第6話

『トワちゃんがつらい思いしてるのは、分かるから。だから、抱きしめてあげる!』




『だって、急に仲良くなったみたいで嬉しいんだもん!』









......セツナ...。






...あれから、3年と半年が経った。


あのときのことがずっと忘れられない。


ずっと。ずっとずっとずっと。




思えばあの日からずっと、こんな感じだ。


あなたの記憶に頼って、


あなたのことを思い出して、


言葉をいつまでも頭の中で反芻はんすうして。



...一言だって忘れない。





どんなに現実が辛くても


どんなに痛くても、


どんなに苦しくても、


彼女との記憶を思い出せば、どうってことなかった。



どうってこと、ないんだ。







『桜じゃなくて、アンズの木だね!アンズの花言葉は、疑いとか、早すぎる恋とか、なんだけど...』







......セツナ。





また会いたい。


また抱きしめてほしい。



明るくて、綺麗で、かわいくて。


アンズの花散る風景に溶けた君は、



世界中のなによりも美しかった。






あのときの景色が、目に、脳裏に焼き付いて離れないんだ。


離したくないんだ。









「......セツナ」





誰にも届かない声は、


音を立てた北風にかき消された。


















校門を抜け、下駄箱に靴をやる。


そして何事もなくいつも通り、教室に向かう。





『2年5組』





いつもの光景。いつもの教室の景色。


いつもと変わらない日常。


退屈な日常。


私のお気に入りだった。


...唯一、心が休まる場所だった。





そんなことをまだ言えているのは、


まだ少しでも光を見ていられるのは、


彼女がいてくれるから。


私の中でずっと、輝いていてくれるから。
















チャイムと同時に席につく。



「起立」




「礼」




「着席」






今日もなにもない。


特別仲のいい友達もいなければ、


これといって好きなものがあるわけでもない。


今日の給食はどちらかというと苦手だし、


体育だってある。





今日もなにもない。


ホームルームの先生の声が右から左に抜けて、


クラスメイトの無駄話を遠目でにごし、


ただぼんやりと時計を見て、


ただぼんやりと呼吸をする。





ただ、生きるだけ。


でもその『生きるだけ』が、


『息をするだけ』が、


すごく心地いい。





なぁんとなく一日を過ごす。


それでいいんだ。


もう何も、考えられない。


彼女のこと以外考えられない。


考えたくない。


ただ息をすることに生温なまぬるい心地良さを感じて、


死んだように生きる。




頑張ってどうにもならないことに対してまで、


頑張る元気はもうない。


だから、死んだように生きるの。







冬はいいな。


冬は、いいな。


...暖房、効きすぎな気もするけど。



あー、......















「ねぇ!リモコンの『切』反応しない!」








......え



たまにあるんだよな...



うるさいぐらい都会のくせして、この校舎はお世辞にも新しいとは言えない。



「2時間目体育だよ!女子着替えるから男子一旦出てって!」







.......あ...もう、一限、終わってたんだ。



体育やだな、しかも、教室こんな暑いし...



ジャージもって、出てこ...




「蓮見さん?」






































「...トイレで着替えてくるから。」

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