恐れられている悪役女優様は俺だけに可愛い素顔を見せる
最可愛 狐哀
第一部 -隣人-
第一話 『告白と独白は唐突に』
皆、勝手なイメージに染まり染められ、生きている。
運動部は部活優先。話題になった芸能人はそのキャラクターを維持し、青春に憧れる学生は創作物のシチュエーションをなぞる。形にハマるように、印象に沿うように、先人の成否を真似る。俺も目立たない奴という形に染まり、すごしている。
そんな俺にとって、目の前の光景は非常に迷惑極まりないものだった。
「はぁ……早く帰って映画、見たいんだけど……」
つい抱えているゴミ袋にため息をこぼしてしまう。
体育館裏。普段はゴミ置き場への通路としてしか使われない場所。そこには今、人集りが出来ていた。なぜ? と疑問が湧き出るが、
「ねぇねぇ、誰が告白するの?」
「転校生が呼び出されたことしか知らなーい」
周囲の呟きからすぐに解決した。
集まっている人は告白の野次馬だ。中には「フー挑戦者やるー」とか「どうなるかかけようぜ」なんて、茶化し混じりで勝手に盛り上がっているやつもいる。
「なにがたのし、つっ」
あーこのままここにいたらダメだ。
空気に飲まれ、いつものようにいらない言葉を吐きそうになった。
ゴミ袋を抱え直し、校舎側へ歩もうとして、一人の生徒が視界に入り、足が止まる。
「お! キタキタ! 主役の登場じゃん」
周りの騒ぎとは反対に、俺は眼前を歩く女子生徒に対し息を飲み、固まっていた。
引き込まれるような深く、黒い長髪。鋭い狐のような瞳、人形かと間違える程に整った顔立ちの女子生徒。
そんな彼女が通り過ぎた後には、妖艶な花の香りが舞っていた。
「悪役女優のお出ましだ、こえー」
弱冠七歳にして子役デビューし、初主演の『メかくす教室』の悪役、残虐少女エリザ役としてブレイクし、以降芸能活動を続けている正真正銘の女優。主役級の役は悪女や悪役ばかりで、ついた名前、別称が〝悪役女優〟。
そんな彼女は周りを気にした素振りもせず、いゃ、周りに人などいないかのように約束の男子生徒の元へと、進む。
俺と同じように、彼女が放つ空気で、騒いでいた生徒達が波のように静まってゆく。
この場の誰も、言葉を発することが出来ない。彼女の放つ空気は、そこまで重い。
「か、神無月さん、来てくれてあり――」
「手短に済ませて」
挨拶すら不要。と、喋り終えぬ間に言い捨てる。
多忙。そう感じさせる雰囲気に、こちらにまで早く終わらせないと、といった空気感が与えられる。表れたその時点で、この場の流れを、空気を、空間を支配していた。
「はい! あっあ……あの付き合ってください」
彼女の圧に男子生徒は押されたのか、謝罪をするように頭を下げての告白。
周囲はその光景に若干の盛り上がりを見せる。が、
「要件はそれだけ?」
無表情でため息と共に吐き出された言葉。それは、周囲を一息に黙らせた。
この時点で脈なし。振られたことを皆に、確信させただろう。しかし、それだけでは終わらなかった。
「私、貴方のことなにも知らないのだけれど、自己紹介もなしになにを頼む気?」
救いか、気まぐれか、新たな展開に、先程とは別の意味で周囲に静寂が訪れる。皆、目の前の即興劇のような光景に、目が離せない様子だ。
かくいう俺もその一人で、彼等の行く末を凝視する。
男子生徒側はいわれたことが分からないのか怯え、戸惑いつつ頭を上げている。
そんな彼を神無月は冷たくにらみつけていた。そのさまは、彼女が演じたエリザにひどく似ていた。というより……いゃ、気のせいだろう。
「はぁー。貴方はどこの誰で、いったいなにが好きなの? 例えば好きな芸能人は?」
「えぇっと、二年の
今まで見ていたのが誰だったのかと、興奮気味に男子生徒は神無月では無い好きな女優を自信満々に語リ始めた。
あまりにもな対応に、相手をしていられないと思ったのか、彼女は男子生徒から背を向け、戻るようにこちら側へと歩き始めた。
「へ?」
語りに集中していたのか、男子生徒が気づいたのは数泊おいてからだ。
「ちょ、ちょっとどこ行くんですか!」
彼は神無月へと手を伸ばすが、触れたか否かのところでパシンッ。と、手を弾くような乾いた音が辺りに響いた。
「触らないで!」
言葉に乗る威嚇。威圧、怒気。
わずか一セリフで、男子生徒は蛇に睨まれたか、石にでもなったかのように完全に固まっていた。
動くことは許さない。そんな雰囲気が、彼だけでは無く、俺含め周囲に放たれ、冷や汗を流している人もいる。
「なにかしら」
「ヒッ、ごめんなさい、ごめんなさい」
身をすくめて、まるで恐喝でもされているかのように、再度謝罪していた。
告白、じゃなかったかこれ? 演目が変わったのか尋問劇へと変貌していた。
「謝らなくていいわよ。私に触れた理由を聞いているだけだもの」
早く話せと圧で語る。その威圧は任侠役者顔負けで、離れた距離ですら、しっかりとした恐怖を覚えるほどだ。
「え、あの告白の答え、聞いてなかった……から……教えてほしかっただけなんです。ごめ、ごめんなさいぃ……」
「告白……? あぁ……ふーん」
殺されるとでも感じたか、おびえながら必死に回答していた男子生徒。神無月の方は何かに気づいたのか、より不快そうに眉根を寄せ、男子生徒に羽虫を見るかのような視線をむけている。
「それ、答える必要があるかしら。私じゃなくて月見月さんに告白したら? 好きなんでしょ、私より月見月さん」
尋問のような問い。男子生徒側は完全に固まってなにも言えなくなっている。
彼女が一言発するたび。緊迫したシーンかというくらい酸素が薄まる。もう呼吸をするのに、苦しさを覚える程、場の空気が奪われている。
「かわいそー」
「こわっ……もっと優しくしてあげてもいいのに」
空気を破ったのは誰か。
その声を皮切りに、ぽつりぽつりと言葉が舞う。声に乗った否定や、不満の感情が周囲へと熱を溜め、彼女への中傷へと変化してゆく。
「ひどいな……」
そんな周囲に対して、俺は否定の音を零す。
一人の悪役へ敵意が向かうこの状況が、見ていられず、ただ辛かった。
熱はもう、暴動といっていいくらいのものに変化している。
「黙りなさい!」
猛獣の咆哮を思わせる誰よりも大きい声量。
その場の誰も、罵声を浴びせることが出来なくなり、戸惑い、恐れ、嫌悪が溢れなど悪い感情が、ただ彼女へと向っいっていた。
「もう私、答えたから。じゃ、帰るわ」
使ったハンカチを捨てるように、興味無いと男子生徒へ背をむけ、歩み出す。
彼女が一歩進むたび、皆なにも言わずに道を譲ってしまう。
それは俺達が粗相を働けば処刑される庶民で、彼女が暴君な貴族か、女王か高位の存在であるかのようで、皆完全におびえ、服している。
「ん? 今……」
そんな彼女の舞台に魅せられていたから、すれ違いざまに見えてしまった。気づいてしまった。認識してしまった。
威圧しているように堂々と地を踏み、周囲全てを睨んでいるようで視線はそらし気味、彼女は誰も見ていない。
手首には強く握ったのか爪の食い込み痕。何をこらえているのか、必要以上に口に力が入っている。彼女は今、怒っているわけでは多分、ない。
神無月の状態は、俺もよく知る恐怖を押さえこんでいるときの、そんなものだから。
もしかして彼女――。
「人前、まともにでれないんじゃ?」
直後。すれ違い、先へと進んでいた筈の神無月が、こちらを向いたような気がした。
「貴方」
いゃ、気のせいじゃない。明確に彼女と今、目が合っている。声をかけられている。彼女や一部の人の視線に、心臓がバクバクと痛みを感じさせる速度で早音を上げる。
やばい。彼女と目が合っただけでこれ……。
このままここにいたらやばい。
痛みを抑えようと、ゴミ袋を手放し、自らの胸倉を鷲掴んで、人混みに紛れるように、逃げ出した。
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