第二〇話『ささやかな願い』
あれから、照れて慌てている華凛を人目に付かないところで必死に抑え、意識を反らすため適当に近くの絶叫系ではないアトラクションへ並んだ。
その時は最良の策だと思ったのだが、待ち時間は二十分。互いに互いを変に意識してしまっているせいで、非情に気まずい。
「……」
「……」
並び始めて七分程。俺達は一言も会話ができず、視線を合わせたり、そらしたり。口を開きかけるも言葉が出てこず静かな時間だけが流れてゆく。
出てきてすぐ、華凛に忘れろなんて言われたが、そんなの無理だ。
手に残るあの柔らかい感触や、彼女を見るたびに鼻によぎる草花の香り。
凛のほうもかなり意識しているのか、俺を見るたびに顔の赤みを強めていて、余計に無理になる。しかも列が進むたび、このなんともいえない空気感さえがどんどん濃くなっており、もうちょっとおかしくなりそうだ。
「かr……」
この状態から脱しようと口を開いたところでまた、華凛と、初恋の少女が被って見えた。そんなはずはないだろうに、華凛は綺麗な黒髪で、初恋の少女は引き込まれるような金髪だった。それに、性格も違う。
明るく、怖がりで、負けず嫌い、好きなことに貪欲で、夢に真っ直ぐな……ん?
どこが違うんだ? 今目の前にいる彼女の中身は全く同じ性格じゃ、ないか……。
普段はしているから、違うが同じ……だ。
髪も華凛だったら、ウィッグってこともあるだろうし。
そう、理解したところでまたも胸が苦しくなる。華凛が初恋の少女??
いや、まさかそんな……だったら今俺って五年間片思いしていた素性も知らない子と遊園地に来てる……のか?
考えれば考えるほど、酸素が薄くなって行く。緊張、この場の空気感、華凛の表情、頬の色。意識がどんどんと細かいところに集中し、周囲への配慮が抜け落ちていたせいで、列整理の為のポールにぶつかってしまい、バランスを崩した。
普通であればただ当たっただけ、痛いくらいでなにもないだろうが、さっきからずっといろいろあったせいで力が抜け、倒れそうになってしまう。
「楓さん!?」
けれど、その直前で細い腕が俺の懐に差し出され、ポスンと、先程も感じた温かく、心地のいい匂と感覚に包まれた。
顔を上げてみれば、眉をヘンヨリと下げ、僅かに唇の端をかんだ華凛の顔が目の前にあった。悲しそう、というか心配そうにこちらを見つめていた。
「楓さん、ちょっと、どうしたんですか? 顔色が悪いですよ? 大丈夫ですか?」
大丈夫じゃない。顔近い、さっきよりも匂いが強い。そんな俺のために悲しそうな顔をしてこないでくれ……。胸がきゅっと締め付けられるから……。
今ここで大丈夫なんていっても多分ばれるだろうし、でも言わないわけには……。
「いぇ、今の質問では聞き方が悪かったですね。楓さんだったらどちらにしろ大丈夫って言ってきます。絶対」
見透かしたように俺を見つめ直してくる華凛。その表情は気遣ったまま。
このままでは俺が余計に気にすると思ったのだろう。悪戯っ子の笑みを作ってきた。
「じゃあ、どちらかを選んでください。このまま体調に気遣って帰るか、このアトラクションが終わった後、楓さんのおごりで休憩しに昼食とるかです」
「なんだよその選択肢……」
何だよおごりって……。
その提案に彼女らしさを感じ、つい笑ってしまった。
「楓さん、私のことでなにか気にしているのでしょ? まぁ……多分あれだとは思いますけど、私は忘れてくださいって言っているのに、気にしてるなら反省して私に友達からのおごりを体感させてください」
俺が内心どう思っているのかを見透かして、傲慢な方法で強引に解決策を出してきた。目の前の彼女が俺へ楽しそうに懇願する。何故かこんな状態なのにささやかな願いを込めてくる華凛。
そんな彼女を見て、自分の馬鹿さに苦笑いが浮ぶ。
今、華凛が初恋の少女なのかなんて、考えるべきことじゃない。
「はいはい、分かったよじゃあ、終わったら昼食だな」
「ふふふ、やりましたね。では一番思い出に残りそうなお店に行きましょう」
今俺は友人の神無月華凛とこのランドにきている。初恋の少女かもしれないひとではない。約束をしたのも、思い出を創ろうとかんがえているのも彼女だ。
そこに余計な思考をもっていては、純粋に二人の思い出ではなくなってしまう。だから、今日このときだけはそんな下らないことは考え内容にしよう。
その意思をこめ、俺は至って自然に彼女へ問いかける。
「思い出にのこるって、華凛はどうしたいんだ?」
何かまだ願いはあるのかと、望みはあるのかと。
「そうですね。たしかランドってダンスとかを見ながら食事ができるレストランがあった筈なんですが、分りますか?」
「うーん。まってくれ、調べてみる」
彼女の要望にこたえるよう、すぐに検索をかけ、出てきた答えはここからそう離れていない場所にフラダンスを見れるレストランがあるみたいだ。
「行きたいのはここか?」
「そこですね、特別感のあるハワイっぽい雰囲気でいいですよね」
浮かれ気味に、俺に同意を求めてくる華凛。もう、悪役の空気感は一切無い。
周りの視線も華凛へむくことはないだろうからなのかもしれないが、素の比率がかなり増えている。
「今のうちから、メニューでも見て選んでおくか? その方がスムーズだろうし、」
「私、はじめて入る店は入店してからどんなメニューがあるのかを見て楽しむので、出来ればまだ見たくないんですがそれでもいいでしょうか?」
「そういう楽しみもあるんだな。もちろんかまわないさ」
俺としては店にはいってから悩むのが迷惑になりそうだと、考えてしまうが悩むことも楽しんでいそうな華凛からしたら不思議と合っているような気がした。
華凛が見ないなら、俺の方も彼女の楽しみ方に習おう。
「ふふ、食事の事ばかりでアトラクションもを忘れても行けませんよ」
そうだったな。このアトラクションも咄嗟に並んだとはいえ楽しまなきゃ損だよな。
「そう言えば、ここってどういうアトラクションなんだ? 咄嗟に並んだからないんだが」
「そうですね。飛空士の少年の旅路を追体験するアトラクションです。楓さん結構好きだと思いますよここ」
「華凛がそんなに進めるなら、楽しみにしておくよ」
なんて、これから乗る内容をわいわいと話し合い。気づけばもう目前。さっきの長い七分間が何だったのかと思えるほどあっさりアトラクションが始まった。
〇〇〇
アトラクションを乗り終え、俺達は何もいわず、決めていたレストランへと直行した。互いに内容を、話し合いたい状態なのが顔を見れば分る。だからこそ、レストランに着いてから早々に注文を済ませたあとすぐに華凛が口を開いた。
「ふふ、やっぱり楓さん結構好きな内容だったでしょう?」
「正直、ちょっと舐めてた。だけど、信じられないくらい面白かったなあれ。また乗っても良いくらい」
「それはちょっともったいないですよ。乗ったことないアトラクションも乗りましょ?」
「それに運ばれてくる料理も、ダンスもゆっくりと楽しみましょうよ」
そう言って、華凛は自分で注文したものをフォークで刺すと、俺の方へ向けてきた。
「あ、そうです、ごゴチになります楓さん」
憧れの一つを叶えたのだろう。満足げで、そして微笑まし下な表情を浮かべル彼女。さっきまでマスクをしていて表情をよみとりにくかったから、その笑顔はこうなるまでに起きたこと全てが本当にどうでも良くなるくらいに良かったと感じさせてくれた。
そんなふうになりつつ俺達の昼食の時間は流れていった。
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