第1話(1)現場検証

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「な、なんで裸⁉ い、いや、それよりも誰⁉」


 ななみは目の前の信じられない事態にただただ困惑する。


「はっ! 警察! い、いや、救急車⁉」


 ななみは慌てながらも端末を取り出す。電話をしようとして、思い留まる。


「ちょっと待って……」


 ななみは周囲を見回す。


「落雷だと思ったら、天井に穴は空いていない……鍵はかかっていた……そこに倒れ込む男性……これってひょっとして……」


 ななみは冷静な状況確認から結論を導き出す。


「密室殺人⁉」


 前言撤回。まったく冷静ではなかった。


「と、とにかく通報を! いや、ちょっと待って!」


 ななみは端末の画面をタップしようとするが、やめる。


「こ、この状況だと……もしかして……私が第一発見者ってやつ⁉」


 もしかしなくてもそうである。


「事件では、第一発見者を疑うのが鉄則っていうし……このままだと私が容疑者扱い⁉」


 ななみの綺麗な顔が青ざめる。だが、ななみは首をぶんぶんと左右に振る。


「い、いいえ、そんなことは言ってられないわ! ちゃんと調べてもらえば、私はシロだってすぐに分かるはず……早く通報を!」


 ななみが端末に指を伸ばす。


「い、いや、ちょっと待って!」


 ななみの脳裏に様々な記事が浮かぶ。


『新たな不祥事! クラブハウス内で殺人事件‼』


『クラブ所属の美人広報、男性に性的暴行疑惑‼』


『クラブハウス内に痴漢侵入! モラルに疑問‼』


「あー! 駄目よ、駄目駄目! これ以上のスキャンダルは致命的だわ!」


 ななみが両手で頭を抱える。


「……ん」


「はっ⁉」


 男性から声が漏れたのをななみは聞き逃さなかった。とりあえず胸をなでおろす。


「良かった……まだ息はあるのね……」


 ほっと一安心も束の間、ななみは端末を手に取る。


「きゅ、救急車を呼ばなきゃ……! で、でも、この状況、救急隊員の人になんて説明したら良いのかしら?」


 ななみは首を傾げる。一瞬間をおいて、端末をポケットにしまう。


「も、もう一度、状況確認をしてみましょう……」


 ななみは男性に近づき、観察する。


「黒髪、短髪、見た目は若い……同世代くらいかしら? それにしても……」


 ななみは一旦距離を取って呟く。


「なんで全裸なの?」


 もっともな疑問であった。ななみは観察を続ける。


「非常に均整の取れた筋肉質なボディだわ……アスリートのような体型ね。ひょっとして選手? でも、こんな選手、うちにいたかしら? いやいや、全く見覚えがないわ……」


 ななみはぶつぶつと呟きながら、まじまじと観察する。


「それにしても立派だわ……い、いや、別にナニが立派とは言っていないわよ!」


 お前はナニを言っているんだ。


「もうちょっと、体の観察を……さ、触ったらマズいわよね? 視点を変えて……」


 ななみは男性の周りをウロウロする。明らかに不審者の動きである。


「……見たところ、体に目立った外傷はない……うん、分かったわ」


 ななみは結論に至る。


「事件性なし!」


 とんでもない結論であった。


「さて、通報云々はこの際良いとして……」


 良いのだろうか。


「この人は何者かしら?」


 ななみは再び男性の顔の方に近づく。


「どうしてなかなか……イケメンね。ちょっとヤンチャしてそうな雰囲気……」


 お前は何を言っているんだ。


「女性人気は取れそうね……若い女性サポーターを獲得することはクラブ人気の為にも、重要なことだから……」


 ななみは顎に手を当てて、目を閉じてうんうんと頷く。やや間をおいて……


「……広報の血がうずくわ!」


 バッと目を見開く。広報の血ってなんだろうか。


「寝顔を見てピンと来たわ! 『ギャップ萌えMVPを選ぼう!』、選手の寝顔を撮って、SNSに上げるの! これはバズるわよ!」


 サッカー関係ない企画。


「まあ、今、選手いないんだけどね……」


 ななみは肩を落とす。さきほどから感情の起伏が激しい。


「この鍛えられた見事な肉体……雑誌の表紙を飾れるんじゃない⁉ 出版社に売り込みを!」


 ななみは端末を手に取って、再びしまう。


「まだジパングリーグにも加盟していないクラブの選手なんて、誰が取り上げるのよ……」


 急に冷静になる。


「う、うん……」


「⁉」


 男性から再び声が漏れる。ななみが驚く。


「くっ……」


「ね、寝言……」


 ななみは男性に近づいて耳をすませる。


「お、おのれ……」


「お、おのれ⁉」


「ここまで追い詰めるとは……」


「追い詰められてる⁉」


「これで勝ったと思うなよ……」


「ど、どういう状況⁉」


「野望の炎は消えん……」


「野望⁉ どんな夢⁉」


「ワシが生きている限りな……」


「ワ、ワシ⁉ 一人称ワシ⁉」


「ん……」


「あ、寝言止まった……」


 ななみはとりあえず男性から離れる。そして腕を組んで呟く。


「……分かったことがあるわ」


 お?


「かなりの“イケボ”ね」


 違う、そこじゃない。


「枕元で囁く設定のASMRなんかやったらウケるんじゃないかしら……ワシって一人称も……ユニークで目立つこと間違いないわ。うん、良いわね……メモッとこ……」


 謎の手ごたえを得たななみが端末を取り出して操作する。


「……おい」


「ちょっと待って、今忙しいから」


「ワシにそういう態度をとるのか……」


「今考えをまとめているのよ……んん⁉」


 ななみが振り返ると、男性が半身を起こしていた。男性が問う。


「ここはどこだ?」


「あ、あなたは誰よ⁉」


「ワシか? ワシは魔王レイブンじゃ」


「はあっ⁉ ま、魔王⁉」

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