第二一話 『ゴンドラと素の彼女』
「次、どこに行きましょうか……」
「うーん……そうだな……」
昼食を取り終え、絶叫系を避けて回った結果。俺達は次に乗るアトラクションの選定に頭を悩ませていた。今から四十分後にパレードを見るための場所取りをする予定なのだが、それまで何をするかが全く決まっていない。
付近の主要アトラクションの待ち時間は大体四、五〇分。
一応二十分以内に入れるところもあるが絶叫系か、並ぶの込みで五分もあれば終わってしまいそうなものだけだ。
入場した時の感じから、建物を見て回るだけでも華凛と共に楽しめそうだけど、パレード開始まで歩き回るのは少し違う気がする。
「せっかくですし、パレードまでにあともう一つくらいは何かに乗りたいですよね」
俺と同じような考えなのか、園内マップを見ているだろう華凛が呟いた。
どうせなら、周囲の建物を見て回れるようなアトラクションなんかがあれば、でもここ観覧車みたいなものは無いみだいだしな。と、調べるためにスマホへ向けていた視線を上げ、辺りを何となく見渡したところで、すこしだけ遠くに並んでいる四、五人の人達と乗り物が目にとまった。
あぁ、あれなら。カテゴリーとしてはアトラクションではないのかもしれないが、これ結構選択肢として良いんじゃ無いかな。
「なぁ、華凛。あれ、どうだ?」
「あれって……ゴンドラ船のことですか?」
俺がゆび指したのはカヌーのような形をした船で、このランド内に巡る水路を回るだけのもの。パンフレットにはアトラクションでは無く、交通手段として記載されている。これであれば時間を潰し、かつゆっくりと見れなかった景色を眺められるのでは無いだろうか。
「あぁそれのことだ。悪くはないだろ?」
「確かによさそうですけど、どうしてこれを?」
「入園時の感じからして華凛、建物とか見るのも結構好きだろ? これランド内を半周するみたいで、ここでしか見られない場所とかもあるかんじでな、興味があるかと思って」
俺の提案にさっきまで次はどれにしようと、眉間に皺を寄せてマップとにらめっこしていた華凛の表情がとても柔らかくなった。
「私を見て提案してくれるのは嬉しいですね。ふふっ、そんな風にいわれては断るわけにはいきませんね」
というか、もうふにゃふにゃといっていいくらいに揺るんでしまっていた。
こうなったのは食事を終えた後からだ。人が多いことに気を張りエリザを出していた華凛だったが、俺達が騒いでも誰一人視線をむけてこず、自分たちの楽しいを優先しているこのランドだからか自然と演技は抜けて、むしろ楽しみに彼女自身が全力になれたのだろう。いつもよりも彼女本来の素がでているような気がする。
だから
「是非、そうしましょう」
その素の華凛が可愛くて、ゴンドラに早く乗せてやりたいと、気持ちがはやりそれを表すように足早に歩いてゆく。
「ちょ、楓さん、置いていかないでくださいよ!」
そのせいで、華凛を置いていくことになるなんてぽかをするとは思っていなかった。いきなり歩き始めた俺に追いつくように後から華凛が駆けてくる。
幸い目前、そこまではなれてる距離では無かったので、俺の到着と友に華凛も列に並び始めた。意外と利用者はい無いのか、待ち時間表は五分と表示されており、並んでいる人は、三組くらいだ。乗車・遊覧時間が三十分ほどで、到着場所もパレードの近くなため、この選択は間違ってなさそうだ。
「楓さん、やっぱりやめませんか?」
俺が選択の正しさにご満悦になっていると、そんな華凛の声と共に耳元に息がかけられた。ひそひそとこそばゆく、しかもいきなりのことだったので驚き、彼女へ頭突きをしてしまった。
「いっっ――」
「うわっか華凛、ごめん」
鼻先に当たってしまったのだろう。いたそうに抑える彼女へ賭けより大丈夫なのかを確認する。
「私こそごめんなさい。ちょっといきなりすぎましたね……」
「いや、謝らなくて良いよ。それより、やめるってどうしてだ?」
「それはその……この列、居心地悪ないですか?」
列? と前後を眺めてみるが、特に居心地のわるい何かは感じ無い。
一体華凛は何を気にしているのだろうか、と視線を彼女へと戻し、きょとんとしていると、仕方ないといった表情の華凛がもう一度おれへ顔を近づけてきた。
「ここ、カップルばっかりですよ……なんか空気が甘いです」
言われ前後を見渡して気づく。前後で待っているのは男女の組み合わせだけ、俺達以外は手をつないだり腕を組んだりしている。
「なんだか気まずいです……」
「た、確かに……」
引き返そうかと互いに思案したところで。
「そこの、黒髪同士の学生カップルさん。お乗りください」
と声の方に視線を向けてみればいつの間にか、前に並んでいた人達はいなくなっており、ゴンドラ船にのっているお兄さんに手招きされていた。
完全に逃げるタイミングを失った。失ったのだが、乗ってしまえばこの空気からも逃れるだろう。とゴンドラ船へ足を運ぼうとしたのだが。
「カカ、カッピュルなんかじゃないわ。この人は召使いよ、召使い」
なんて、マスクで隠れていても分るほど顔全体をゆでだこのように真っ赤にして、俺を乱暴にゆび指さしてくる華凛。スタッフの人も周囲も、照れ隠しだと分るようなものだが、華凛……。
「目立つ……から、とりあえず船にのるぞ」
周囲の微笑ましげな視線が集まる。そういう物なら大丈夫そう思っていたけれど、やっぱり視線である事には変わらず、心臓が軋み、息苦しさと痛みを与えてくる。
耐えられないのもあるが、船に乗れば彼女も落ち着くだろうと、彼女の手を取って、共に船へと乗り込む。
「ごめんなさい、楓さん。ちょっと取り乱してしまいました」
船が出発してからすぐ我に返った華凛。はシュン、と叱られた犬のような表情をしてきていた。
「気にしてないから大丈夫、大丈夫それより、もう出発しちゃったから景色楽しも」
「そう、ですね。私が変な表情をしていたら楓さんは気にするような人ですからね」
「調子を取り戻した途端にからかい始めるなよな」
「でも、それが私達でしょう?」
まったくだと、苦笑を零す。全てではないが何となく、互いに互いがなんて言えば、どうなるか、どうするかが分ってきている。そんな関係になれている。
「お二人さんはやっぱりカップルだったのかな?」
そんな俺達を見て、船をこいでいるスタッフさんは楽しげにそんなことを聞いてきた。あ、完全にもう一人いたことを忘れてた。それは華凛も同じだったようで先程まで、ほとんど演技をしていないに等しい状態だったのに、すでに威圧的な空気二変わっている。
「違うといっているでしょう!」
「それは失礼しました」
乗船前と同じような状態になってしまった。顔を真っ赤にしている。
反対に、スタッフさんはからかいとかの意思ではなく純粋にここでの会話として振ったのだろう。ちょっと申し訳なさそうに謝っていた。
その姿を見て、華凛はからかいなどではないと判断したのだろう。落ち着くように深呼吸をしていた。
「そういえば、そろそろさっき言った場所の近くを通るんじゃ無かったかな?」
「あぁ、ミラノ風の通りですよね」
そんな会話をしている間にその建物が見え始めた。
そして、俺達の会話を聞いていたからだろうスタッフさんの気遣いか、近くまできたところで、船の速度がゆっくり担った。
「やっぱり、凄い綺麗ですね……」
内側からの景色も綺麗だったが、外側のしかもあまり人がみない場所、視点から見るというのはどこか優越感がある。
「今この景色を見ているのは私達だけ、そう考えると優越感がありますね」
同じ考えだ。さっきの通じ合っている感覚のこともあって、なんだかむしょうに嬉しくなる。この先の景色をながめても同じようになるんじゃないか、なんて変な風にワクワクさせてくる。
「そういえば、次はアラビアンナイトを模したエリアにいくんだっけかな」
「そしたら、水辺の低い視点から城を眺められるって事ですよね?」
「そうなるな」
「これまた、優越感がありますね」
そう、素の笑い声を俺だけに見せつけてくる華凛。
優越感で一杯の幸せな感情を抱えながら俺達はゴンドラに揺られ、ゆっくりとした時間を過ごす。
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