家事代行サービスで出向いた先に猫かぶり美少女がいた~段々と猫被んなくなるし離れてくれないんだが??~

鮎瀬 

1章

第1話 

「今日、緊急で予約入ったからアンタに任せるわ。しっかりやってきなさい」


家が自営業の場合、被害がその子供に被るのは言うまでもない。


例を漏れず、『出張!家事代行サービスのやまなが!』の長男、山永拓実は今日も今日とて自営業のお手伝いバイトに借り出されていた。


圧倒的な人手不足の現代社会に、低賃金かつ、いつでもシフトに入れる元気盛りの身内というのは、重宝され使い潰される。


身内ということもあり、ストライキや一斉退職の心配もないので、使う方は心置きなくパシれるのだ。


「はぁ……いいけど、給料はどうなんだよ」


拒否するという選択肢は両親の圧によりとうの昔に捨てていた。


より最良な条件を導き出すために、給料交渉を行う。


「そうね……今日は、新規のお客様で、さっき予約が入ったばかりだから、いつもより料金は高くなってる。ちゃんと真面目にやってきて、継続の契約を取り付けてきたらいつもの1.5倍でどう?」


「おっけい、それでいい。でも、なんかいつもよりも羽振りよくないか?」


「急遽の予約で他の従業員には頼めないし、アンタとグダグダ交渉してるくらいなら一発で飛びついてくるものを提示した方が楽だと思ったからよ」


「そ、そっか……」


何とも言えない複雑な心境だったが、文句を言って機嫌を損ねるわけにもいかないので取り合えず、愛想笑いで対応した。

母は今日はいつもよりスムーズに交渉が進んだのが嬉しかったのか、上機嫌な様子でペンを走らせる。


「そう言えば、今日は始業式だったわね。学校は何時くらいに終わるの??」


「えーっと、明日の入学式の後片付けが三年生で二年が準備だったから、あっ……!?やべっ!下校はいつもよりちょっと早いけど、9時登校だった!!」


慌てて時計を確認すると、時刻は8時20分。

通学は自転車を使い、片道20分ある学校に通っている。


今から急いで準備して家を出るのは10分後。


—これ、何気にマズくないか??


「もう……なにやってんのよ……」



呆れた様子の母親を前にして、何も言い返す言葉が見つからない。

アハハと乾いた笑い声をあげて後ずさり。

一目散に自室へ飛び込み、ハンガーに掛けられている制服とワイシャツを勢いよく掴む。

そして、アイドルのような早着替えをするのだ。

机の上に置いてあったペンケースを雑に鞄の中にいれ、最低限の貴重品を持って出ようとすると、廊下で妹の麻里奈とすれ違う。


「あれっ?おにぃ、なんでまだ居んの?入学式準備やるとか昨日言ってたよね??」


明日の主役から疑問の声が投げかけられる。


「ああ、そうなんだけど、うっかりしてた。今絶賛遅刻中」


「もう、しっかりしてよぉ〜。どうせまた夜遅くまでゲームしてたんでしょ」


「いや、俺は全然、これっぽっちもやりたくなかったんだけど、誘われてさ……仕方なく……ほんとに仕方なくやったんだよ…」


「結局ゲームしてたんでしょ!なら、おなじじゃん!」


「でもこれは…」


「言い訳はいけません!わかりましたか?」


「はい……すみません」


新高校生の妹に言いくるめられる兄の構図。

なんとも情け無い。


「わかったならヨシ!遅刻する前にいっちゃいな!」


「ああ、そうさせてもらうわ」


そう言って玄関に向かおうとすると今度は母親に呼び止められた。


あのさ、俺、遅刻寸前なんだが??


「今日の予約だけど、思ったより早い時間だから、学校終わったら直接向かってくれない??」


「ああ、了解」


「それと、場所だけど……」


「それは、あとでLI○Eに貼っておいてくれ、このままだと遅刻確定」


「りょ、了解、そうするわ。よろしくね」


「わかった、それじゃ、行ってくる」


そう言って、俺は自宅を飛び出した。






「ああ、そう言えばお客さまの名前言い忘れちゃった。でも、地図と一緒に苗字も書いとけば大丈夫か」


拓実がいなくなったあと、思い出したように予約の用紙を取り出して、母親は一瞬困ったが、解決策を思い付くとまた鼻歌まじりに事務所兼リビングに戻っていった。



学校に到着し、腕時計を確認すると時計の針は8時50分を指していた。

我ながら、頑張って自転車を漕いだと思う。

道中立ち漕ぎガチモードで走行してたら通行人から怪奇な視線を浴びせられたことなんて、これっぽっちも気にしてない…うん、ぐすん。


自転車小屋に自転車を停め、駆け足で生徒玄関に向かうと、入り口のガラス張りのドアの部分に何やら見慣れぬ用紙が貼ってあった。


遅刻寸前だったし、素通りするか迷ったが一応目を通しておくことにした。


サラッと用紙を一瞥し、ポツリと呟く。


「あ、今日クラス替えだったの忘れてた……」




「おーう!よくやくご到着か??」


指定されたクラスに向かうと見慣れた人物が手を振っている。


「まさか、今年もお前と一緒のクラスだったとはな」


そう言ってにっこりとした笑顔を見せてくるのは、街中まちなか滝路たきじだ。

こいつとは、小学校からずっと一緒のクラスでいわば腐れ縁的存在である。うちの学校は、私立でクラスも割と多いので仲のいい友人がいない状況も覚悟したが滝路がいてホッと胸を撫で下ろした。


「どれだけお前と一緒になればいいんだよ…」


「そんなこと言って内心嬉しいくせに…ツンデレ期か?」


「決してツンしてないし、デレてもない。想像してみろ、俺が「たっ、滝路のことこれっぽちも好きじゃないんだからねっ!!」って恥ずかしそうに頬を染める姿をよ」


「うわっ…なんか急に吐き気が……」


「だろっ?」


かわいい男以外にデレ期は絶対あってはならないのだ。


「ああ、それと突然なんだが、非モテで残念男子の君にとっておきのサプライズがある」


「なんだ?ブーメラン男子」


「おい、それは聞き捨てならないな一体俺のどこが非モテなん――」「もう変な子芝居はいいから、どうしたんだよ??」


俺の誕生日は、まだまだ先だぞ?

誕プレ関係ではないとすると……?

まさか、滝路……お前抜け駆けしたんじゃ……


聞きたいけど、聞きたくない……

なんとも言えない心境の中恐る恐る尋ねる。


「このクラスには癒しの聖域、星野さんがいるぞ?」


「ほしの??あぁ、あの星野か?」


「ああ、星野って言ったらそれしかないだろ?」


星野という苗字を聞いて頭に思い浮かべる人は一人しかいない。



「あら?こんにちは。山永さん、街中さん」


まるでこのタイミングを見越したように星野満華ほしのみちかが話しかけてきた。


「どうも…」 「うっす…」


面識がない異性を目の前にしての男子高校生の挨拶なんてこんなものだろう。

視線を少し下に向け、異性を気にしてます感を醸し出した点はいただけなかったのかもしれないが。


「二人とは、初めて一緒になるから挨拶したいと思って…いま大丈夫でした?」


「はい、全然大丈夫っすけど」


まさか、わざわざ挨拶しにきてくれるなんて……非モテ男子なら「俺のこと好きなんかっ!?」って勘違いしてしまいそうである。


「それはよかったです。さっきから遠目で見てたんですけど二人ってとても仲良しさんなんですね!」


「まあ、コイツとは昔からの腐れ縁なんで、自然と仲良くなったんすよね、あっ、それと敬語面倒だったらタメでもいいですよ??」


なんか知らないけど、滝路の口が急に回り出した。

さては、こいつ…。


「そうだったんですね!えっと…敬語は昔からの癖で…」


「あっ…そっか…」


「で!でもっ…!これからは、クラスメイトなので『滝路くん!』って、呼んでいいすか?」


「お、おう!も、もちろんさ!おっ、俺はなんて呼べばいい??」


「そうですね…滝路くんの好きな呼び方でいいですよ?」


「じゃあ、満華って呼んでもいいかな…?」


「もちろんです。よろしくお願いしますね、滝路くん!」


「こ、こちらこそ!よっ、よろしくな、満華!」


あれ?なんか、いい感じじゃん。

蚊帳の外っていうか、疎外感半端なくて泣きたいんだけど俺。


「あ、山永くんも『拓斗くん』って呼んでいいですか?」


「いや、俺、拓実です…」


「すっ、すみません!」


「大丈夫っすよ、あと好きに呼んでください…」


「わ、わかりました。よろしくお願いしますね?拓実くん」


「おう…よろしく」


俺が控えめに手を振ると、ニコニコと眩しい笑顔を振りまいて星野は、女子グループへ戻って行った。


再び二人になると、滝路はこう呟いた。


「あれ……?俺のラブコメ来たんじゃね??」




まったく、誰が非モテ野郎だ。


たまたま学年一の美少女と親しくなったからって急に上から目線で来やがって。

始業式が終わった帰り道、滝路に言われたことを思い出し俺は悪態をついていた。


社交辞令にウキウキしやがってアイツもまだまだクソガキだな。と捻くれた思考回路を展開しながら、母から送られてきた今日のバイト場所を確認する。


「うわ…意外と遠いじゃん…」


今日の家事代行は、学校の最寄駅から三つも離れた場所にあった。しかも、その駅から徒歩15分という最悪物件。


くそっ…これを知ってたらもうちょっと賃金粘ってたのに……

なんか今日は踏んだり蹴ったりな日らしい。


トホホとがっくりうなだれて、トボトボと駅へと歩き出す。

その道中母から送られてきた依頼主の名前を確認していた。


「えっと…依頼主は星野愛菜さん。21歳、大学生か」


名前を見る限りどうやら女性らしい。


いきなり男性が来て文句を言われないといいけど…

うちの会社のスタッフは、家事代行と聞いて予想がつくかもしてないが女性がほとんどだ。

相手方も当然女性だと思って依頼してるだろうし。


「前みたいに文句を言われないといいけどなぁ…」


依然受けたトラウマのことで頭がいっぱいになっていた俺はこの時、重大なことに気付いていなかった。




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