第12話(2)勇者対魔王

「やったあ! 同点よ!」


 ななみがフォーに抱き着く。


「見ていれば分かるわ……」


「やった、やった!」


 ななみがドンドンとフォーの肩を叩く。


「い、痛いわよ!」


「イエーイ!」


「う、うるさいわね! 耳元で大声出さないで!」


 フォーが自分の耳を指で塞ぐ。


「こういうときは素直に喜ばないと……」


 ななみは唇を尖らせる。


「アタシらはスタンドにいるサポーターじゃないのよ……」


「え?」


「え?じゃないわよ、こういうリードを追いついたときに限って、次の1点が向こうに……ぶふぉっ⁉」


 ななみがフォーの口を塞ぐ。


「フォーちゃん、それ以上はいけない……」


「ぶはっ! な、なによ⁉」


 フォーがななみの手を振り払う。ななみが声を抑えて告げる。


「この国には言霊信仰というのがあってね……」


「はあ? コトダマ?」


「そう、言葉には魂が宿るの」


「どういう信仰よ……」


 フォーが呆れる。


「バカにしたものじゃないわよ。そういうのは口にしちゃうと、実際に起こっちゃうものなのよ。だから……しー……」


 ななみが自らの口に人差し指をそっと添える。


「……じゃあ、この後はどうするの?」


「後は……ひたすら祈るだけ」


 ななみが両手を組んで目を閉じる。


「それこそバカでしょ! 競った展開の試合終盤、ひたすら祈ってるだけのベンチとか、選手側からしてみたら絶望でしかないわ!」


「じゃあ、なにをするの?」


 ななみが問う。


「戦況を見極めて采配を振るうに決まっているでしょ。それこそが監督の役割よ」


 フォーがピッチに視線を戻す。


「にゃあ!」


「しまった、ケットシーは囮か!」


 トッケに対して、ヒルダが激しいプレッシャーをかけたが、ボールは走り込んだルトのもとへと転がる。トッケが声を上げる。


「ルト! さっきの要領にゃあ!」


「ゴールへのパスっすね! 分かってるっす!」


 ルトがキックの体勢に入る。


「……同じ手は何度も食らわない……」


 レイナが右手を掲げようとする。


「もらったっす! うおっ⁉」


「!」


 ルトがローのタックルを食らって、吹っ飛ばされる。ローがレイナに告げる。


「レイナ、今さらだが、魔力は温存していてくれ……」


「……分かった」


 レイナは右手をゆっくりと下ろす。ローは髪を優雅にかき上げながら呟く。


「さあ、反撃開始と行こう……かっ⁉」


 リンが後方から、ローの股間を蹴る。


「カッコつけている場合か……同点に追いつかれてしまったのだぞ」


「い、いや、股間はマズいって……」


 ローが股間を抑えて前かがみになる。


「軽く蹴っただけだ」


「味方同士でもファールを取られる可能性があるんだよ⁉」


「……ボールを間違えました」


 リンが審判に申告する。


「……」


「そ、そんな、言い訳が……」


「ノーファール!」


「通るの⁉」


 審判の判定にローが驚く。リンが呟く。


「そんなことはどうでもいい……」


「どうでもよくない!」


「後半、ここまで貴様はほぼ沈黙していたわけだが……」


「……ここで1点取ってくるよ」


「信じていいんだな?」


「僕を誰だと思っているんだい? 勇者だよ?」


 ローが両手を広げ、胸を張る。


「えっと……」


「何をボーっとしているの! ボールを取りに行きなさい! その位置で奪ったら、一気に大チャンスよ!」


「お、おおっ!」


 フォーの指示を受け、トッケとルトとゴブがボールを奪いにいく。


「ふっ……」


「「「⁉」」」


 ローが素早く細かいステップワークでトッケたちをまとめてかわす。


「ぜ、前半よりもキレがいい⁉」


 ななみが驚く。


「行くぞ!」


 ローがドリブルを開始する。ななみがさらに驚く。


「味方ゴール前からドリブル⁉」


「スラ! 無理に行かなくていいわ! 攻撃を遅らせて!」


 フォーが指示をする。


「わ、分かったラ~!」


「ふん……」


「む、向かってきたラ~⁉」


「ドリブルが大きくなっている! スラちゃん、取れるよ!」


 ななみが声を上げる。


「も、もらったラ~!」


「……なんてね、ビアンカ!」


「なっ⁉」


「それっ!」


 ローが左サイドにボールを送る。その位置にいたビアンカがダイレクトでボールを斜め前に蹴る。そこに走り込んだローがボールをキープする。


「ナイスリターンだ!」


「当然でしょ! アンタの考えていることなんて手にとるように分かるっての!」


「ふっ!」


 一瞬だがビアンカとアイコンタクトをかわしたローが、笑みを浮かべながらハーフラインに近くへとさしかかる。


「く、くそっ! 女騎士となんとも親しげな関係を漂わせやがって! 許せん!」


 クーオが猛然とローにチャージをかける。フォーが声を上げる。


「バカ、クーオ! そこは無理するところじゃないわよ!」


「おっと!」


「むっ⁉」


 ローがボールを前方に大きく蹴り出す。パスとも思えない中途半端なキックである。ななみがホッと胸を撫で下ろす。


「焦ってくれたのかしら? ミスキックね……」


「ラド、走れ!」


「うん!」


 ローの指示を受け、ラドがボールに向かって走る。ななみが笑う。


「いや、女の子にあんなボールに追いつけっていうのは、さすがに無理でしょ……」


「違うわ! クーオ、戻りなさい!」


「ギャオオッ!」


 フォーが声を上げると同時にラドがドラゴンの姿になって、ピッチを飛ぶように走る。あっという間にボールへ追いつきそうになる。ななみがまたも驚く。


「ここでドラゴンに変化⁉ そういえばそれがあった!」


「うおおっ!」


 レムがゴール前から飛び出していた。ラドよりわずかに早くボールに触れそうになる。


「レム、ナイス判断よ! はっ⁉」


「なにっ⁉」


 バウンドしたボールが方向を変えて、右斜め後ろに――レムから見れば左斜め前に――転がっていく。フォーが舌打ちする。


「ちぃ! バックスピンをかけていたのね!」


「もらったよ……」


 走り込んだローがボールをがら空きのゴールに向けてシュートしようとする。


「……そうはさせん」


「‼」


 ローの前にレイブンが立ちはだかる。ローは慌ててシュートを止める。


「当てが外れたな……」


「読んでいたのか……意外と頭が回るようだね」


「どうする?」


 レイブンが両手を広げて問う。ローが答える。


「知れたこと、君をかわして、ゴールを決める! むっ⁉」


 動き出そうとしたローが再び止まる。レイブンが尋ねる。


「どうかしたか?」


「……これは驚いた。隙がないね……」


「当然だ、魔王だからな」


「ならば!」


 ローがシュート体勢に入る。


「強引だな! 嫌いではないが!」


 レイブンも足を振り上げ、ボールを蹴り出そうとする。


「うおおおっ!」


「ぬおおおっ!」


 お互いの足がボールに触れる。その瞬間凄まじい衝撃波が発生する。


「な、なんて衝撃なの!」


 ななみが風に対し、両手を挙げる。


「魔王と勇者の本気の激突よ! これくらいは当然だわ!」


 フォーが叫ぶ。


「ボ、ボールが保つのかしら⁉」


 ななみがもっともな疑問を口にする。


「うおおおおっ!」


「ぬおおおおっ!」


「うおおおおおっ!」


「な、なんだと⁉」


 レイブンが弾き飛ばされ、ボールはゴールネットに突き刺さる。越谷の勝ち越しである。


「ふっ……僕の勝ちのようだね、魔王……」


「お、おのれ……」


 レイブンがローの背中を睨みつける。現在、スコアは7対8。船橋はリードを許す。

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