第二三話 『お土産と帰りの電車』
一通り遊び終え、俺達は今お土産屋で買う物を選んでいた。と言っても、俺の方は既に購入を終えていたので、実際に選んでいるのは華凛だけなのだが……一向に終わりそうに無い。
彼女は一つの棚の前で三十分、眉間に皺を寄せてうん、うんと唸っている。
「楓さん的にはどちらがいいと思います?」
俺の眼前に園内のキャラクターを模したぬいぐるみ二体を彼女は突き出してきた。
片方が黒一色の狐で、目元にはメイクなのか桃色のラインが入っており、耳に花飾りを付けていたりして、おしゃれで可愛らしい心象を抱くような見た目をしている。
もう一つは眠そうというか俯きがちなタヌキで、なんだか隠れるような素振りをしており、人目に付きたくないのかちょっとだけ親近感が湧くような奴だった。どちらも可愛らしく、こっちと言い張るには確かに悩むのもわかる。
だから彼女と同じようにうーん、うーんとつい唸ってしまった。そんな俺の声を見て華凛も内心を察したのだろう。
「悩みますよね……キツネの方は親近感を覚えてしまって、なんだかそばに置いておきたい感じがあって、タヌキの方は怯えているというか、ちょっと暗いところとかが無性に可愛くて……どっちも良くて決められないです」
「そ、そうか……」
タヌキに親近感を抱いていた手前、可愛いとか褒められるとなんだか気恥ずかしくなってしまう。華凛的には無意識に思ったままを伝えているというのは分る。わかるからこそこれはだめだ。
なんともいえない感情が、じわじわと胸のおくからわき上がってくる。
彼女が最近口にする「正直な感想だとわかっているから嬉しい」とはこういう感じなのだろうか。
「あれ? どうしたんですか楓さん。顔、赤いですけど……」
「いや何でも無い」
やめろ、指摘してくるな。と、内心の焦りを必死に抑え、華凛をにらみ付け、この状態をどうにかしようと口を開く。
「そ、それより、どうするか決めないのか? 俺的にはその狐の方が良いと思うぞ? キリッとしている目つきとか一周回って可愛いし、細かい装飾や色使いがみなりに気を遣っているところが可愛らしいと思うぞ」
これ以上タヌキの方に何か言われないようにするために、二体のぬいぐるみを彼女から受け取り、狐の方を褒めてなんとか誤魔化そうとする。
「確かに、そういう所も可愛いですよねーうーん」
「そういう所どっか華凛に似てるしな」
「え?」
きょとんと、俺とぬいぐるみ二匹を交互に眺め、何故だか顔を赤くする華凛。
どうしたのかと俺も、ぬいぐるみへ視線を落とし自分の発言を理解した。
あれ、俺……狐のぬいぐるみを華凛と似てるって言わなかったか?
言ったな……。それを言う前にめっちゃぬいぐるみのことを褒めていたからこれは……。
「も、もう楓さんは私先に叔母へのお土産を買ってきます。楓さんは買い物が終わったのでしたら、外で待っていてください」
彼女はそう告げると、御菓子系の売り場へそそくさと歩いて行ってしまった。
つまりは彼女も気づいたのだろう。うん、そりゃあそうなるよな……。
彼女の背が見えなくなるまで見届けて、俺はぬいぐるみ達を棚へと戻そうとして、二体と目が合ってしまった。
それぞれ「棚にもどしちゃうの?」「あのこがあんなに悩んでたのに?」と主張している。そんな気がして手が進まなかった。
「これ、華凛にプレゼントしようかな……」
悩んでいたし、多分あの感じだと恥ずかしがって買わないだろうから、代わりに、そう代わりに買ってやろう。と二体を隠すように抱え、レジへと向かう。
二体合わせて一万にすこし届かないくらい。
予想外の出費になってしまったが、買った事への後悔は不思議と無い。
店の外に出ながら、持ってきていたリュックの中にしまい込み、彼女を待つ。
しばらくして、大きな紙袋を抱えた華凛が現れた。
「楓さん、待たせてしまってす、すみません」
「いや、待ってないから大丈夫」
「それよりそれなに買ったんだ?」
「結局二匹とも買ってきちゃいました」
おっと、買わないだろうと予想していたが、どうやらそれは間違いだったようだ。
当初の目的は達成されず、俺は二体のぬいぐるみをただ自分用に買うことになってしまった。でも、やっぱり不思議と後悔はない。
「それじゃあ、帰りましょうか」
彼女の言葉に同意して、俺達は遊園地を後にした。
少しだけ早めにでたからか電車の座席は空いており、俺たちは二人で席に座り、乗り換え駅である終点までゆったりとゆられる。
「遊び疲れましたね」
「本当に、休みのはずがこれじゃヘトヘトだな」
「明日、学校休まないでくださいよ」
なんて、今日と明日のことをネタにして彼女との雑談をしばらくしていた。
数度言葉を繰り返し、何駅か過ぎたところで、急にポフッと肩に暖かい重みが掛かってきた。これは何が起きたのか見なくても分かる。
さっきからうとうととしていたし、どうやら遊び疲れて寝てしまったようだ。
心地よさそうに寝息を立てている。
起こしてしまうのはかわいそうだったので、乗り換え用にアラームをしかけて、無心でスマホをいじる。今日俺が遊園地で学んだことは、意識さえ逸らせばこの緊張はどうにかなるということだ。
「かえでしゃん」
どんな夢を見ているのか、俺の名前を呼んできたせいで意識を逸らす作戦は失敗した。
あぁ、もう華凛は最近、無防備過ぎやしないだろうか。それほどまでに気をゆるしてくれているというのはわかるのだけど……まだ友達でしかない奴の肩に寄りかかって、ぐっすり眠らないでくれ。
なんだかそんな事をかんがえさせられているという事実に、いたずらがしてやりたくなってつい彼女の頬をついてしまった。
「幸せそうな顔してねてんな……」
つつかれて嫌がるかと思ったが、幸せそうな笑顔を俺に向けてくる華凛。
さん笑顔に、もう心の中は罪悪感でいっぱいになってしまった。これ以上は見ていられないと彼女の顔から視線を逸らして、またスマホで適当なアプリに触れ、時間を潰し始める。
◎◎◎
ゆらゆらとした振動の中。
温かく、心地良く、安心できる何かに身を預けている感覚に包まれている。
遊園地を出て私は帰ってきたんだっけか? あれ、でもこの音って……あ、まだ電車の中だ、私は寝てしまっていたようだ。
「あれっ」
まどろみの中から意識を起こして、今どこの駅なのかを確認しようとしていま自分がどんな体勢なのかに気づいた。
眠ってしまっている楓さんに体重を預けきっている状態だった。
「こういうときも、優しいんですね……」
彼は私が負担にならないようにするために少し無理な体勢をとっていた。
そんな彼に私の性格の悪い部分が顔を見せ、なんだか、意地悪をしたくなって、寝ている彼の頬をつついた。
「んんっ」
彼の反応が面白く彼は嫌そうに顔をそらし、身じろいだ。
少しだけ、やっぱり私って悪女なんではないかという感情がわき上がる。
彼の嫌がる顔が、こういうときだからかどこかゾクゾクした。
ツンツンと、なおも彼の頬をつつく。これで、起きてしまったら申し訳ないが、癖になってやめられない。
なんてことを繰り返していたら――。
「あ……ん」
彼が私の指をくわえてきた。
夢で何かを食べているのか、がじがじと甘噛みされている。
痛くはない。でも、痛くないからこそダメだ、どうしていいのかが分からない。
「これ、無理に引き抜いて起きませんよね? ねぇ楓さん?」
当然、たずねても、返事はない。甘噛みをされているだけだ。
なんだか、子供の様でかわいらしい。
でもは話してもらわないとと咥えられた指を左右にふってみる。けれど、指の動きに合わせて彼の頭も軽く左右にズレるだけ。それもそれで面白いが違う。
「はぁとれないわね……」
彼の口から指を外すことをすっかりと諦め、彼の肩にまた身を預けた。
もう一度眠ってしまおう。
このままでいて私よりも先に起きてきた楓さんが、私の指をくわえていることに気づいて慌てると良いですわ。
そう意地悪なことを考えながら私は彼の肩に頬を擦り付けて、彼の温もりを感じながら眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます