終わる世界で眠る灰

管野月子

1 刻印

 最初の記憶は薄暗い空間に並んだ、淡く輝く大きなガラス管だった。

 ガラス管には薄く濁った液体で満たされている。そこには腕や脚を生やした、人に似た有機体が浮かんでいた。

 人――二足歩行をする。声を発し意思疎通をする。手で物を掴む。目と耳と口があり、有機物を摂取して肉体を維持している。そして僕らには無い、魂を格納している存在。


 どこからもなく、低く、咆えるような音がした。配管を震わせる風の唸りなのか、熱を放出する炉の喘ぎなのか――それとも、届かない陽に手を伸ばす人工生命体の嘆きなのかは分からない。

 ただ、冷たい鋼鉄の壁に囲まれた、最下層と呼ばれる階層の工場で造られた僕らは、息をすることの意味も意義も分からず、ただ鼓動だけを刻んでいた。


「労働力としてのクローンがいなくなったら、都市はどうするんだろうね」


 僕と同じ顔の青年が、保全工具を抱え薄く笑いながら呟いた。

 左手首の少し上に、K―EN3205N―966と刻印されている。その彼がちらりと僕の手首を見て、唇の端を上げた。


「973番か」


 末尾番号だけが違う、僕は彼と同じ工場で製造された九百七十三体目のクローンだ。

 管から取り出されて直ぐに別々の場所へ配置されることが多いから、続く番号でも言葉を交わさず別れることが多い。これだけ近い番号の個体と同じ作業班に割り当てられたのは久しぶりのように思う。それは966番も同じようだ。


「同じ工場だから、僕はお前より七体分早く生まれた兄だ」


 製造されたことを「生まれた」と言う、珍しい個体だ。

 改良による型式変更が無い限り、全て同じ配列の遺伝子を元に造っている筈なのに、何故かこういった思考の個体差が出る。


「製造時間に殆ど時差は無いはずだよ」

「コンマ数秒でも早ければ兄だよ。先に生まれた者は、若い者たちをサポートするんだ」


 そう言って、「笑う」という表情を僕に見せた。


「なぁ、労働力としてのクローンがいなくなったら、この都市はどうなると思う?」

「どう……って」


 僕は戸惑いながら答える。


「既に都市の自動制御機構は大方完成しているし……大昔みたいに、ロボットが保全作業を引き継ぐんじゃないのかな。一部の人間が管理しながら」

「この過酷な環境で耐えられるのかな」

「しょうがないじゃないか、クローン体に欠陥があったのだから」


 僕がそう答えると、966番は鼻を鳴らした。



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