第3話(2)フワッとした言葉

「……し、試合って、だ、大丈夫かよ……」


 明くる日、クラブハウスのロッカールームでゴブが不安そうに呟く。


「ね、姉さんの言葉を思い出すんだべ……」


「え?」


 ゴブがクーオを見る。


「『大体、なんとなくではあるけれど、それっぽく形にはなってきている。フィーリングが上手くいけば良い感じになると思うわよ、多分』……って言っていたべ?」


「ああ、そういえば言っていたな、すごいフワッとしたことを……」


「不安しかないっすね」


 ゴブが頭を抑え、ルトが頭をかく。


「なんだべ、お前ら、姉さんを疑ってんのか⁉」


「そういうわけじゃねえけど……」


「いまいち自信が持てないって話っす」


 ゴブとルトが俯く。


「あわわ……みんな不安そうラ~」


「それも無理がない話だ……」


「初めて間もないのにいきなり実戦だと言われたら誰だって不安になるみゃあ……」


 スラの言葉にレムとトッケが反応する。


「……」


「…………」


「………………」


 沈黙が続き、暗い雰囲気が漂う。


「な、なんだべ! お前ら、だらしのない!」


 クーオが叫ぶ。スラが驚く。


「ク、クーオ……?」


「だらしのない体の奴に言われてもみゃあ……」


「トッケ、茶化すな……」


 レムがトッケをたしなめる。


「き、昨日のミーティングの姉さんの最後の一言を思い出すんだべ!」


「? なんか言っていたみゃ?」


「トッケ……お前、また寝ていたな……」


 トッケの問いにレムが呆れる。


「姉さんはこう言ったべ! 『やれば出来る! 頑張ればなんとかなる!』」


「あらためて思い返すとすごいフワッとしているな……」


「しかも一言じゃないっす……」


 ゴブとルトが揃って頭を抱える。


「……みんな、準備は良いかしら?」


 ドアの外からななみの声がする。


「ね、姉さん⁉」


「入っても大丈夫?」


「は、はい!」


「失礼します……おっ、みんな着替えたわね」


 ななみがロッカールームを見渡す。


「き、着替えたけども……」


「少し、いやかなりサイズが……」


 クーオとレムが自分たちのピッチピッチのユニフォームを指差す。


「オイラはブッカブカだ」


「俺もそうみゃあ」


 ゴブとトッケが自分たちのブッカブカのユニフォームを指差す。ななみが苦笑する。


「あ~ごめん、なにしろ急に決まった話だから……」


「決めたのは姉さんじゃ……」


 ルトが小声で呟く。


「今日は即席のユニフォームで我慢して、すぐに正式なユニフォームを用意するから」


「せ、正式なユニフォーム……!」


 スラが目をキラキラと輝かせる。


「それじゃあ、グラウンドに行きましょうか」


「は、はい!」


 ななみの言葉に応じ、クーオたちはグラウンドに出る。練習も行っているクラブハウスに併設された芝のグラウンドである。


「どこかに移動しなくて良いのは楽でいいみゃあ」


「クラブハウスとグラウンドだけは結構立派だから……」


 トッケの言葉にななみは自虐的に応じる。ルトが呟く。


「相手はまだ来ていないようっすね」


「どんな相手か楽しみラ~」


「楽天的だな、スラ……」


 レムが呟く。ゴブがぼやく。


「羨ましいぜ、その性格……ん?」


「どうしたべ、ゴブ?」


「い、いや、グラウンドに誰かが……」


 ゴブが指を差す。眠そうな目をこすっていたトッケが驚く。


「あ、あれは……魔王⁉」


 レイブンが既にグラウンドでアップを始めていた。


「ほっ! ほっ! ほっ!」


「み、見事なボールさばきだ!」


 ゴブが目を丸くする。ななみが呟く。


「……リフティングね」


「ふっ!」


「な、なんだ⁉ かかとでボールを上に上げたべ⁉」


 クーオが驚く。


「……ヒールリフトね」


「はっ!」


「吸い付くようにボールを止めた!」


 ルトがびっくりする。


「……トラップね」


「へっ!」


「は、速いボール運びだ!」


 レムが感嘆とする。


「……ドリブルね」


「はっ! ひっ! ふっ!」


「ボ、ボールをまたいだみゃあ!」


 トッケが仰天する。


「……フェイントね」


「それっ!」


「す、凄いキックラ~」


 スラが目を輝かせる。


「……シュートね」


「ふう……こんなものか」


 レイブンは汗を拭う。ゴブたちは戸惑い気味に呟く。


「レ、レイブン様、練習に全然参加していなかったけど……」


「ああ、すごい上手いべ……」


「あ、圧倒的っす……」


「なんでも器用にこなすラ~」


「ああ、さすがは魔王様だな……」


「もう魔王一人でも充分勝てるみゃあ」


「いえ……」


「!」


 皆の視線がななみに集まる。


「サッカーはそんなに甘いものじゃないわ……」

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