第12話(1)あくまでもパス
12
「ヒルダの調子もなんだか狂ってきたみたいね……」
「オウンゴールをした後、気持ちを切り替えるのは一流の選手でも難しいからね」
ななみの言葉にフォーが応える。
「リンの調子も相変わらずだし、この時間帯は結構攻め込めるようになったわね」
「ええ……」
「あ、またシュートチャンス!」
「!」
ルトと再びポジションチェンジし、前線に戻ったトッケが良い形でボールを受け、すぐさまシュートを放つ。
「……させない」
ボールを良いところに飛んだが、レイナが右手をかざすと、ボールは空中でストップする。レイナはボールを落ち着いて回収し、味方へと繋ぐ。
「くっ、また止められた!」
「魔法の精度が上がってきているわね。大したものだわ。賢者と名乗るだけはある……」
悔しがるななみとは対照的にフォーが感心する。
「フォーちゃん、なんとかならないの⁉」
「……難しそうね」
フォーがわざとらしく両手を広げる。
「そんな⁉ 後1点取れば追いつけるのよ⁉」
「冗談よ」
「冗談を言っている場合じゃ……あ、そういえばハーフタイム、トッケちゃんにアドバイスしていたわよね?」
「まあね」
「そのアドバイスの効果は?」
「今のところ無いわね」
「無いって……」
ななみが思わず苦笑する。
「忘れてんのよ、アイツ……トッケ!」
「うん?」
「ちょっと来なさい!」
フォーがトッケをライン際まで呼び寄せる。
「……なんだにゃあ?」
「……分かった?」
「……ああ、でも、本当にそんにゃことで……」
「ハーフタイムにも言ったでしょ、やってみる価値はあるって」
「わ、分かったにゃあ……」
「よし、それじゃあ戻りなさい」
トッケが自らのポジションに走って戻る。フォーもベンチに戻る。
「……どう思う?」
その様子を見ていたリンがローに近寄って尋ねる。
「ここであのケットシーに指示を出すなら考えられるのは一つだよ……」
「なんだ?」
「分かるだろう?」
「……当然、攻撃に関することだろうな」
「ああ、そうだ。おそらくだけど……」
「おそらく?」
「レイナの鉄壁を崩す、必殺シュートでも伝授したんじゃないかな?」
「必殺シュートだと? そんなものがあってたまるか」
「まあ、それは冗談だけどね。警戒するに越したことはない」
「それはそうだな……」
「今は苦しい時間帯だけど、ここさえ凌げば、また流れは変わるはずだよ」
「ああ……」
リンとローはそれぞれのポジションに戻る。
「よし! こっちにゃあ! ……あっ!」
トッケが少しポジションを下げて、ボールを受けようとするがヒルダにカットされる。
「良いぞ、ヒルダ! 裏への抜け出しには注意しろ!」
「……」
リンがヒルダに声をかける。ヒルダは無言で右手の親指をサムズアップする。
「くっ! もう一度にゃあ! ……ああ!」
トッケが再びボールを要求するが、またしてもヒルダにカットされる。
(ディフェンスライン裏への抜け出しが生命線だろうに……ディフェンスを前に残した状態でボールを受けてもどうにもならんだろう……ヤケになったのか?)
リンがトッケの様子を見て、不思議そうに首を傾げる。
「……!」
「ゴブちゃんが抜け出した! いっけえ!」
「……無駄」
ゴブのシュートはレイナが魔法でストップする。
「……‼」
「今度はルトちゃんが抜け出した! 撃て!」
「……それも無駄」
ルトのシュートもレイナがストップする。
「……⁉」
「こぼれ球がちょうどスラちゃんに! 狙えるよ!」
「……だから無駄!」
スラのミドルシュートもレイナが魔法で軌道を変えてみせる。
(ケットシーへの指示はおとりか? 奴にボールを集めると見せかけて、他の連中にシュートを撃たせている……。レイナの調子は良さそうだが、シュートを撃たせ過ぎるのも良くない傾向だ。ケットシーへの注意を他に向けるか……)
リンが味方に指示を出す。それを見て、フォーがベンチから立ち上がり合図を送る。
「……今よ!」
(なんだ⁉ フォーメーション変更か⁉)
リンが戸惑う。しかし、陣形の変更はとくに見られない。それもまたリンをはじめ、越谷側を困惑させた。
「ヘイ! ボール、くれにゃあ!」
ゴール前の良い位置でトッケにボールが渡る。ななみが叫ぶ。
「トッケちゃん! 落ち着いて!」
(やはり、本命はケットシーか⁉ だが、シュートコースさえ消せば……!)
リンが出足鋭くトッケにプレッシャーをかける。
「むっ⁉」
「ヒルダ! ここで奪えばチャンスになるぞ!」
「‼」
ヒルダも迫り、トッケがボールキープに苦戦する。
「ちっ!」
「もっと寄せるぞ、ヒルダ!」
「くうっ!」
トッケがたまらず後ろを向く。リンが笑みを浮かべる。
(ここでバックパスか。後方に下げる分には問題ない!)
「ええい!」
「なっ⁉」
トッケがバックパスを空振りしたかと思うと、かかとでボールを蹴ったのである。いわゆるヒールキックである。ボールは虚を突かれたリンとヒルダの間をすり抜けていく。
「パスにゃあ!」
(いや、こんなパスには味方も反応出来ないはず……待てよ、パス⁉)
「ちいっ⁉」
レイナが慌てて手を掲げるが、ボールは越谷ゴールへ吸い込まれていく。フォーが呟く。
「シュートはゴールへのパスとはよく言ったものね……」
パスだと認識したため、魔法が発動しなかった。現在、スコアは7対7、同点である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます