夜が消えた日

霞(@tera1012)

第1話

 今日、私の夜は消える。

 私は1460日、この日を待ち続けてきた。――認めたくないけど。

 小さな窓越しに、左頬を照らす太陽。これから11時間の、私のパートナーだ。


「Beef or chicken ?」


 どっちでもいいよ、食べられるんなら。だって、もうすぐ。


 窓の外は、小憎らしいくらいの晴れ。雲の上を飛んでいるのだから当たり前、なのだけれど、この青空は、私の胸の内をうつしているみたいだ、なんて思ってしまう。



「――あと2日かあ」


 昨日の夜、あいつは言った。あいつがいる世界の、朝の光の中で。

 電子の細く長い糸は、まばたきの間に私たちをつなぐ。かつて、おはようを言い合うのにふた月かけた恋人たちの距離を。

 それでも、私たちは、同じ月を見上げることはできないし、指を絡めることも、流れる涙をぬぐい合うこともできない。それはやっぱり、とてもとてもつらいことだった。認めたくはないけれど。


 夢をつかむまで、帰ってこない。大見得を切って飛び出したことは、後悔はしていない。私が目指す道は、未来は、あの国にはなかった。それでも、まさか3年間も、私たちの世界が断絶する事態になるなんて、想像もしていなかった。


 見たいと思っていた映画を見つけて、イヤホンを耳に突っ込むけれど、小さな画面の中のキャラクターたちのセリフは耳を上滑りするばかりで、結局ぼんやり窓の外を眺める。


 ああ、私、浮かれてるなあ。


 11時間半のフライトは、長いようで短くて、やっぱり長かった。

 イミグレ、遅。バゲッジピックアップって、何でこんなに非効率なの。はいはい、申告するものはありません!!

 

 様々な関門をくぐり抜け、ごろごろキャリーバッグを転がしながら、私の足はほんの少し、遅くなる。――もし、もし、このドアを抜けた先に、誰もいなかったら? 四年は長すぎた、ごめん、とか、メールが入ってたら?


 よく分かんないけど、ビビってる、私。認めたくないけど。

 

 やっとたどり着いた出口すぐのところに、あいつはいた。

 ほんの少し右肩が下がった、ひょろっとした、何度も何度も何度も何度も思い浮かべたシルエット。


 かっこよく英語で決めよう、とか思っていたセリフは、全部ぶっ飛んだ。

 私はただ、ぎゃあぎゃあ泣きながらあいつにかじりつく。

 あいつはいつものように軽く笑って、がっしり私を受け止める。それから、びっくりするくらいの力でぎゅうっと、私を抱きしめた。


 日付変更線をまたいで、夜を飛び越えた、日の光の中で。

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