バディ

桜舞春音

女王編

第1話 興味

 宇宙。

 万物を包み広がりつづけ、時を生み時に翻弄される青い蒼い生命体。


 宇宙空間が不思議に満ちているその理由。それは人に許された空間ではないからだ。


 人類は宇宙の起源について、無の空間のゆらぎからインフレーション、ビッグバンが起こり空間が生まれたと説明する。それは”彼女”にいわせれば、半分正解で半分間違い。


「クババ様、そろそろご支度を」

「ああ……もうそんな時間ね」

 世話係のケルビム・ビスタのドア越しの声に、本を読んでいたクババは立ち上がりピンクのドレスに着替えだした。


 ショッキングピンクしかない寝室の真ん中に置かれるオートクチュールのシーツがかかったベッド。その横にある猫足チェストでは、王の証であるレガリアが無為に主を眺めている。


 女王クババといえば、無の空間から突如降臨しこの世界のすべてを創り今なお司る唯一無二の女王として名を馳せる存在だ。今となっては彼女が作り出した生命の持つ”性”で繁殖をするものの、それをせずともどこをどうごまかしたか無から有を生み出せるから、聖なる母とも呼ばれている。


 しかしそんな聖なる母も全知全能の神ではない。未知の領域というのは存在した。

 ―私が手を加えなくても、無の空間から命や物質は誕生するの?それは継がれ、育つの?


「クババ様、車の用意ができました」

「ありがとう、もう行くわ」

 ケルビムの運転で、クババはアポ無しである場所へ向かう。

 国一番の研究者、その研究所。

 クババが問いの答えを求めて、研究を依頼した先だ。頼んだ時の話ではもうできているはずなので、それを見に行こうとしていた。


 この車も、その研究所が開発し販売する商品だ。水の流れを利用して得たなんやをなんやでエネルギーに変換して走るらしい。説明されたところでクババでは到底理解できない心臓を持つそれで小一時間走ると、目的の研究施設に到着した。


「heyyy、来ちゃった☆」

「!!!!」

 突然の訪問に、所員は廊下の壁に体当りしながら走り所長を引っ張り出してくる。

「お願いしてたあれを見に来たんだけど」

「はい、もうご覧いただけますよ」

 所長セラフィム・イレジスティービレはクババの我儘をいつも聞き入れてくれる貴重な存在で、ケルビムからすると我儘を助長する厄介な存在。

 ただ腕はピカイチで、この国の科学はほぼこいつによって支えられている。


「こちらです」

 セラフィムは奥まったところにある部屋の鍵を開いた。壁一面がディスプレイに埋め尽くされる薄暗い部屋。その中心には、淡く青に照らされる球体が浮かんでいた。

「まだ初期段階ではありますが」

 セラフィムの言葉に、ケルビムとクババは顔を近づける。


「この空間は無から生まれたのですが、―(以下専門用語)」

「……それは同じ言語かしら?」

 セラフィムの説明は詳しく早口なので綺麗さっぱり上の空。ケルビムが呆れ顔で咳払いするとセラフィムは壁際のパネルを引っ張ってきて資料を示した。


「気を取り直して……我々はこちらの空間を”universe宇宙空間”と呼んでいます。万物を包む空間で、物質に溢れています」

「この空間なら、生き物やその他諸々が生まれるわけ?」

「その可能性が高いということです」

 クババは宇宙にもう一度意識を乗せる。


 数刻で物質同士が重なり溶け合い物体を生み、クババでは到底理解できない力をエネルギーとして発生させ始めた。それが幾万幾億とつながっていく。

「随分忙しないわね」

「実験の都合上時間軸をずらしてあります。普通にやったら何億年かかるか……」

 セラフィムが補足する。


「肉眼で見ることは?」

「できますよ」

 クババはケルビムに出された答えに目を輝かせた。

「どうやるの?!」


 宇宙空間には、基本的にクババたちが生きるのに必要な大気がない。だから、その限りなく過酷な空間に耐えられる星間航行システムを搭載するモビリティが必要となる。

 クババの我儘を助長していくスタイルのセラフィムはすでにそれを用意してくれていた。ケルビムが甘やかすなと一喝。

 クババは安定的に右斜め下を突いてその飛行船に彫刻を彫っていた。


 四角い形をした乗り物は空気がないからこそ実現できる。中が大変広いので三人でも苦労はなかった。


「どの星がいい感じ?」

「そうですね……基幹銀河二号系統、コスモ銀河の5517cはハビタブルゾーンの確立まであと間もなくといった様相がみてとれるかと思いm

「そこにしましょう!!」

 クババは気絶前にマニュアル通り飛行船を操作しその星へ飛び込んだ。


「明るいわね」

「コスモ5517という恒星が近くにあるので、光と熱が供給されています」

 その星は明るかった。クババたちが住む世界の昼間と似た様子がある。

 セラフィムは眼鏡をかけ、プリントアウトした資料を読む。

 誕生してすぐは火山とマグマの海が岩石を這う地獄絵図だったが、大気ができガスによって雲から雨ができれば気温は下がりこのような状態になった星……とのこと。

 

「ううん、何もいる様子わないわねぇ」

「……クババ様、こちらのスコープを起動してください」

「え?」

 いわれるがままに操作をして、操縦桿のすぐ左のボタンを押したら画面に拡大画像が表示。

「あらやだ、いるなら言いなさいといつも言ってるじゃないの」

「なぜに母親面……」

「いやこれ言ってみたかったのよ〜」

 海の中には、極小単細胞生物バクテリアが腐るほどいた。


「星の名前つけない?」

「え?」

「だって、いちいちコスモ何番なんて面倒じゃない。この銀河だけでもつけましょうよ」

「たしかに、今後定期的に観察をするならそのほうが楽ですね」

「だら?!どうしようかしら……この真ん中のはアツいから本気成灯マジナルドとかd

「却下で」

「ええ、ほなこの生き物いるやつは芽葉琉希星めばえるきらりとk

「ネーミングセンス」

「じゃあほかになにがあるのよ」

「普通に九臣くじん由来でつければいいんじゃないですか?ちょうど九個やし」


 九臣とは、クババと国民のみんなが選んだ英傑たちで、クババと農耕や商売の管理を行う大臣。議席数の関係でクババ入れて一〇人だったから、この銀河に名前をつけるのにはちょうどよかった。


 恒星を太陽と名付けたから、太陽系となった。太陽から外側に向かい、水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星。


 宇宙の外に戻り、時間をさらに速めて観察していると、地球は何回か氷に覆われる現象に見舞われた。セラフィムはスノーボールアースと名付けて論文を書いたりなんやしていた。

 早口すぎて書きながら喋ると手が追いつかない。


 多細胞生物は数億年生まれなかったが、ハビタブルゾーンが確立してからみれば早い段階だった。


 翌朝。

「……ま!……様!!クババ様!!」

「何っ?!火事?!」


 バッシーン


「火事なんかではありませんよ、今日はセラフィム氏を訪ねる日でしょう。目覚ましをかけてくださいとあれほど……」

 朝の弱いクババはこの朝もまた世話係・ケルビムに叩き起こされた。直々の命令として、目が覚めるまではいいことになっている。

「目覚ましなら鳴ったわよ、けど眠くて」

「鳴ったなら尚悪いです」


 前回の訪問から二日。実験時間にしてまた数億年……五億三〇〇〇万年が経った頃、セラフィムから呼び出しをくらった。朝がはやいのが難点だけど、悪い気はしない。

 彼の呼び出しの本質は、宇宙空間の変化だから。


 森の中に佇む真っ白い建物に目立つクババの黄色い車が停まる。重い扉が開いて、珍しくセラフィムが出迎えた。

「どうぞ」

 いつもより平坦に、宇宙空間へと通される。

「先日のコスモ5517c……”地球”ですが、先日爆発的に生命数が増えました」

 そのままディスプレイを伸ばした。そこに泳いでいるのは、目が五つもあって口か鼻かわからん筒を持っているやつとか、それを触覚で食べるやつとかいろいろだ。

「今の時代はカンブリア紀と呼んでいます。この急速な生命の多様化はカンブリア大爆発とでも呼ぶしかありませんが……」

「なによ、えらく自信なさげね」

 

 セラフィムはこだわりが強い。いつもわからない事を完璧に解決し、それを誇りに思っていた。それが、この歯切れの悪さは疑問だ。

 クババの問いに、一息、セラフィムは応え始める。


「このカンブリア紀の生命増加を、説明できないんです。奇跡か、自然選択では発見できない何らかのメカニズムが存在する、としか」

 クババにギリ解るレベルで説明してくれることに救われる。


 生物の基礎が遺伝であることは、クババたちの世界でも大前提となっている。それは、何世代も繰り返し受け継がれ変化しないと進化を選ばない。

 だからこそ、短期間での大進化はありえないのだ。


 だけどわからないならわからないでいいと思う。


 クババは興奮していた。その正体は、未知への高鳴りかもしれないし、計画が道をそれたことへの興味かもしれない。でもそんなのどうでもいい。

 クババはこれからも、心躍るほうに突き進んでいくだけだから。

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