クッションを抱えたXXのXXX

リウクス

今となっては

 夢を見た。


 夢の中の私は、深緑があたり一面を埋め尽くす森の中にいた。

 どこを見ても出口はなく、光もない。

 ただ、鬱蒼とした景色が薄く見えるだけ。


 歩いても、歩いても、視界に映るものは何一つ変わらず、地面に生えた苔が私の脚を蝕んでいくような気がした。


 私が冷や汗をかき始めた頃、背後に誰かの気配を感じた。

 振り返ると、女の子。

 柔らかそうなクッションを抱えた、小学生くらいの。


 表情の見えない不気味な佇まい。


 話しかけても、動じない。

 瞬きはしているけれど、どこか内側を見ているような、ぼんやりとした瞳。


 ただただ大事そうに、両腕いっぱいにクッションを抱きしめている。

 その体躯は小さく繊細で、吹けば飛んでいってしまいそうだった。


 しばらくしても、口を開かない。

 クッションで上半身を隠しているから、呼吸をしているかも分からない。


 でも、何でだろう。

 凄く親近感がある。

 この感じ、知っている気がする。

 ずっと前に、どこかで——


 すると、彼女の頭にポツリと大きな雫が降ってきた。

 生い茂っていて気が付かなかったけれど、雨が降っているらしい。


「そこにいたら濡れちゃうよ」


 呼びかけには応じない。

 彼女の顔の輪郭に沿って、雨粒が滴り落ちていく。

 一瞬、口元が緩んだ気がした。


 ——何か、思い出しそうな気がする。



 これは……なんだったっけ。



 すると突然、目の前に一匹の大きな狼が現れた。

 毛を逆立てて、今にも女の子を取って喰ってしまいそうな威嚇。


 それでも瞳は揺るぎない。

 けれど、彼女も、私も、手が震えていた。


「……大丈夫」


 そう女の子が呟くと、狼が彼女に飛びかかった。

 

 女の子が倒れ込む。


 狼が女の子のはらわたを引き裂いて、血が吹き出る。


 ぐしゃり、ぐしゃり、と。


 私はずっと傍観していた。


 しばらくすると、狼はその場を去って闇の中へと消えていった。

 女の子は血溜まりの中、大の字で天を仰いでいる。


 よく見ると、彼女には傷一つなかった。

 元の、綺麗で、か弱い、女の子のまま。

 その表情も、多分さっきまでと変わりない。


 血は彼女自身ではなく、ズタボロになったクッションの裂け目から流れ出ていた。

 ふかふかで気持ち良さそうだった元の形は留めていない。

 不快な深紅色が染み込んだ綿わたは女の子の身体中に散乱していた。


 「大丈夫?」とは聞かなかった。いや、聞けなかった。私なら聞かれたくないと思った。



 ……私なら?



 ——瞬間、足元の地面が消えて宙に浮いたような感覚がすると、目が覚めた。


 夢の中の静寂がまだ耳に残っている。


 チクタクと時を刻む音がした。


 ……変な夢。

 荒唐無稽な内容だったけれど、何かを思い出しそうな予感がした。


「……大丈夫」


 あの女の子が呟いたその言葉に聞き覚えはない。けれど、覚えている気がした。


 どれだけ頭を捻ろうが思い出せない。

 漠然と何かが引っかかるだけ。



 窓の外を覗くと、雨が降っていた。


「…………あっ」


 そして、気がついた。




「洗濯物入れなきゃ」

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クッションを抱えたXXのXXX リウクス @PoteRiukusu

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