117.置いてけぼりにはしないさ
「彼女はどこ!!」
アリシアが言葉を返す前に、パトリシアが詰め寄っていた。
「一緒にいた? いつまで? 最後にわかれたのはどこ?」
「え? ちょっと、急に」
今まで余裕を見せていたパトリシアの取り乱しっぷりに、アリシアは気圧されながら後退る。
「おい、急に何だよ落ち着けよ。アリシア、確か俺の試合の前に控室に来てたよね?」
二人の間に割って入りながら、アリシアに話を聞く。
「うん、ラグナが試合に行った後、私の膝で猫みたいにゴロゴロしてから仕事に戻るって出てったわね」
あいつ俺のいない隙をついてアリシアの膝を……ってそれは前からか。
「ちょっとアンタ、座りなさい」
「え?」
「いいから」
「ええ……」
アリシアの膝でゴロゴロする様子を想像していると、パトリシアがアリシアをベンチに座らせて彼女の膝に顔を埋めていた。
「ここね? これでよし」
「何がよしなんだ……?」
太々しい面のまま、さっさと自分のポジションに戻ったパトリシアに、俺とアリシアは呆気に取られていた。
さっきまでケラケラ悪役面してたってのに、奇行が過ぎる。
「で、話を戻すけど、仕事って何? クラスの行事かしら?」
「生徒会の仕事よ。生徒会役員だから」
普通に会話が続いてしまっているので、もう俺は何も言わない。
アリシアも平気そうにしているし、この非常時に過去の因縁は一旦置いておくってことなのだろう。
「生徒会? 何で貴族をあれだけ怖がる彼女が、プライドの高い連中??いない生徒会なんかに入ってるわけ?」
訝しみながらそこまで言って、パトリシアは一人で納得する。
「あのバカハゲ……」
「そういうこと」
会話に混ざってしれっと肯定しておく。
俺たちは生徒会なんかに興味はなかったし、マリアナもイベントが起きなければ生徒会に入るなんて展開にはならない。
そこを捻じ曲げたのはいったい誰の仕業か。
そう、エドワードだ。
俺と戦いたいばっかりに、あいつはもっともらしい理由をつけて、俺とその周りを生徒会に推薦したのである。
でも流れは複雑なんだよな……?
「そもそもお前が逆ハーレムなんか作るから、周りがお花畑の馬鹿だらけになったんだぞ?」
一応貴族の中から選んだ方が不破は少ないのだが、単純に周りの成績が落ちて俺たちがダントツで成績優秀者になっていた。
あのペンタグラム家の倅ですら落ちぶれる始末。
チャラ男っぽかったカスケード家の倅、ヴォルゼアの孫なんかはそもそも登校してるのかわからんレベルで見てない。
「勝手に馬鹿になったんでしょ? アタシのせいじゃないし」
「まあそうだが」
「親の地位の上に胡坐をかいてのさばるクソガキが落ちぶれていくのはいい気味じゃないの、アンタもそう思ってるでしょ? 心の中では」
「一緒にするな」
言葉では否定しておくが、気持ちはわからないでもなかった。
「さてと、くだらない無駄話もこの辺にして、居場所がわかるなら案内しなさい。どこにいるの?」
「多分、美男子コンテストの会場かしら? 仕事そっちのけにしてる役員がもう一人いるから連れ戻しに行ってると思う」
「そ? さっさと行くわよ、時間はないんだから」
図々しいな、一番無駄な時間を費やしたのは自分だろうに。
アリシアの膝を使用したことがだんだん許せなくなってきた。
俺のなのに。
足早に移動するパトリシアについていくと、アリシアがボソッと呟いていた。
「マリアナ、聖女だったんだ……?」
「そうだね」
アリシアの呟きに頷くと、彼女は苦笑いしながら言う。
「私、本当に知らないことばっかりね?」
その言葉は俺の胸に深く突き刺さった。
確かに、教えてないことはたくさんある、在り過ぎる。
俺とパトリシアの会話だって、アリシアは聞いてるだけで置いてけぼりに近い形だった。
「……ごめん」
ここで気の利いた言葉をかけて上げれたら良いのだが、どれだけ探ってもそんな言葉は出てこなかった。
下手に話せば巻き込んでしまうんじゃないか、そんな不安が俺の頭に過るのだ。
「あら、夫婦喧嘩? 隠す男はゴミよ、ゴミ」
「余計な口を挟むなよ」
「フン、で……アンタは自分で知らない道を選んだんでしょ?」
俺への嫌がらせかと思ったのだが、不意にパトリシアの言葉がアリシアに向けられる。
「ま、それが一番賢明なんじゃない? アタシにやられてから、無知を装ったまま静かに生きることを選んだのなら、そっちの方が長生きできるわよ?」
不敵に笑うパトリシア。
「野蛮馬鹿に付き合ってたら命なんていくつあっても足りないかもしれないし? せっかく拾った命なら、何も知らずに関与せず、一人でじっとしておいた方が良いんじゃないかしら?」
ゲーム内でのアリシアの結末を知っているであろうパトリシアは、そう言葉を締める。
「……それは」
アリシアも思うところがあったのか、言い返すことはしない。
そうだ。
何らかの運命や強制力が働いてしまう守護障壁の中で、舞台に立たないことが何よりも大切なことではあった。
だからこそ俺は無意識に遠ざけていたし、学園内ではあまり近寄らないように遠巻きに守ってきていたのである。
「確かに、そうかもしれない……だったら私はここで」
「アリシア」
暗に来ない方が良いと告げられて立ち止まるアリシアに、俺は手を指し伸ばす。
置き去りは良くない。
無事に終わってから何もかもネタばらしするのは、待ってる人が心配に思うだろう。
だから言うんだ。
「王都の守護障壁の話って、勇者が道半ばで力尽きて俺が受け継いだみたいになってるけどさ」
「うん、聞いた。今からその約束を果たしに行くんでしょ?」
「実はこの他にも物語はあったんだよ? その物語では、勇者が主人公でヒロインが竜なんだ」
「はあ……」
よくわからないといった表情のアリシアに、さらに言葉を続ける。
「その竜がアリシアだよ」
「えっ?」
「竜が勇者に求婚して、勇者は色々事情があって断るんだけど。それでも勇者のことを想った竜は、人になって勇者の血筋を支えたんだ。それがオールドウッド家の始まりらしい」
その辺の話はセバスにちょろっと聞いただけなんだけど、嘘は言ってないと信じれる。
「いや急にそんなことを言われても……」
「急に何を言い出すかと思えば、アンタは何を言いたいわけ?」
困惑するアリシアと、時間がないのに話し込む俺にイライラしながら文句を言うパトリシア。
あれ、思ってた流れとちょっと違うな。
正直に話して、そこから一緒に行こうって言おうと思ったんだが、普通に困惑されてしまった。
「えっと、その、ほらあれだよ。長い時を経て巡り巡ってこうして婚約した俺たちは運命って言うかなんて言うか、そのえっと、あれだよ感動的だねっていうか、うん。うん?」
「ぷっ」
しどろもどろになって説明していると、アリシアが吹き出した。
笑う姿から不安の色は消えている。
「ラグナのしどろもどろになってるところ、久々に見たかも」
「すいません……」
上手く言葉にできなかった俺は、やはりブレイブ家なのである。
「でも逆にそっちの方が信用できるかも、今は」
「ならよかった」
「こう言いたいんでしょ? 私もある意味関係してるから一緒に行く理由があるって。でも……もっと単純な言い方があると思う」
「そうだね」
伸ばした手を取ってくれたアリシアに、俺は告げる。
「きっとマリアナが危ない。俺たちの友達を助けに行こう」
「うん。私も本当についていっていいの?」
「当たり前だよ。見せてやろう、ちゃんと全部上手く行ったって。そして俺らはこうして結ばれてるって」
俺はもう死なないし、負けない。
そして託された想いを叶えるんだ。
「……ちょっと、見つめ合ってないで早くしなさいよ」
「あ、ちょっと今良い雰囲気なんで黙って視界から消えてもらえる?」
「うっざ! うざうざうざうざ! チッ、先に行ってるから」
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