第11話(1)蹂躙を誘う

                  11


「ボールをちょうだい!」


 ビアンカが声を上げる。


「……」


「ちょっと!」


「ちっ……分かっている!」


 リンが舌打ちしながら、サイドに広がったビアンカにボールを渡す。


「へへっ、また突き放すまでだよ……」


「お、おい! 女騎士!」


「ん?」


 ビアンカが声のした方に視線を向けると、そこにはクーオの姿があった。


「かかってこい! お前なんかにこれ以上負けないべ!」


「へっ、声が震えているよ」


「ど、どうした⁉」


「お望み通り、行ってやるよ!」


 ビアンカがサイドから中央に切り込む。リンが声を上げる。


「ま、待て!」


「と、止めるべ!」


「やってみなよ!」


「どおっ⁉」


 ビアンカのドリブルをスライディングタックルで止めに入ったクーオだったが、逆に弾き飛ばされてしまう。ビアンカが笑う。


「ははっ! 前半にも何度もあっただろう⁉ 学ばないねえ!」


「貰ったラ~」


「なに⁉」


 やや大きくなったビアンカのドリブルを狙って、スラがボールを巧みに掠め取る。スラは素早くサイドに展開する。


「戻れ、ビアンカ!」


「わ、分かっている!」


 リンの指示に応え、ビアンカは守備に戻る。


「そらっ!」


 船橋の攻撃をヒルダがヘディングで跳ね返す。ボールが再び、サイドのビアンカのもとへと転がっていく。リンが前方を指差しながら指示を出す。


「よし、ゴブリンが上がっている! その裏のスペースを使えるぞ、縦にボールを運べ!」


「ああ!」


「か、かかってこいや、女騎士!」


 クーオが再び声を上げる。ビアンカが反応する。


「む!」


「ま、負けるのが怖いべか⁉」


「それはこっちのセリフだよ!」


 ビアンカがサイドから中央に向けて斜めに切りこむ。リンが慌てる。


「ま、待て! そのままサイドを突破しろ!」


「オークめ! 何度でも蹂躙してやるよ!」


「くっ……!」


 ビアンカの迫力に圧されたのか、クーオがあまりに極端過ぎるバックステップを見せる。それを見て、ビアンカはまた笑う。


「なんだよ、ビビっちまったのか⁉」


「今ラ~!」


「それっす!」


「なっ⁉」


 クーオに向かって突っ込んだビアンカをスラとルトが上手く挟み込み、こぼれたボールを拾ったルトがすかさず前線に繋ぐ。


「やったラ~」


「狙い通りっす!」


 スラとルトがハイタッチをかわす。ビアンカが戸惑う。


「そ、そんな……」


「わざわざ密集地帯に突っ込むからだ! 戻れ!」


「ちっ!」


 リンに怒鳴られたビアンカは舌打ちしながら、自陣に戻る。


「何度でも跳ね返す!」


 ヒルダが船橋の攻撃を再び防ぐ。 ビアンカがサイドで手を挙げ、ボールを要求する。


「ヒルダ!」


「そらっ!」


「よし!」


 ビアンカはヒルダからボールを受け取り、前を向く。リンが注意する。


「つまらん挑発には乗るなよ!」


「分かっているよ! 二度あることは三度ある!」


「馬鹿! それを言うなら、三度目の正直だ!」


 リンの言葉を背に受けながら、ビアンカがサイドライン際を突破していく。


「ふ、ふん!」


「む⁉」


 ビアンカが驚いた。クーオがわざわざサイドにまで出張ってきたからである。


「得意のプレーエリアでお前を潰すべ!」


「やれるもんなら……やってみな!」


「むう!」


 ビアンカが巧みなステップでクーオの脇をすり抜けていこうとする。リンが注意を促す。


「まだだ!」


「‼」


「うおおっ!」


 クーオがビアンカに激しく喰らい付き、強烈なショルダータックルを喰らわせる。


「くっ……」


「ふふっ、ことごとく狙い通りだべ!」


(狙い通り? 抜かせたのはわざとか? だが、この程度のタックルなど跳ね返す!)


「⁉ う、うおおっ……」


「ピィー‼」


 ビアンカがタックルを仕返したが、その際にビアンカの肘がクーオの大事なところにクリーンヒットしてしまい、クーオが倒れて悶絶する。レフェリーはビアンカのファウルを取った。ビアンカが大声で抗議する。


「ちょっと待ってくれ! 正当なタックルだ! 体格差の関係上、たまたま肘が当たってしまって……コイツのナニが無駄にデカいのが悪い!」


「お、大声で何を言っている⁉」


「!」


「なっ……」


 審判がビアンカにイエローカードを提示する。素早くゴブがプレーを再開する。


「も、戻れ! ビアンカ!」


 船橋はリズミカルにボールを繋ぎ、ルトがゴール前に近づく。ヒルダが考えを巡らせる。


(ケットシーはわたしが、魔王はローが見ている。このコボルトにシュートを撃たせても、今日のレイナなら問題はない……!)


「うおおおっ! ルト、ボールを寄越すべ!」


 クーオが猛然と駆け上がってきた。ルトは横パスを送り、クーオはシュート体勢に入る。


「させないっての!」


「無茶なタックルはやめろ! イエローもう一枚で退場になるぞ!」


「! くっ!」


 リンの叫びを耳にしたビアンカが中途半端に伸ばした足にクーオの当たり損ねのシュートが当たり、ボールの軌道が大きく変わる。レイナの魔法はこれをシュートとは認識出来なかったようで、ボールはゴールネットに吸い込まれていく。


「や、やったべ!」


 クーオが様にならないガッツポーズを決める。現在のスコアは3対7である。

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