第26話 年越し

 不思議なんだけど、異世界でも一年の区切りは冬の真ん中だ。同じように頭があって二足歩行で腕が二つで指の数も同じだから、数の数え方も同じでそれで時間の概念とかが似た感じなのはわかる。でも一年の区切りが冬なのってなんでだろう。


「さぁ。私は人間の文化には疎いもので」

「ライラ様はご存じですか?」


 今日は一年の区切り。日が変わる瞬間に去年使っていた靴を処分し、新たな一年を祝って新しい靴を投げると言う風習が地元にはあった。意味わからんけど、そう言う文化なんだろうね。


「人間の文化というわけではない。私たち吸血鬼にとってもそうだ。生命にとって太陽というのは良くも悪くも強い影響力を持つ。だが太陽というのは常に一定ではない。日が長くなったり短くなったりする。最も短く、この世界から太陽の影響が少なくなる日が太陽が一巡した区切りと、ある程度知能がある生命は認識しているんだ」

「な、なるほど。ライラ様すごい。博識ですね! でもそれだと、一番日の長い日が区切りでもいい気がするんですけど」

「短くなった日が、これから長くなっていく。それが一年の始まりというのはわかりやすいだろう? これから日が短くなっていくから始まるとは思わんだろ」

「ライラ様、インテリジェンスで素敵……」


 想像もしてなかっためちゃくちゃしっかりした理論が返ってきた。しかもめちゃくちゃ納得。ライラ様やっぱり賢い。そして吸血鬼も同じ日が一年の区切りなんだ。ということはやっぱり、今やっているのが吸血鬼式の年越しなのかな?


 この館では何をするのかと聞いたところ、年越しの瞬間にお月見をするというので、今私たちは夜更かしをしているところだ。

 ライラ様のお部屋にお邪魔させてもらい、私とマドル先輩は床に分厚いカーペットをひいてもらってそこに座っている。そこにお団子を用意してくれている。お団子はお月見ならお団子も? と言ったらマドル先輩が用意してくれた。

 私のいたところとは離れているから違う様式なのは想像していたけど、吸血鬼の文化だとしたらお月見なのも納得な気がする。


「お前は前もそう言っていたが、それはどういう意味だ?」

「えっと、賢い、とか知的、とかです。多分」

「多分か」


 私が知的で賢いライラ様にうっとりしていると、ライラ様にあきれたようにされてしまった。ううん。私がめちゃくちゃおバカなことが判明してしまった。意味もわからないのに雰囲気で私はしゃべっている。


「このお月見って、ライラ様の故郷の文化とかですか?」

「ん……さぁ、どうだったか。昔のことは忘れた」


 あ、ライラ様の過去にはっきり踏み込む質問をしたのはこれが初めてだけど、やっぱり過去のことは触れられたくなかったみたいだ。怒っている声ではないけど、明確に拒絶された。

 知りたいと言う気持ちはあるけど、ライラ様にとってきっと言いたくない過去なんだろうな。だったらいいや。

 私は立ち上がってベッドに座ってニヒルに笑っているライラ様のコップにお代わりを注いだ。


「そうなんですね。じゃあ、お団子があっても大丈夫ですね、よかったです」

「と言いますか、今までは特に年越しだからと特別に扱っていませんでした。エスト様がこう言うイベントごとがお好きなようでしたので、ライラ様と話してこういう形になりました」

「えっ、そうだったんですか!?」

「マドル、余計なことを言うな」

「ライラ様のせっかくの優しさですから」


 ライラ様は少し恥ずかしそうに眉をしかめた。私の為に? うれしー! そしてそうしてくれたのに恥ずかしいから隠そうとするライラ様可愛すぎる。は置いといて、えっ、待って。

 さっき考えたの全然的外れじゃない? 私の為に年越しイベント考えてくれて、ライラ様の過去と全然関係ない新規イベントで、ライラ様が濁したのただそれを知られると気恥ずかしいからだけじゃない!? は、恥ずかしー! シリアスになってフォローしてた気になってた。


「えっと、二人ともありがとうございます。嬉しいです。えへへ」


 お礼を言いつつ、恥ずかしさをごまかす様に私は絨毯に座りなおしてごろんところがった。そうすると天井にある窓が見える。そこから綺麗な月が見える。


「ああ……月が綺麗ですねぇ」

「そうだな」

「……」


 私が黙ると、しんとした。二人とも大人なので、息つく間もないほどおしゃべりしたりしないみたいだ。考えたらいっつも私から話題をふってる気がする。二人が少しでもおしゃべりを楽しんでくれているなら嬉しいけどなぁ。


「……」


 黙って空を見ていると、なんだかとても寂しく感じられた。すぐ傍にライラ様もマドル先輩もいる。この部屋にはいなくても、マドル先輩はあと9人もいてくれる。


 夜寝る時、私は基本すぐにぐっすりだ。どこでも寝つきがいいのが特技だと言っていい。だけどそんな私でも、時々寝付けない時はあった。ほんの一か月、夜寝る前に挨拶をかわしただけの相手だ。だけど薄暗い中寝転がっていると、ナトリちゃんのことを思い出してしまった。

 寂しい、なんて思うほどの交流はなかった。家に帰って幸せに暮らすのはいいことだ。だけどもう、私の友達になってくれる同僚はいないんだなぁ。ナトリちゃんだからじゃなくて。ただ単純に、それが寂しいんだ。


「……エスト様?」

「ん、すみません。なんだか少しだけ、寂しいなって思って」


 私があんまり無言だから不審に思ったんだろう。マドル先輩が顔を覗き込んできた。床におかれたほんのり明かるいろうそくに照らされたマドル先輩の顔は、初めて会った時から変わらない無表情だけど、どこか心配してくれているように見えた。


 それが申し訳なくて謝りながら起き上がる。


「寂しい……か。お前も、親や故郷が恋しいか? 帰りたいか?」

「え……」


 ライラ様がそう言って、私は振り向きながらおどろいた。ライラ様は足を組んでその膝の上に肘をついた姿勢で、少しだけ悲しいような顔をしていた。ライラ様はいつも強気な顔だった。不満な顔や笑った顔、無表情やつまらない顔、いろんな顔をライラ様は見せてくれていた。その中で、こんな風に眉尻をさげるような顔は見たことなかった。

 それを見て、私はとても嬉しくなった。


「そんな風に、考えたことありません」


 私の気持ちを慮って、だけど私を帰したくないからそんな顔をしてくれるんだ。そう、うぬぼれてもいいよね?

 私の言葉は、真実だ。強がりでも虚勢でもごまかしでもない。私はまっすぐライラ様を見上げる。嘘偽りなんかじゃないから。


「家に帰りたくなんかありません。私はただ、夜が静かすぎて、ちょっと寂しいなって。そう思っただけです」

「……そうか」

「はい。親より故郷より、ライラ様とマドル先輩のいるここのほうがいいです」

「そうか……」


 ライラ様は私の言葉に、ゆっくり微笑んだ。その微笑みの、なんて美しいことか。それを表す言葉がわからない。そのくらい綺麗で、私はただ見とれた。

 ああ、こんな風に私の言葉で微笑んでくれるなんて。嬉しくて心臓がどきどきしてしまう。ライラ様が喜んでくれるなら、私はずっと、ずっとライラ様の傍にいたい。ずっといたい。


 ライラ様の表情をずっと見ていると、ぽん、と頭に手が置かれた。見上げると、マドル先輩がいた。私を見る目は、ライラ様と同じように優しい。


「エスト様、もっとお団子食べてください。はい、あーん」

「あ、はい。あーん」


 そして口にお団子を放り込まれる。お菓子作りの時から、味見の時とかちょくちょくあーんして食べさせてくれるようになったけど、ライラ様にじっと見られている前でされるとちょっと恥ずかしいな。


「美味しいですか?」

「美味しいです」


 さんざん味見でも食べて美味しいって言ったし、お月見が始まってからも言ったのに、改めて感想聞かれた。マドル先輩は食べないから、やっぱり人からの評価が気になるんだろうな。マドル先輩のこういうとこ可愛いよね。


「おい、私も食べさせてやる」

「え、そんな、いいんですか?」


 にこにこ微笑みあっていると、ちょっと不満げになったライラ様が足を組むのをやめて身をのりだし、私にむかってお団子をつまんで差し出してきた。


「口をあけろ。あーんだ」

「あーん」


 ライラ様の口からあーんいただきました! 食べる側の時はどんなに差し出すときにあーんって言われても言わないのに! 可愛い! そしてライラ様の手ずから食べさせてもらうと、マドル先輩には悪いけどさらに美味しく感じられる。

 だってあのライラ様からだもん。仕方ないよね!


「んー! 美味しいです! ありがとうございます!」

「ああ。たくさん食べろ」

「はーい!」


 そうしてお団子を食べ終わり、お腹いっぱいになった。二人も多少は食べると思ってたのに、ほとんど私が食べてしまったせいで、これに備えて夕食少なめにしたとはいえお腹がぱんぱんになってしまった。

 うーん、なんだか眠たくなってきてしまう。いつもより遅い時間に加えて、部屋は暖かくされているし、お尻の下も柔らかい絨毯だし、背後にいるマドル先輩が背中を支えてくれているし。なんとも贅沢なまどろみだ。


「おい、寝るのか? 寝るならベッドにあがれ」

「うーん。まだ、年越してないですよね?」

「もう少しですね。ですが無理に起きる必要もないのでは?」

「そうですけどぉ」


 二人がかりでベッドに転がされてしまった。ううん。ますます眠い。何とか気合を入れて瞼を開いて月を見る。


「あ……空、雪、ふってきてません?」

「ん? ああ、そうだな」

「わぁ、やっぱり! ホワイト年越しですねぇ」

「そうか」


 雪が降ってきた興奮に少しだけ眠気がさったけど、静かに相槌をうったライラ様の言葉に、じっと空を見上げているとやっぱりすぐに眠くなってきてしまう。雪が降るのはなんだかワクワクする。だけど、静かだとやっぱり、少しだけ寂しく感じられるのはなんでだろう。


「エスト様、眠いなら無理に起きていなくてもいいですよ?」

「そうだな。もう年は明ける」


 優しい声がかけられて、掛け布団をかけてもらえる。あったかくて、寂しさがどこかに行く。この寂しさなんて、幻だ。


「手、つないでもらってもいいですか?」

「ん? ああ」

「かまいませんよ」


 左右の手が握られる。どうしてさっき寂しいなんて思ったのかわからないくらい、心があったかくなる。

 目を閉じる。静かでも、目を閉じて真っ暗になっても、すぐ傍には二人がいてくれるんだから。さっきまで私はそんな当たり前のことがわかってなかった。

 こんな簡単なことだったんだ。私は帰りたくなんかない。だってこの世界のどこにも、私を思ってくれる家族はいないんだから。だから、奴隷でもなんだって、私を思ってくれて、私のお願いを聞いてくれて、優しくしてくれるこの二人が、私にとっての全部なんだ。それだけでいい。


 私はすっと眠りについた。年がかわる。これから年があけて、新しい年がはじまる。私の新しい人生は、ここからはじまるんだ。


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