第7話 俺って一体何だった

「水無月――――――――!!!」


「何よ?廊下を走りながら、思いっきり人の名前を呼ばないで。とても恥ずかしい」


「追試!クリアした!!43点!!」


「え???篠原くんが…40点台!?それカンニングでしょ?さすがにやばいよ…」


「お前…この間、山本に良いこと言ってくれたから、お返しにと精一杯勉強した俺にどんな言い草だ…」


「え?イイコト?なにが?」


「実は、俺、名前を間違えられてたの、結構根に持ってたんだよ。あんとき、すっきりした。サンキューな!!んで、勉強もマジサンキュ!!」


「…」


「へいへ―――――――――い!!嘉津―――――!!武吉――――――!!」


「…うるさ…ふふ」


赤点脱出を、えらく懸命に友人に報告して回る新が、何だかとても羨ましい茉白。まるで子供だ。こんな風に自分の能力(この場合勉強)が、喜んでもらえると、何だか嬉しかった。この間まで、自分のノートを見たがって来る人には、絶対見せるか…!と思うくらい、頑なにそのカギを閉めていた。


教室に戻ると、山本が、シュンとして、窓の外を見ている。そして、茉白が教室に入って来たのを確認すると、慌てて駆け寄ってきた。


「済まない!!水無月!!俺は、これからクラスメイトの名前を間違えたりしないように努力する。だから…怒らないでくれないか」


「山本くん、私は怒っているんじゃないの。軽蔑してるのよ。だから、もう話しかけないでくれる?もちろん、許婚のお話も私の両親を通して、来週中には取りやめになると思う」


「え!?そ、そんな!!」


「実は、そのこと、篠原くんに相談したのよ。そうしたら、彼は協力してくれた。とてもいいことも言ってくれたわ。だから、私はこれ以上、あなたと表向きだけだとしても、仲良くは出来ないの」


「好意を…持っているのか?」


「だれがだれに?」


“全問正解者”にも、本当に解らない問題がある。それがこの質問だった。


「君が…篠畑に…」


「…篠原…ね。それは無いよ。ただ、今回の知恵をつけてくれたのは篠原くん。勉強を見るくらいの恩返しはしないとね」


「…そうか…俺が馬鹿ならよかったのだな…」


「貴方、馬鹿でしょ?」


「何?」


山本が少し、怪訝な表情をした。


「貴方は、十分、馬鹿だわ」


「!」


怒っているのか、悲しんでいるのか、悔しいのか、辛いのか…何とも言い難い顔をして、すれ違う茉白を見ることすら出来ない山本だった。





「水無月――――!!」


「なあに?」


「嘉津と武吉にも勉強を教えてやってくれない?」


「…そんなことになるんじゃないかと思った」


「え?」


「内緒、とあれほど言ったでしょ?」


「え?だって、あれは山本がお前の許婚だっていうことを隠せばよかったんだろう?」


「貴方、馬鹿なのね…。もうその役目は終わったの。その見返りが、赤点脱出だったんじゃない。私は山本くんに正直に言えた。貴方は赤点を脱出できた。この後になんで仲人くんや日髙くんの面倒まで見なきゃならないの」


「…また俺を馬鹿と言うのだな…お前は……いいじゃーん!!ここは俺に免じてさー!!中間テスト、化学がさっぱりなんだよ!!」


「篠原くん、頑張る癖をもう少しつけなさい」


、新はなんとなく茉白の特別になった気でいた。…のだったのだが…。さっと、真正面に向けられていた姿勢を、真逆に背けると、教室へ戻って行った茉白が、いきなり遠く感じてならなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る