第10話(2)アウゲンブリック船橋対リュミエール越谷

「ピィー!」


 審判の笛が鳴り響く。アウゲンブリック船橋のキックオフである。


「ルト、ボールをよこせ!」


「はいっす!」


 ルトがボールをレイブンに渡す。レイブンはしばらくその場に立ちつくす。


「……?」


 リュミエール越谷のメンバーがやや困惑する。リンが声をかける。


「ロー!」


「ああ、僕が取りに行く!」


「ふん!」


「なっ⁉」


 レイブンが後ろを向き、ボールを蹴る。リンが首を傾げる。ローが訝しがる。


「キーパーまでボールを下げただと?」


(随分と消極的……もとい、慎重な入り方と見るべきか? いや、これは⁉)


「レム! 思い切り前に蹴り出せ!」


「おおっ!」


 レイブンからのパスをレムがダイレクトに蹴り出す。ボールは越谷の陣内中央まで勢いよく飛ぶ。そこにクーオが猛然と走り込んでいた。リンが驚く。


(本来はセンターバックであるオークがこの位置に⁉)


「リン、競り合え! ヒルダは間に合わない!」


「くっ!」


「無駄だべ!」


 体術の自信があるリンといえども、双方の体格差はいかんともしがたく、競り合いはクーオに軍配が上がる。クーオが強烈なヘディングでボールを右サイドへと送る。そこにはゴブが走り込んでいた。


「よし!」


「ピティ! チェックだ!」


「は、はい!」


「へっ、遅いぜ!」


「あ、あら⁉」


 ゴブがボールを後方に下げる。そこにはスラがいた。


「そラ~!」


 スラがダイレクトで逆サイドへボールを送る。ローが声を上げる。


「サイドチェンジか! 誰がいる⁉」


「ふにゃあ!」


 上手く位置を取ったトッケがそのボールを受ける。ローが続け様に声を上げる。


「マズい! ヒルダ、タックルで潰せ!」


「おおう!」


「いやいや、それはごめんだにゃあ!」


「む!」


「しまっ……!」


「……上出来だ」


 トッケが中央に丁寧に折り返したボールへ飛び込んできたレイブンが、そのボールを冷静に、かつ強烈に蹴りこむ。ボールはゴールネットに突き刺さった。ベンチのななみがこれでもかと大きな歓声を上げる。


「きゃあああ! 先制よ!」


「ふっ、これも……」


「やったあ!」


「ごふっ⁉」


 得意気に喋り出そうとしたフォーに対し、ななみが思い切り抱き付き、揺らす。


「やった! やった!」


「こ、これも……」


「大事な大事な先制点よ!」


「しゃ、喋らせなさいよ!」


「あ、ご、ごめん……」


 ななみが慌ててフォーを離す。


「ま、まったく……これも作戦通りよ。序盤からのクーオを前方に上げてのパワープレーはさすがに予想していなかったでしょうね」


「確かに面食らっていたわね」


「ふふっ……」


「でもゴールは基本的な、相手の守備に対し、左右に揺さぶりをかけるパスワーク……」


「そう、奇策と基本を組み合わせたの……思った以上に有効だったわね」


「見事な先制パンチね!」


「そうね、でも……」


「でも?」


 ななみが首を傾げる。


「ここからどうなるか……」


「勢いのまま追加点を取りにいきましょう!」


「いや、そうは上手くいかないでしょう……」


「むう……で、でも、相手が攻めてくればカウンターが狙えるわ!」


「慎重に来たら?」


「そ、それならそれで好都合よ! 膠着状態に入れば、焦るのは向こうだわ!」


「そうだと良いんだけど……」


「え?」


「まあ、様子を見てみましょう……」


 フォーが腕を組んでピッチを見つめる。


「ふっ……こんなものか?」


 レイブンがローに声をかける。ローは笑う。


「出会い頭の事故のようなものだよ、気にしていない」


「そうか?」


「ああ、これから君たちが歓喜するようなことは二度とないよ」


「ふん……」


 試合が再開される。落ち着きを取り戻した越谷が攻める。


「とったラ~!」


 良い位置でスラがボールをカットする。リンが舌打ちする。


「ちっ!」


「よし、スラ! よこせ!」


「はいラ~」


 スラからレイブンにボールが渡る。


「いけ! トッケ!」


 レイブンから絶妙なスルーパスがトッケに通る。トッケは間髪入れずシュートを放つ。


「それにゃあ!」


「良いシュート! これは決まった!」


 ななみが立ち上がって声を上げる。


「そうはさせない……」


「‼」


 ゴールの片隅へ鋭く飛んでいたボールがピタッと止まる。片手を挙げたレイナが呟く。


「今日は超絶好調だって言ったでしょ……」


「ふにゃ⁉」


「ちっ、賢者の魔法によるボールストップか!」


 レイブンが舌打ちする。


「……はい」


 レイナが片手を振ると、ボールが中央に飛ぶ。レイブンが指示を出す。


「ルト! スラ! ボールをキープしろ!」


「はいっす!」


「はいラ~!」


「そうはさせん……!」


「ぬおっ⁉」


「う、うラ~!」


 リンがルトとスラを吹き飛ばすようにボールをキープする。レイブンが審判に抗議する。


「審判! 反則ではないか⁉」


「……!」


 審判は首を左右に振る。


「なっ⁉」


「正当なプレーだ。容易に吹き飛ばされるこいつらの功夫が足りんだけのこと……それ!」


 リンが左サイドにボールを送る。ピティより先にゴブがボールに追いつこうとする。


「へへっ! もらったぜ! なっ⁉」


 ゴブのスピードが落ち、追い抜いたピティがボールをキープする。


「ご、ごめんなさい、私も今日は魔力の調子が良いみたいで……」


「ス、スピードを遅くする魔法をかけやがったのか⁉」


「ビ、ビアンカさん!」


 ピティが縦に蹴りこんだボールにビアンカが追いつく。そこにクーオが迫る。


「フヘへ……た、多少の接触は致し方ないんだべ……」


「……アンタ、どうやら勘違いしてるようだね」


「はあ?」


「アタシはオークを蹂躙するのがなによりの趣味なんだよ!」


「グヘエッ!」


 ビアンカが直線的なドリブルでクーオの巨体を思い切り吹き飛ばした。前線から戻ってきたトッケがそれに対応する。


「そらっ!」


「クロス⁉」


 ビアンカが逆サイドに鋭いクロスボールを送る。そこにはヒルダが走り込んでいたが、スラとルトもそれを読んでいた。


「こ、今度こそ止めるラ~!」


「体格差があっても、タイミングさえ合えば……!」


「悲しいまでの貧弱さ!」


「「⁉」」


 ヒルダにスラとルトが吹っ飛ばされ、ボールはヒルダによって頭で中央に折り返される。そこにはドラゴンの姿と化したラドが待っていた。


「グオオッ!」


「‼」


 ラドの放った強烈なシュートがゴールに突き刺さる。これで同点である。


「ざっとこんなもんさ……」


 ローがレイブンに向けてウインクする。

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