第97話 島での生活の始まりは
休憩して日が暮れてから晩御飯を食べ、お風呂に入る時間になった。さっき案内された時は場所しか見ていなかったけど、脱衣所で服を脱いで中に入る。脱衣所に鏡はなかったし、着替えやタオルをいれておくのも籠がぽつんとあるだけだ。
まだまだ、この家には改良点がたくさんあるね。明日から色々やることがありそうだなぁ。
「おぉっ!」
なんて思いながら浴場に入った私は、本日何度目かわからない感激の声をもらした。お風呂は洗い場も浴槽も五メートルくらいある大きなものだった。
「エスト様はお風呂が好きですから、大きくしておきました」
「さすがマドル先輩、好き~」
わくわくしながらマドル先輩に洗ってもらい、綺麗な体で浴槽に入る。さすがに前の館みたいに大人数がつかえるお店レベルではないけど、私一人なら軽く泳げるくらいだ。縁のところは段になっていて座れるけど、一番下は水深一メートルはあるだろう。
ぐーっと足先を浮かせるようにして伸ばしても、まだまだ先がある。気持ちいい。やっぱり大きいお風呂最高。
「はぁー……おっきくていいですね。泳げそうです」
「危ないのでやめてくださいね」
「し、しませんよぉ。あっ、よく見たら端っこのところ斜めになってるじゃないですか!」
「はい。寝転べるようにしておきました」
「マドル先輩、神では?」
右の壁際にある手すりをつかみ、縁を合わせて三段の階段になっているところを降りて座り、縁に肘をのせながら横をみたところ、大発見をしてしまった。
なんと、左の端っこは階段ではなくスロープ状になっているではありませんか。一メートルくらいの幅だから十分寝転べそうだ。
振り向いて言うとマドル先輩がすまし顔で答えたので、称えながらそちらに移動する。
ごつっと固いけど、胸の下くらいからちゃんとお湯につかってて、背中が全面お湯につかっててあったかくて、はー、きもちいい。固い地面が逆に心地いいまである。
「マドル先輩……最高です」
「喜んでもらえているようでなによりです」
「これはライラ様もお喜びになられるのではないでしょうか?」
「そうですね。ライラ様もお風呂は好きですから。ですがエスト様のように長く滞在されるわけではありませんし、どうでしょう」
私はもちろん毎日お風呂に入りたいタイプなのだけど、実はライラ様はそうでもなかったりする。外に出たらお風呂に入ると言う感じで、汚れるのが嫌いな清潔タイプだった。
ライラ様が入りたくなった時の為にもお風呂自体は用意されてたし、私が毎日お風呂にはいるようになり、ライラ様と遊んだりお出かけが増えたことで自然とライラ様も毎日入るようになったらしい。
それでも別に、お風呂自体が好きと言うよりは普通に綺麗好きで入っている感じらしい。ちょっとよくわからない感覚だけど、ライラ様にとっては手を洗うくらいさっと済ませる作業に過ぎないのかな?
そんなわけでライラ様の入浴時間は長くないけど、こうしてゆっくりできるスペースができれば話も変わるんじゃないかな? どうだろ。
「エスト様、あまり長く入ると脱水症状の危険もあるのではないでしょうか?」
「あ、そうですね。水飲んでおきますね」
ゆっくりしていると、いつもよりさすがに長いからか、マドル先輩からそんな風に言われた。途中ちょっと位置を調整して半身浴風にした分、長くつかってるから心配をかけてしまったみたいだ。
「エスト様、水をそのまま飲むことは推奨されません。飲み物を用意しますね」
「あ、ありがとうございます。じゃあ、冷たいのでお願いします」
いったん湯船からでて蛇口から飲もうと思ったのだけど、縁に座ったところでマドル先輩にとめられてしまった。
言われてみれば確かに、甘やかされ生活で自分で飲み水を用意することがなくなったのですっかり忘れていたけど、生水をそのまま飲むのはよくないんだった。
「お待たせしました」
「ありがとうございます、マドル先輩」
すぐに別のマドル先輩が冷えたお茶を持ってきてくれた。おいしい。体に染みわたる。
そうして広いお風呂を堪能して、ふわふわした気分でお風呂から出る。ちょっとだけのぼせてしまって、マドル先輩に心配されながらお部屋に送られてしまった。
「なんだ、ずいぶん疲れているようだな? 疲れがでたか? 熱はでてないか?」
「あー、大丈夫です。お風呂が気持ちよくてつい」
「そうか。そう言えばいつもより長かったな。無理するなよ。マドル、見ておけよ」
「畏まりました」
ライラ様は私を丁寧にベッドにいれて寝かせてくれてから、マドル先輩に見張りを言いつけてお風呂に向かった。
「うーん、すみません。つい長湯しすぎちゃいました」
「いえ。私も早くに引き上げるべきでした。反省しております」
「えぇー、いいですよ。そんなのしないで。と言うか、ちょっとだけふらついただけで別に気持ち悪いとか湯あたりってほどでもないですし。二人とも過保護すぎますよ」
「当然のことです」
当然ではないのだけど。うーん、まあ、言っても仕方ないか。心配させないように今後は気を付けよう。
にしても、改めて一人で寝転がると、ほんと、ベッド大きいな。これまた泳げそう。昨日まで住んでいた家と似たようなものだけど、あっちは元々複数だったのをくっつけていた。これは最初から大きいのを作ったようでとっても大きい。
ライラ様が戻ってきたら、お風呂どうだったか聞いてみよう。
そう考えてはっとする。待てよ。今までお風呂は一緒にはいってこなかった。誘われなかったし、私もライラ様と一緒のお風呂は意識しちゃうからだ。
前世的感覚では同性同士一緒にはいるのは全然おかしなことではない。健全だ。ただ私としてはさすがにライラ様と一緒は恥ずかしいからそんなことは匂わせたことがない。ライラ様と全裸で同じ空間にいるとか、そんなのね、意識しちゃうに決まってますから。
でもそれは恋人じゃなかったからだ。そんな目で見ちゃ駄目だし。
今なら、一緒にお風呂にはいっても別に動揺せずにいられ…………るわけないか! うん、全然まだ慣れてない。まだライラ様の肌を見慣れてるわけなかった。
でもいつになったら見慣れるっていえば、ライラ様を気持ちよくさせられたら? えー、うーん。自分で言ってなんだけど、全然見通しがたたないね。
あ、そうだ。外国ではお風呂でも着衣してはいる施設とかあるんだっけ。それならいける。あー、いいかも。今度提案してみよう。遊びとしてならマドル先輩も一緒に入れるかもだし。
ライラ様がお風呂を楽しめたか聞いてみて、その様子をみながら提案してみよう。なんて思いながら、私はライラ様の帰りをまたずに寝てしまった。
ただ乗っていただけだけど、引っ越しでいつの間にか疲れてしまっていたみたいだ。
〇
「んぁ?」
「っ、お、起こしてしまったか」
「ん?」
手の中に何か感触があってふっと目を開けると私に手を伸ばしているライラ様が、どこか慌てた顔をしていた。なんだかわからないけどいつの間にかつかんでいた目の前のライラ様の手をにぎにぎする。すべすべ。ふんふん。なんだいい匂いがする。
そうしてライラ様の指先を鼻にあてながら目が覚めた。寝ぼけていた。危ない。このままだとライラ様の指を舐めちゃうところだった。
「どーしました? こんな夜中に?」
ライラ様の手を離して目をぱちぱちさせながら周りをみる。普通に薄暗い。夏なので日の出が早いんだろう。多分四時とか? 真夜中ではなさそう。
「う、うむ。ちょっと出ていてな。帰ってきたところなんだが、悪かったな」
「そうなんですね。お仕事お疲れ様です。えへへ」
なんだか申し訳なさそうなライラ様。状況から察するに、ライラ様は戻ってきてベッドに入ろうとしたところで目についた私の頬や顔にちょっかいをかけていて、私が無意識にその手をとっていたのだろう。
いつもは何されても起きないのに、私がタイミング悪く起きちゃったんだろう。ライラ様は悪くない。むしろ、めちゃくちゃ嬉しい。もー、ついつい私にちょっかいかけちゃうなんて、ライラ様私のこと好きすぎ! 私も好き!
「ライラ様、謝らなくて大丈夫ですから、ぎゅーしてください」
「……ふっ。仕方のないやつだな」
もぞもぞお布団から両手を出してライラ様に向かって広げると、一瞬きょとんとしてからライラ様は笑ってベッドに入り、すぐ隣にきて私をぎゅって抱きしめた。
「んふふ。おやすみなさい、ライラ様」
「うむ。おやすみ」
そうしてもう一回眠った。一晩で二回もライラ様に優しく寝かしつけてもらえるなんて、ラッキーだなぁ。
と幸せな眠りにつくこと数時間。お日様が昇ってカーテン越しにも部屋が十二分に明るくなり、自然に目が覚めた私。
「……?」
ライラ様にぎゅっとされたまま場所が向きが変わっていて、どうやら抱き枕状態で振り回されたようだ。それで起きないのはいつものこととして、どうやって出よう。
ライラ様はすやすやと私と頬ずりの距離で寝ている。今は目を開けて視線をさまよわせただけなので大丈夫だけど、ライラ様の腕を掴んだりしたら起きるのでは?
「……」
うーん、でも旅に出てずっと一緒に寝るようになって、街についてからはライラ様のだいぶの寝相になれたと言うか、多少なら起きなくなったけど。
でももしタイミングが悪くて起きてしまったら、昨日は遅くまでお仕事してくれてたわけだし。それにこんなに気持ちよく、なんなら楽しそうに私を抱きしめてるのに、起きないとしても私を引き離すなんてそんな可哀そうなことできる? できない。
視線をさまよわせるとベッドわきに控えているマドル先輩と目があったけど、特にアクションもない。私に一任されているようだ。
悩んだ私はこのまま、いけるところまで抱き枕としてライラ様の睡眠のお供をすることにした。こんなにぎゅっと抱きしめて求められて気分はハッピーだし、ライラ様のお顔をじっと観察するいい機会だしね。
その後、一時間ほどたって私のお腹がぐうぐうなってライラ様を起こしてしまうまで、私は抱き枕を全うした。
こうして、お寝坊する形で私の島での生活初日は始まった。
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