かしこさの種を育て幾星霜、我、至れり

ナ月

第1話

あの日まで、私は普通の冒険者だった

日銭を稼ぐため魔物と戦い、ギルド仲間と酒を交わし、また戦う

そんな変わり映えのしない日々の繰り返し

そんな折、私はとあるダンジョンでありふれた秘宝を見つけた

「かしこさの種」だ

一粒食べれば僅かにステータスが上昇する代物だ

同じシリーズに「ちから」や「すばやさ」の種、そして「せいめい」の実もあった

仲間たちはそれを迷うことなく食べた

当然だ

種はいつか腐るし、自分を育てたい

それぞれの人生、自分こそが自分の物語の主人公だ

真っ先に食べたい


が、私は食べなかった

生まれ持った「もったいない症候群」により、食べれなかったのだ

食べたらなくなる、当然の心理

私はひとり、魔物との戦いを終えた夜、ほろ酔いのまま種と向き合った

種と私

食べたら別れてしまう関係

じっと見つめ合い、そして私は気づいた

ごくごく当たり前の真理に気づいた


増やせばいいじゃないか、と


そう気づいた私は、種を育て始めた

毎日毎日、楽しみに水を与えた

そう簡単に育つはずがないとわかっている

事実、一月経っても芽さえ生えなかった

ので、レイズをかけた

種に復活の魔法を唱える阿呆は私以外にいないだろう

白魔道士協会の意に反するような気がしたが、私は下級の魔道士なので多分大丈夫だ

その日の全魔力を使ったが、種は蘇った


そして定期的にヒーリングを唱え、場合によっては高域持続回復魔法・リザレクションさえ唱えて、それ以外にもあらゆる工夫を惜しみなく注ぎ込んだ

もったいない症候群の私が、ラストエリクサーまで注ぎ込んだ

もう何がもったいないのかわからなくなったが、種はすくすく育った


ひとつの種から2つの種が

2つの種から4つ、8、16、32、…

と種は増え続けた


せいめいの種を1000個ほど食べたあたりから、私は生命を超越した


ちからの種を1000個ほど食べたあたりから、腕を振るうだけで田を耕せるようになった


すばやさの種を、もういくつ食べただろう

全力疾走するとソニックムーブが生まれるようになった


きようさの種をいくつ食べただろう

ふっ、と息を吹きかけるだけで、どんな鍵も解錠することができた


まりょくの種をいくつ食べただろう

私の土魔法は大地を生み出し、風魔法は大地を持ち上げ、天空の地で種を育て続けた


そして


かしこさの種を食べ続けたことにより、ついに私は、至った



「世界は……美しい」



街のど真ん中でその真理に気づいた私は、おいおいと泣き崩れた

周りが「うわ、なんだあの人…」みたいな目で私を見ている

そういう目で見られてるのはわかっているさ

だって私かしこいから


でも、涙が止まらなかった

世界はこんなにも美しい

のに、誰もこの美しさに気づいていない


「伝えねばならない」


私の胸はその使命感でいっぱいになった


それから私は、この世界を愛と平和で包むため、伝導者として旅をすることを決意したのだ


これは、世界の愛に気づいてしまった私が、世界に愛を伝える物語だ

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