第10話 告訴人。


 実に面白い町に来たものだ――。


 宿屋を経営するべリックと、義眼のジャックは十年前に殺人を犯した。


 ギャンブル狂の町長モーガンは、沈黙と引き換えに金を得ている。そして、今は気狂いとなった。


 前司祭のジョンは売春宿の常連で排斥されたが、金づるを見つけたらしく町に戻り飲んだくれている。


 違法賭場を開いていたギャリングは落ちぶれて町の貧乏人だったが、前司祭のジョンを居候させ、おこぼれを貰おうとしていた。


 他方で、べリックの妻エナは、モーガンの息子サムと不倫をしている。


 罪人ばかりのこの町で、現在の私が最も興味を抱いているのは――、


「近頃は随分と楽しそうですな。お嬢さ――アドラ様」


 礼拝堂で考えに沈んでいたところに、地下倉から上がって来たグスタフが陰鬱な声音で告げた。


 手に持つ盆の上には器が載せられているが、義眼のジャックは何も食べなかったのだろう。

 頭の覚める薬物を与えるのを止めて以降、彼はすっかり食欲を失ったのだ。


「あああ――くれえ――おおおう――げぇげぇ――」


 グスタフが、地下倉へと降りる階段の閉じ蓋を降ろすと、哀れな中毒者の呪声は礼拝堂に届かなくなった。


「楽しいわ」


 私は正直に答える。グスタフに嘘をつく必要など無いからだ。


「悪い人達ばかりで、嬉しくなってしまうの」


 生家を没落させた者共へ復讐を誓い生きる日々は苦しい。

 なぜなら、彼等は強大であり、私は未だに一介の聖女に過ぎないからだ。


 だが――、


 黒鞭という恐らくは悪魔の業で、隠された罪を覗き見するのは楽しい。

 

 その罪が連綿と他人を巻き込んでゆき、別の罪を誘う様は美しい。


 彼等を断罪するのは、至極の快楽にも等しかった。


「ただ、まだ少しピースが足りません」


 排斥司祭ジョンが知った秘密に興味がある。

 罪人が金づるとしているならば、きっと罪深い秘密なのだろう。


「――あなたにお願いしたいことがあります」


 敬虔な聖女である私が、酒場で飲んだくれるわけにはいかないのだ。


 ◇ 


「まさか、アドラ様が訪ねて下さるとは!」


 領主裁判所にて書記官を務める男、マックス・ダークが大袈裟に悦びを表現しつつ私を出迎えた。


 手紙によるやり取りの手間を惜しみ、私は乗合馬車で領主の城まで来ている。


 卑猥な妄想に悩むマックスの執務室は、領主裁判所の中に在った。


「ええ、ちょっと急いでおりましたの」


 私は楚々と答え、彼に勧められるがまま椅子に腰かけた。


「ほほう、では、何か調べものを?」

「はい。こういう時に、頼れるのはマックス様だけですもの――」


 マックスはニヤケそうになるのをこらえ、自慢の口髭を撫でた。


「私がシルミオネに来る前に、司祭を務めていた方がいますでしょう?」

「ええと――ああ、はい。ジョンという不届き者でしたな」


 素晴らしい記憶力を発露する。


 彼はこの記憶力と、類まれなる妄想癖のせいで、永遠に罪悪感の奴隷となっていた。私の忠実なるしもべに相応しい男である。


まことしからん男で、十年以上の昔から、ば、ばい、売春宿に――ぐ――うう」


 黒鞭の音が執務室に響く。


「――という、不埒な罪で罰せられましたぞ。ご安心ください、アドラ様」

「その訴えを、領主様に上げたのは何方どなたですの?」

「むむ、少々お待ち下さい」


 さすがに、そこまでの記憶は無いらしく、マックスは部屋の隅にある棚へと歩み寄った。

 紐で束ねた羊皮紙の積まれた棚には、年代を示す札が打ち付けられている。


「あっと、これです、これです」


 厚い一冊の束を取り出し、頁を繰っていたマックスが指を打った。


「まあ、直ぐに見つかりますのね。本当に凄い方ですわ」

「いやあ――ぐふ――」

「で、誰でしたの?」

「――そ、そうでした。告訴人は――ほう珍しい」


 マックスが片眉を上げる。


「女ですな」


 領主に女が訴え出るのも珍しいし、それが許されるのも稀である。


「エナ・バーゼルという女です」


 不埒な司祭を訴えたのは、べリックの妻だったのだ。

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