第1話(2)魔王、察する

「左様……」


「さ、左様って! 生で初めて聞いた!」


「やかましい女じゃな……」


「や、やかましい⁉ っていうか、なんなのよアンタは⁉」


「だから魔王だと言うておるじゃろう……」


「ま、魔王って……」


 ななみが視線を逸らす。レイブンと名乗った男が首を傾げる。


「ん?」


「かわいそうに……頭を強く打ったのね……やっぱり病院に連れていった方が……」


 ななみが小声で呟く。


「おい」


「えっ⁉」


「ワシの質問に答えろ」


「質問?」


「ああ」


「なんだっけ?」


 レイブンがガクッとなる。


「貴様……」


「き、き、貴様って⁉ 初めて言われた!」


「ワシに対して良い度胸じゃな……」


「に、睨んだって怖くないわよ!」


「ふん……まあいい、ここはどこだ?」


「え?」


「聞こえないのか? それともよほどの馬鹿なのか?」


「ば、馬鹿って⁉」


「聞こえてはいるのだな。つまりは馬鹿か」


「ちょ、ちょっと、なんていう言い草よ!」


「質問に答えろ」


 レイブンが凄む。ななみが答える。


「え、えっと……船橋よ」


「フナバシ?」


「ええ、千葉県の」


「チバケン?」


「まさか知らないの? 地理の成績悪かったのね……」


「……ここはなんという国だ?」


「は?」


「なんという国じゃ?」


「まさかそれも分からないの? 本当に病院に……」


「早く教えろ!」


「!」


 レイブンがいきなり大声を出した為、ななみはビクッとする。


「……国名は?」


「ジ、ジパングよ……」


「! ジパングじゃと……⁉」


「え、ええ……」


 ななみが頷く。レイブンが頭を軽く抑えながら呟く。


「確か勇者のパーティーの一人がそんな国の出身だと聞いたことがあるのう……」


「は? 勇者?」


 ななみが首を傾げる。レイブンが頷く。


「そうか、合点がいったぞ……」


「合点って……」


「そういうことか!」


「わあっ⁉ ま、前を隠しなさいよ!」


 いきなり立ち上がったレイブンにななみは驚く。


「分かったぞ……」


「何が⁉」


「ワシが転移したんじゃ、


「はあ?」


「恐らく、あの時の決戦で、ワシと勇者、互いの力が激しくぶつかり合い……」


「ちょ、ちょっと待って!」


「なんだ?」


「話がさっぱり見えないんだけど……」


「貴様に話しているつもりはない」


「き、聞く権利くらいあるでしょうが! あなた、勝手に人の土地に入ってきたんだから!」


 ななみがレイブンをビシっと指差す。レイブンがため息をつく。


「はあ……」


「ため息⁉」


「……まあいい、誰かに話すことで考えがよりまとまるからな……」


「そ、そうよ……」


「馬鹿な貴様にも至極分かりやすく話してやろう」


「また馬鹿って言った!」


「ワシは『異世界転移』をしたのじゃ……」


「……え?」


「以上じゃ」


「い、いやいや! 全然分からないから!」


 ななみが手を左右に勢いよく振る。レイブンが呆れる。


「何故これで分からんのじゃ……」


「分かるか! なによ、異世界転移って! あなた、そういうものの見過ぎなんじゃない⁉」


「そういうもの?」


「最近とにかく流行っているのよ、異世界転生とか、転移だとか! そういう小説やらマンガやらアニメやらが!」


「……マンガ? アニメ?」


 レイブンが首を捻る。


「仮想と現実がごっちゃになっちゃっているのよ! やっぱり早く病院に……」


「……よく分からんが、ワシが作り物の話をしていると思うているな?」


「ええ、そうよ!」


「ならば証拠を見せてやろう……」


「証拠?」


「ああ……」


 レイブンが壁に向かう。ななみが不安そうに尋ねる。


「な、何をする気?」


「『地を揺るがし、壁を穿て!』」


 レイブンが壁に向かって、右手をかざして叫ぶ。


「⁉ ……?」


「……?」


 なにも起こらなかった為、ななみとレイブンは揃って首を傾げる。


「ど、どうしたの?」


「じ、地面すら揺れなかったのう……」


「そ、そうね、ナニか別の物が揺れていたけど……」


「なに?」


「な、なんでもない! っていうか、いい加減服を着てよ!」


「む……ちょっと待て」


「ん?」


「『衣を我にもたらせ!』」


 レイブンが自分の体に向かって手をかざし、叫ぶ。しかし、何も起こらなかった。


「……あ、あの……?」


「そ、そんな……魔力が失われている……⁉」


 レイブンは愕然となって、両膝をつく。

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