園地で遭遇し俺等の関係性をなんとなく美甘は知っているからだろう。

 華凛がいろいろと面倒な俺と友達になれるくらい良い奴だと知ってくれているからだろう。

 美甘は俺と華凛の為に怒ってくれていた。


彼女自身もこういう茶化しのせいで、不幸な目にあっているから、許せないのもあるのだろうが……。


『この状況じゃあんまり効果ないかもだけど、なるべく沈静化させられないか考えてみるから、楓はこの情報を神無月さんへ伝えてくれないかな? 教室でこんなことをもし知ったらたぶん、面倒な事になると思うから』

「わかった……」

『それと楓、あんたは学校これそう?』

「多分、大丈夫……」

「そう、無理だけは絶対にしないでね。それじゃあ」


 彼女からの気遣いで、通話は終わった。

 それにしても、華凛になんて説明すれば良いのだろ。なんて説明すれば彼女はまだ傷つかないだろう。どう言っても、どのタイミングで言ったとしても、華凛は、彼女は間違いなく傷付くだろう。

 あいつは、常に虚勢を貼って生きているような奴だ。それを知ってしまっているから、気軽に伝えられない。

 それに、こんな思い出をけがすようなまねをされて、俺だって正直傷付いているっていうのに、あの時間を本当に楽しそうに過ごしていた華凛が見たら……。

 彼女の為を思って伝えるなら、本当に何が一番正しいのだろう。

 間違えてしまえば、確実に彼女は深く傷付く。

 色々考えた結果、形に残る説明は避けようと俺は華凛へ、ただ『通話したい』とメッセージを送った。


 彼女からの返信がいつ来てもいいように画面をつけ、学校へ行くための支度をしながら連絡をまっていたが、既読すら着かず一向に返ってくる気配も無い。

 いつもなら、一〇分以内に帰ってくるはずなのに……。

 もしかしてもう知ってしまった? でも彼女にそれを知る手段なんてあるのだろうか。

 いや、俺は馬鹿か、普通に華凛の登校時間は俺よりも早いはずだ。

 だとしたらもう、すでに――。

 

 俺の体は自然に、学校へと向っていた。

 いつもよりも酷い悪意に彼女がさらされていたらどうしよう。どうすればいい。色々と考えながら足を進め、気づけばクラス前。


 多分入ったらその瞬間に注目される。廊下を歩いているだけの今でさえ、ちょっと居心地が悪い空気を感じるくらいだ。

 俺は意を決して教室内へと入ると「お、きたきた」と俺の登場を期待するような声が聞こえてきた。

 その言葉だけで、もう吐いてしまいそうなくらいに気持ち悪い。全身震えるほど拒絶する。

 それでも、まずは華凛の状況確認だと華凛の机へ視線を飛ばしてみると、本人はおらずカバンもまだ置かれてすらいないようだ。

 ほっと、安堵の息をこぼしていると俺に声がかかった。


「ねぇ、あなた大丈夫? 悪役女優にパシラレテるんでしょ?」


 誰だったかクラスの女子生徒が心配そうな声色で、心配そうな顔を貼り付けて、嘲笑的な目を隠さず、俺にそんな言葉を投げかけてきた。周囲からその生徒に集まる好意的な目。

 あぁ……気持ち悪い。

 承認欲求善とした彼女の行動に、今までとは違う吐き気がを覚える。


「そ、そんなこ、ことさ、されてな……」


 視線のせいで声が震え、言葉が出てこない。俺の反応に、目の前の女子生徒は内心のえみが隠しきれないのか口元が三日月型に歪む。が、すぐに心配をつよめたわかりやすい同情顔をとってきた。

 あぁ、今この状況は完全に目の前の、この下手くそな演技しかできない彼女に利用されている。周りの視線で苦しんでいるのに、華凛からの恐怖に怯えている用に演出された。


「大丈夫? いいのよ、無理して否定しなくて、クラスのみんなが味方よ」


 あぁ、むかつく。この女ムカつく。

 だからしっかりしろと、自らの手首に爪をたて、全ての苦しみを無理矢理抑え込んで、ハッキリと言ってやった。


「パシリじゃない」

「へ?」

「俺は神無月のパシリなんかじゃ無い。唯のクラスメイトでしかないし、それ以外何の関係も無い、彼女に対する嫌悪も無ければっ――――好意もない」


 久々に嘘をついた、つけた。今の状況が相まってそれなりに信じてもらえるだろういい嘘だ。そう思って、安堵したのにタイミングが最悪だった。


「そうね。私と彼とは何の関係もないわ」


 俺の発言と同時にどうやら華凛が登校していたようだ。

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