118.クライブ応援隊、隊長リンドブルム


「クライブ! クライブ! イケメンクライブ! 唱和しろ!」


『クライブ! クライブ! イケメンクライブ!』


「声が小さい! 声が小さい物はスクワット500回!」


『は、はいいいい!』


 文化祭のイケメンコンテスト会場には、そんな大声が響いていた。


 学園のイケメンが薄着で参加する催しごとには、様々な淑女たちが集合し、どの男性が一番好みかを話し合う。


 そんなイベントごとなのだが……。


「クライブ様に声援を届けるのだ! 声を張らない者から斬る!」


『クライブ! クライブ! クライブ! クライブ!』


 今年はその最前列に異様な集団がいる。


 甲冑の上にハッピとハチマキを装備したヤバい集団は、生徒会役員【トレイザ・ヴェル・リンドブルム】の率いるクライブ応援隊だった。


「予期せぬトラブルで演目が遅れているらしいが、だからこそ!」


 トレイザは鬼の様な形相で叫ぶ。


「だからこそ! 力の限り応援し、クライブ様の優勝を勝ち取る!」


『うおおおおおおおお!』


 低い怒声が響き渡るが、これらは全て女性の掛け声。


「……恐ろしい集団だ」


「リンドブルム家は元来優秀な騎士を輩出する家系だから」


 ゴクリと喉を鳴らす俺を見て、アリシアが教えてくれる。


 ブレイブ領の兵ですら、この気迫を持つ者は多くないと言うのに、まだ学生の内からここまでとは。


「……末恐ろしい」


「特に女性は騎士にも嫁にももってこいって評判なのよ」


 アリシアの説明によると、トレイザは昔から男に劣らない強さを持っており、その強さに惹かれた女性たちが周りを囲う程だったそうだ。


 いわゆるファンが多いってこと。


 最初は「トレイザ様ぁ……」みたいに王子様を見る感覚でトレイザに近寄った女性たち。


 しかし、次第にトレイザに鍛え上げられ、いつの間にか「トレイザ様ッ!」という立派な女騎士に仕上がってしまうらしい。


「アホくさ。汗くさ。王子様系の女はタイプじゃない。くっころされてしまえばいい」


「なんだいきなり」


「でもアタシの逆ハーレムにクライブがいる間、あの女が嫉妬する姿は妙に色っぽかったわね、ジュルリ」


 勇ましい女性たちの姿を見ながら、パトリシアはよくわからない表情でよくわからないことを言っていた。


 こいつ、アブノーマルか?


 アリシアの膝に顔を擦りつける奇行といい、今は仕方なく手を組んでいるのだが、ことが終わったら遠ざけよう。


 アリシアが危険だ。


「ラグナ、たぶん彼女がマリアナの行方を知ってると思うんだけど」


「うん、今近寄ったら斬られそうだな?」


 障壁がなくなっているというのに、試合会場から出て学園に戻ってみると、いつも通りの日常が続いている。


「何でパニックが起こってないんだ? そっちの方がまだ話し掛けやすかったレベルだってのに」


 てっきり守護障壁が消えたことにより周りはもっと騒然としていると思っていたのだが、拍子抜けだった。


「ベリアスの出現で会場にいた人たちはみんな眠ったように気絶。だから情報はまだ漏れてないってだけ」


「その内、パニックが押し寄せるのか」


「さあ? もしかしたら認識を一部歪められてる可能性だってある。わざわざ障壁を一度消したんだもの、何事もなかったように元に戻すのが王家にとっては一番でしょ? そんなことにも気が付かないなんて馬鹿?」


「言葉が強過ぎるぞクソガキ」


 いちいち刺さなきゃ喋れないのか、この女。


 まあいい、クソガキが強がってると思えば、可愛いもんだ。


「相当猫被ってたのね……役者にでもなればいいのに……」


 逆ハーレムを作っていたパトリシアしか知らないアリシアは、刺々しい様子に呆れていた。


「ガキなだけだよ、クソガキクソガキ。むしろアリシアのお淑やかを見習わせたいレベル。近所のクソガキに教える感覚で相手にしてみたらまだ話はし易いんじゃね?」


「それもそうね、エドワードと婚約していた昔の私も地位の低い他の男になんか興味ないって感じで相手を下に見ていたこともあったから、似たようなものなのかもね」


「ちょっと一緒にしないでもらえる? 余裕そうな表情がムカつく」


「こらっ! 汚い言葉は使わない」


「ちょっと撫でないでよ!」


「ふふ、なんとなく貴方との関わり方がわかった気がする」


 過去のことは抜きにして、一旦今は普通に過ごすことに努めたのか、アリシアはパトリシアの頭を撫で始める。


 あしらわれるクソガキ感があって笑えた。


 ざまあみろ!


「…………しかし、悪くないか。もう物語に関係ないなら、うん」


 ……あれ、パトリシアもまんざらでもない雰囲気。


 ちょっと俺の思ってたのと違う。


「とりあえず私が聞いてくる。多分適任だと思うから」


「頼んだ」


 俺はあの輪に入れる気がしないのと、パトリシアは逆ハーレムを作っていた時代にトレイザから敵視されている。


 そうなると役回りは自然にアリシアへと向かうのだ。


「クライブ! クライブ! クライブ! クライブ! 唱和しろ!」


『クライブ! クライブ! クライブ! クライブ!』


「トレイザさん」


「クライブ! クライブ! クライブ! あ、アリシア様!」


『クライブ! クライブ! クライブ! あ、アリシア様!』


「生徒会の役目はどうしたのかしら?」


「あっ、いやその……! これも立派なお役目でして!」


『あっ、いやその……! これも立派なお役目でした!』


「お前たち一旦やめろおっ!」


 トレイザの命令は絶対なのか、明らかに違う掛け声すらも精一杯叫ぶ親衛隊の様子は面白かった。


 役目をサボっていることは承知の上なのか、目の前に現れたアリシアの姿に目が泳いで汗を流している。


「貴方が心配だったから切りの良いところでマリアナに呼びに行かせたのだけど……?」


 アリシアもそれをわかっているのか、決して笑顔を崩さないまま彼女を責めたてる。


「今はどういう状況なのか教えてくださる?」


「えっと、その……」


 俺はこの時のアリシアを令嬢モードと呼んでいる。


 生まれながらの高貴なオーラが格の違いを思い知らせる。


「隊長! 何なのですかこの女は! らしくないですよ隊長!」


「それに私たちは今、会場を温めているのです!」


「トラブルで少し遅れが出ていますから盛り上げているのです!」


「お、お前たち!」


 トレイザの後ろから他の女性が前に出て庇う。


「そうですか、会場を温めていたのですね」


「隊長はクライブ様の婚約者。応援するのも当然です!」


「無事に優勝するクライブ様と隊長の晴れ姿……ああ、想像するだけでも勇ましく美しい、青春の1ページ」


 汗を拭って、気持ちよさそうに妄想を語る一人の女騎士。


 語れば語るほど、傍にいるトレイザがどんどん青い顔になっていく。


 別の意味で歯止めが利かなくなっているって感じだった。


 取り巻きというよりは、トレイザとクライブのファンって感じ。


「トレイザさん、貴方の役目は盛り上げ役ですか?」


「……い、いえ」


「偉くなったものですね。まさかトラブルの対処をマリアナ一人に任せたりはしてませんよね?」


「その……」


「あの瓶底メガネの方ですか? クライブ様を応援する隊長の姿に感動して率先して見てきますと言ってかけていきましたよ?」


 しゃしゃり出るトレイザのファンガール。


「もしかして貴方はコンテストの運営の方ですか? でしたら早くコンテストを進めてください。私たちにクライブ様の雄姿を! そして応援するトレイザ様の姿を見せてくださいまし!」


「こ、こら!」


 この辺りからトレイザが泣きそうになってしまったため、アリシアは溜息を吐くと助け船を出す。


「トレイザさん。来なさい。そんなに雄姿が見たいのなら自分でトラブルを解決するのです」


「は、はい……。お、お前たち私が直接出向くから待っているように」


「はい! 隊長!」


 どうなることやらと見守っていたが、トレイザを諫めつつもプライドを守ってあげたその手腕。


 さすがだ、アリシア。


 もっと好きになった。


「やるじゃないの」


「だろ? ふふん」


「なんでアンタが誇らしそうなのよ、キモっ」


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